7.教官はたぬきのように
先日は大豆さんの手で椅子に拘束されていた僕ですが、それによって新しい趣味に目覚めたりはしていないことを声を大にして言いたいです。
もしそういう誤解を与えていたならごめんなさい。いや、ホント許してください・・・。
本日も早朝から、僕は口の中にボールギャグをかまされて、よだれをだらだらと無限に垂れ流している。もちろん何度でも言うけれどそういう趣味ではない。
さらに耳には大型のヘッドフォンが取り付けられ、もともとつけていたスマートグラスと合わせ、完全に五感を遮断されている感じだ。上半身は裸に剥かれ、たいして鍛えられていない痩せこけた身体を、さらすはめになっている。背中には何度かたたかれたあとが赤く筋になって痛々しく残っており、あろうことか胸には電極までつけられている。
おそらく百回否定しても、もう完全にあっちの趣味がある人にしか見えない。
「そこ!タイミングも薬剤もちがーう!!!」
「ふぐうーーーーー!!!!!」
電極から激しい電流が流れ、僕は全身を震わせて、すこし失禁までしてしまった。自分の荒い息さえヘッドフォンでふさがれ聞くことができず、正直泣いた。34歳にしてあまりの恥辱と苦痛に泣いてしまった。
「中芋くん、ちょっとやりすぎ。タマちゃん、死んじゃったらどうするの!ほら、ちょっと泡吹いてるじゃない。あわてちゃうわ」
大豆さんの言葉で、いったんヘッドフォンとボールギャグ、スマートグラスが外されて、小休止になったようだ。冗談じゃない。違う趣味どころか、違う世界に召喚されてしまう。
中芋 ワタル
大豆さんが、僕の教官として3日前に呼んできた男の名前だ。
僕が言うのもなんだが、見た目はかなり残念な方だ。異常成長した巨漢たぬきという感じだろうか。
おかっぱの頭に丸い顔、丸い鼻。丸い頬、厚い唇に、丸い眼鏡をかけている。でっぷりと栄養を蓄えた身体は、サイズの合っていない白いポロシャツとチェック柄のショートパンツから、あちこちをはみ出させている。
身長は170センチの僕より10センチ以上は大きい。身長以上に太さが半端ないので、大木のようにも見える。身長だけなら大豆さんより20センチ近く高いのに、腰の位置がほぼ同じなので、並んだ時の違和感が半端ない。ちなみに体重は大豆さんの3倍くらいはありそうだ。
そんなインパクトのある見た目通り、態度は超横柄で、えらそうなことこの上ない。3日前に呼ばれてきてから、僕の鬼教官としてこの家に早朝から夕方まで居座っている。毎日12時間ほど訓練という名の拷問を、僕に課しているのだ。ブラック企業での勤務のほうが、100倍楽に思える。
見た目に反して、ガールズ・ファイトクラブでの戦歴は長く、大会初期の頃にはコントローラーとして3連覇したこともあるらしい。今は引退しているそうだが、大豆さんのもとの雇用主に並々ならぬ恩義があるとのことで、今回僕の指導に乗り込んできてくれたそうだ。
「ダメダメ、レイアちゃん。甘やかしちゃダメだよ。コントローラーはレイアちゃんの生死を握るんだぜ、自分も生死をかけて戦えるくらいじゃないと」
かっこいいことを言っている。まるで心から大豆さんをサポートするために僕を鍛え上げている様だ。
でも、絶対違う。この男は正真正銘のSだ。ド級のSで間違いない。見た目はとっちゃん坊やのたぬきみたいなので騙されてしまいそうだが、僕は気づいていた。
教官はさっきから電撃を僕に与えるとき、股間がびんびんに勃ちまくっているのだ。むしろ僕の失敗を狙っているのではないかと疑いたくなる。
「このやり方が一番いいんだよ。ヴァーチャルで過去のバトルを実際に体験させるんだ。どんなタイミングで、どんな薬剤やどれくらいの電気信号を選択すればいいのか、実際にやってみるんだよ。タイミングや選択を誤らなければ、ヴァーチャルのファイターは勝利する。誤っちまったら、ちょっと痛い目に合わせて、次は失敗しないように体に覚えこませるのさ」
ぜんぜんちょっとじゃない。完全にこのやり方、教官の趣味じゃないか・・・。
「まったくこいつはおおげさなんだよ。小さな失敗なら鞭でちょっと打ってるだけだし、大きな失敗したら電極で軽く昇天させてるだけだぜ。俺の指導でこれを2週間訓練積めば、まあいっぱしのコントローラーにはなれるさ」
鞭でちょっととか、軽く昇天とか簡単そうに言っているが、昇天している時点で軽くないからな・・・。
「最初はヘッドホンで、俺の声しか聞こえないようにして戦いに集中させてるんだ。ここはマンションだからな、ボールギャグをかましておかないと、マンションの近隣住民とトラブルは起こしたくないだろう?気が利くな。俺」
確かに僕の叫び声が漏れたら、すぐに警察が来そうだ・・・。
そんな断末魔の叫びをあげないで済むトレーニング方法はほかにないのだろうか・・・。
「でも、まあさすがだな。薬剤の選択とか、初心者とは思えないな。結構優秀な技術屋だったのかもな。まあ、選択がちょっと優しすぎるのが難点かな。攻撃するときはもっと電気信号を強くして、薬剤のレベルも量もふやしたほうがいいな・・。まあ、そこらへんはおいおいかな」
「タマちゃんの性格がでているわね。まあ、中芋さんの選ぶのはファイターから見てもキツイからね・・・」
「てへへ。ついアツくなっちゃうとキツイのいっちゃうんだよね。これくらいの電撃なんて、レイアちゃんが試合中に受けている電気信号からみたら、たいしたことないのな。さ、いつまで休んでんだ。大会まで時間はないんだ。練習再開だ!」
中芋さんが、ぐったりと横たわる僕の脇腹を足でこずきながら、発したその言葉に、僕は驚愕した。これ以上の電撃が、試合中は何度も大豆さんに与えられているのかと。
ヴァーチャルとはいえ、過去の試合の映像を見ると身体に電気や薬剤が与えられると、確かに一瞬苦痛の表情が浮かぶ。クローン人間のバトルは、さながら人体実験しながらバトルをしているような恐怖があった。けれど、彼女たちは苦痛の表情を押し殺し、さらなる過酷な闘争を続けていた。
大豆さんが人間の権利を欲している理由。バトルを見ることで、僕は本当に少しだけなのかもしれないけれど、理解することができた。
「ほら、タマオ!タイミングが遅すぎるんだよ。電気信号のレベルももう2つくらい上だ!!」
「ぎいいいい!!!!」
激しい電撃が僕の体をまた貫く。僕は歯を食いしばって耐える。
大豆さんが人間の権利を得るために、僕はもう少しだけ頑張ってみることにする。
崩れ落ちそうになった僕の視界の端で、中芋さんのチェック柄のズボンの股間部分が、むくむくと大きくなっているのが見えた・・。