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39.夢の果て

 そこはずいぶん暗いところだった。

 

 どっちが上で、どっちが下かもわからない。宇宙空間ってこんな感じなのだろうか。ただただ暗闇が広がっている。僕はその暗闇の中で流されるがままに浮遊している。

 暗闇は漆黒ではなく、薄墨のような色合いで、なんとなくおぼろげにいろいろなものが見える気がするが、それが何かよくわからない。


 ここはどこだろう。

 

 「・・・・!」


 どこかで声が聞こえる。


 「・・・・実験は成功したわ。試作0型クローンの試験体”A”よ」


 薄墨の世界の向こうに一つの場面が映る。


 少し明るすぎる部屋の中央には円柱型の水槽があり、そこに赤ちゃんのような人間が入っている。喋っているのは眼鏡をかけた小柄な女性だ。手術着のような白衣をきて、助手と思われる人たちに薬の投与などの指示を出している。

 僕は気づけば、透明な液体の中にただよっている。いつの間にかさきほどの水槽に入ってしまったようだ。液体の外側にはさきほどの女性と助手の人たちが立ち、僕のことを奇異なものを見るようにじっと観察している。


 見せ物になった自分が、人として扱われていないことが、本能的に理解できる。


 世界と僕の間にある壁がとても悲しい。

 


 眼を閉じると、いつの間にか場面が変わっている。


 無機質な部屋だ。病室の中かもしれない。僕の周りを白衣を着た人が取り囲み、身体にいろいろなチューブを通したり、採血をしたりしている。よくはわからないが様々な数値を調べて、書き込んで検証しているようだ。部屋の後ろ側の壁はガラス張りになっている。そこではスーツを着た大人が大勢で、先ほどの数値と僕を見ながら何かを話している。

 チューブが通された腕は白く細い。チューブを通って様々な液体が僕の中に流れ込んでくる。内側からどんどん詰め込まれて、自分が膨らまされているような不思議な感覚だ。流されるたびに膨らんでいく何かが、自分の力に変わっていくのを感じる。

 

 けれど、それは決して嬉しいとか、そういう感覚とは違う。


 自分の意志とは違うところで、自分が改造されている感じだ。肌の内側がざわつき、毛羽立っていくような、嫌な感じだ。

 

 

 改造されている自分、それを見られていることが嫌で、眼を固く閉じる 

 そして、眼を開けばまた新しい場面に変わっている。


 今度は屋外にいるようだ。校庭のような、いやもっと広い競技場のようなところだ。

 僕たちは何かの訓練を行っている。

 同い年くらいの男女が数人集まっているが、どの顔もぼやけてしまいよく見えない。ただ背格好はほとんど同じようなので、きっと同じようなタイミングで作られた、私の同種たちなのだろう。

 私たちは走ったり、跳んだり、握力を測ったり、敏捷性を調べたり能力の検査をさせられている。一つの項目が終わるたび、警察官のような堅苦しい制服を着た大人が真剣な顔で僕たちの数字を記録している。

 パワー系の種目以外ではほとんどの項目で、僕は上位の数値を出しているようだ。警察官のような男はそのたび満足そうな表情を見せている。


 結果を残せると少しだけ嬉しい気持ちがする。走り終わった後、警察官のような男が笑って声をかけてきた。いい記録が出たようだ。


 振り向きながら僕もそれに笑顔で応える。認められることは、何よりもうれしい。



 顔を正面に向けてみると、また場面が変わっている。


 とても広い部屋には10枚以上の大きな窓がついていて、庭が一望できるようになっている。部屋の中にはやはり大きな大理石のテーブルが置かれ、座り心地の良さそうなふかふかのソファがいくつかその周りに置かれている。

 初老の女性が笑ってお茶を飲んでいる。ローズヒップティーというのだろうか、バラの香りがテーブルには漂っている。となりのソファに腰かけた僕はなぜかとても緊張している。女性が誰だかわからないけれど、僕にとってとても大切な人だ。

 庭には噴水のついた池があり、その周りを鮮やかな濃い緑の木々が美しく彩り、大きな犬が2匹走り回っている。庭を見ながら女性が僕に話しかけてくる。何か気の利いた答えを言わなくてはいけない・・・、そう思いながら次に紡ぐべき言葉が浮かばず、自分の前に置かれたティーカップに手を伸ばす。


「私のことをしっかり守ってくれて、ありがとう・・」


 女性の言葉はなぜかひとことひとことの重みがあり、僕はそれを聞いただけで胸が熱くなる。この言葉を言われることが人生の目的なのではないかという不思議な気持ちに陥る。



 気づくと窓の外の緑が生い茂る庭は、土埃の舞う演習場のような場所に変わっている。枯れた木々が風にたなびき、寒々しい。


 目の前には迷彩服を着た中学生から高校生くらいの少女が、手に警棒のようなものを持って立っている。相変わらず相手の少女の顔は霞がかかったようによく見えない。僕たちの脇にはサングラスをかけ、同じく迷彩服をの上に黒いジャンパーを羽織った男が立っていて、厳しい口調で何かを喋っている。

 何をしているのかわからずぼんやりしていると、少女は警棒を握った右腕を、鋭く僕に向かって振りおろしてくる。僕たちは戦いの訓練をしているようだ。ほほをかすめた警棒を目で追いながら、次にこの少女が何をしてくるのかを予想する。今度は編み上げブーツをはいた左足が私の脇腹のあたりを狙って放たれる。

 僕はステップバックしてそれをかわすと、バランスを少し崩した少女に向けて素早くローキックを打ち込む。はっきりと見えないはずの少女の顔がゆがんだことだけが伝わってくる。


 居心地がいい場所ではない。けれどここで訓練することが僕の仕事なのだと理解する。


 訓練して、敵を倒して、さきほどの女性に喜んでもらう、それが僕の生きる目的だ。






 突然、空間に雨が降り出す。風も強く吹きはじめ、雨脚もどんどん強くなり、あっという間に土砂降りに変わっている。台風のような空の下、僕は海沿いの崖の上に立って入る。崖の下の岩に波が激しくぶつかり、轟音とともに、白い飛沫をあげている。


 僕は雨の中でびしょ濡れになりながら、一人真っ黒な雲がかかった空を見上げる。洋服が身体にぴったりと貼り付いている。じっと見つめれば雨を降らす雲の向こうを見透かすことができるのではないかと、ただただ空を見続ける。


 考えてはいけない疑問が身体の奥から湧き上がってくる。

 

 僕はなんのために生きているのだろう・・・?





 薄墨のような空間が次第に明るくなっていく。


 空が晴れてきたようだ。


 次に見えたのは、どこかの家の台所だ。

 どこか雑然としたその場所は、人のぬくもりが感じられる。

 似合わないエプロンをつけたさえない感じのサラリーマンが現れる。手にはお玉を持っているので、料理をしているようだ。

 身長は普通。見た目は・・・うん、まあそこまで悪くはないが、特によくもない。どこにでもいそうだし、なんだか気が弱そうだ。おっさんのくせに、僕のことを見て、ずいぶん恥ずかしそうな顔をしている。なんだかそのギャップも面白いかもしれない。

 やさしいお味噌汁の匂いが漂ってきて、ほっとした気持ちになる。


 なんだろう、どこかで見たことがある。


 

 ああ、これは、・・・僕だ。


「・・・・・大豆さん・・・・」


 僕の唇が聞き慣れた、大事な名前を呼んでいる。








「大豆さん!」




 いつか見たことがあるような白い天井が目の前にある。蛍光灯の光が眩しく瞳に映りこみ、天井から視線をずらす。



「あら、起きたわね!Dr.アズキにコールして!」


「こ、ここは・・・?」






 






 


 












 

 

 



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