6.ガールズ・ファイトクラブはじめました
「ガールズ・ファイトクラブでのタマちゃんの仕事は、私のメンテナンスよ。私が最高の状態で戦えるように試合前も試合中も調整するの。タマちゃんが戦う必要はないわ。メンテナンスは得意でしょう?」
リビングルームからソファとテーブルを和室に動かして、少し空間を確保した。ガールズファイトクラブのトレーニングを開始するためだ。12畳足らずだがそれでも以前より部屋はだいぶ広く感じる。
僕の目の前では大豆さんが、白いボディスーツのようなものを着て立っている。ボディスーツの右肩とお尻のところには「0」と「A」という文字が青でデザインされている。
背中の部分に小さなバックパックがついていて、両腕と両足、首、腰に細いチューブが2本ずつ伸びている。
僕は正直目のやり場に困って、固まっていた。
ボディスーツは彼女の身体にぴったりと密着したデザインになっているため、身体のラインがくっきりと見えている。胸のふくらみやウエストから腰にかけてのなだらかな曲線が視界に入ると、胸が激しく高鳴った。
「ふふふ、タマちゃんは正直ね。全身から変態オーラが出ているわね。今晩はひとりでこそこそといそしんだり楽しんだりするのでしょうね」
「な、何を言っているんですか!?そんなことしませんよ!!」
「ホント?タマちゃんの部屋には39個のカメラがセットしてあるから、いろんなアングルからシコシコしているタマちゃんを全世界ネット配信するつもりだったのに、しないんじゃできないわね・・・」
「あ、悪魔ですか!?・・・ていうか本当にカメラがついているんですか!?はずしてください!!!」
「嘘よ、嘘・・・・」
彼女は僕の顔を見ず、斜め後ろに視線をそらしながら答えている。絶対に嘘をついている顔だ。恐ろしすぎる。そんな姿を配信されたら、僕の人生は終わってしまう。なんとか今晩部屋中を探さなくちゃ・・・。
「さ、冗談は置いておいて。タマちゃんが腐ったポークビッツを大きくしながら見ているこのユニフォームには1080個のセンサーがついているわ。タマちゃんはそこのスマートグラスをつけてもらえる」
スマートグラスは有線でふたつのトリガーとつながっていた。
とりあえずスマートグラスをかけてみる。トリガーは両手に握るのだろう。
握ってみるとトリガーの上の部分にふたつずつ親指で押せる位置にボタンがついている。残りの指でピストルでいう引き金を握る形になる。
スマートグラスをかけると、右側の視界に、無数の青い点でできたヒト型が現れる。左側には実際の視界が表示された。
「モニターにヒト型が映っているでしょう?そのヒト型がセンサーの状態を表示した集合体よ。センサーが私の身体の異常を検知すると、その点が赤く変化するわ。ちょっと動くわね」
大豆さんの動きに合わせ、スマートグラスの中のヒト型も同じ動きをした。彼女の身体がどういう動きをして、どういう状態になっているのかを、これで把握するようだ。
「トリガーの上についている左手のボタンを押してみて」
「は、はい」
トリガーのボタンを押すと、「電気」と表示され、下にショックレベルが10段階で選べるようになっている。手前を押せばレベルが下がっていき、奥を押せばレベルが上がっていく。トリガーを引けば電気ショックが流れる仕組みのようだ。
「今度は、右手のボタンを押してみて」
奥のボタンを押すと、「投薬」と、表示された。「電気」の時と同様、下に薬剤の種類がずらっと並んでいて選択できるようになっている。操作は「電気」のときと同様だ。ボタンで選択して、トリガーを引く。トリガーを引き続ければこちらは連続投与される形になるらしい。
「わかった?トリガーの操作でできる事は2つよ。1つ目は電気。バックパックから電気信号を私の筋肉や心臓に流すことで、一時的に人工筋肉を活性化させたり、運動能力を高めたりするってこと。やりすぎると体へのダメージが蓄積されるから注意がいるわ」
「・・・」
「もう一つが投薬。私のバックパックには10種類の薬剤が準備されているわ。試合中も私の状態を見ながら、最適な薬剤を投与して私の戦闘力を維持、向上させるの。筋力を一時的に向上させる薬や痛み止め、興奮効果のある薬、まぁいろいろあるから、ちょうどいいものを選んでいくのがあなたの重要な仕事よ。電気と投薬の組み合わせで効果を増やすこともできるわ」
僕は彼女から与えられる情報に混乱を隠しきれない。戦闘中に薬剤、電気を彼女の身体に投与する?
「試合は10m四方のケージの中で行われるわ。基本ノックダウン制よ。意識がなくなったり、手足が動かせなくなったり、立ち上がれなくなったりして、30秒以上戦闘不能に陥いったら負けよ。もちろん戦闘不能になる前に、ギブアップしても試合終了できるわ。あまりギブアップする人はいないけどね」
「だ、大丈夫なんですか?そんな電気を流したり、いろいろな薬を投与して。だ、大豆さんはに、人間と同じ体なんですよね?危険なんじゃないですか?」
彼女は無表情にまっすぐと僕の方を見て、それからゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「私のユニフォームに描かれている記号の意味がわかる?」
「え、ゼ、0とAですよね」
「そうね。私の型番よ。大豆レイアは私が勝手に名乗っている名前。本当の私は、0型A号という記号なのよ。0とAだからレイアなのよ」
彼女はすごく冷静な表情で言葉を続ける。
「私はこの大会で本当の人間になるの。0型A号という記号ではなく、レイアと言う名前を持った人間に生まれ変わる。人間だと言うことが証明できるのなら、過剰な薬の投与や過電圧による身体の損傷などたいした問題ではないわ」
僕は大豆さんの言葉の重みに、何もしゃべることができなかった。
僕はきっとわかっていなかった。彼女がどれくらい人間であることを求めているのかを。落ち着いたその表情は、きっと彼女の奥深くにある決意の証なのだろう。
突然現れたクローン人間だと名乗る少女に、記号でしか自分の存在を認めてもらえなかった少女に、僕は初めて心から役立ちたいと思ってしまった。