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34.ひとつ

 大豆さんの部屋の前にどれくらいいただろう。

 涙が出て、鼻水も出て、不恰好な僕はそれでもまだ立ち尽くしていた。窓から漏れてくる月明かりが、廊下にうっすらと僕の影を描きだす。影の中の僕は肩を震わせてひどく頼りなく見える。


 


かちゃり・・・


 小さな音がした。


 足元を見てみるとわずかな明かりが扉の隙間から漏れ出ている。大豆さんの部屋の灯りだ。

 鼻をすするような音がして、少しの間をおいてから、ゆっくりと部屋の扉が開く。


 扉の内側で、大豆さんが唇を尖らせて、上目遣いで僕を見ている。

 よく見ると、大豆さんの目元が少し腫れていて、もしかすると泣いてくれていたのかもしれない。大きな瞳もかすかに潤んでいる。


「タマちゃん」


 大豆さんの手が伸びて、僕の腕をつかむ。

 腕を乱暴に掴むと、そのまま僕は部屋の中央まで引き込まれる。部屋の中央には布団が2枚敷かれていて、1枚は大豆さんの形にシワがついていた。


 大豆さんは黙って僕を見上げたあと、ぎゅっとしがみつくように僕を抱きしめる。母親を見つけた迷子のように、背中に回した手は力強く、僕と繋がっている。


 僕の手も、大豆さんの背中を縛りつけるように、解けてしまうことがないように強く抱きしめる。暖かい大豆さんの温もり、甘い香り、その全てを繋ぎ止めたくて強く強く抱きしめる。


「大豆さん、大豆さん」


 大豆さんは何も言わず、僕の唇に自分の唇を重ねてくる。ふたつの唇が重なると、そのまま口の中に大豆さんの舌が入ってきたのを感じる。大豆さんの舌と僕の舌が絡まり合い、まるでひとつの生き物になったみたいだ。

 

 抱きしめ合った身体の境目がなくなり、大豆さんと僕がひとつになったような錯覚を覚える。

 

 それは、とても気持ちよくて、とても幸せな感覚だ。


「・・・タマちゃん、何か当たっているわよ」


「あ、・・・・」


 僕の一部は固く大きくなっていて、僕はそれを大豆さんに押し付けてしまっていた。急に現実に戻されて恥ずかしい思いもあったけれど、大豆さんと離れたくない思いの方がずっと強い。


「だ、大豆さん、僕は・・・!」


 大豆さんの手が僕の唇にふさぐ。長いまつげの下で潤んだ瞳が、僕を見つめている。綺麗なその瞳はほんの少しだけ寂しそうだ。僕は唇が少し離れただけで、不安で苦しくなってしまう。


「タマちゃん、今日はキスだけよ・・・」


 大豆さんが少し悲しそうに、けれどとても優しく微笑む。大豆さんの腕が僕の頭の後ろに伸びていき、羽根のように柔らかく包みこむ。僕の耳元で大豆さんが歌うように囁く。


「タマちゃんも聞いていたでしょう?・・・私は、処女なのよ・・・。今日、痛くなっちゃったら、困るでしょう・・・」


 そう言うと大豆さんはゆっくりともう一度唇を重ねる。今度は僕の舌が大豆さんの口内に侵入する。自分の口の中と同じ作りのはずなのに、そこは信じられないほど気持ちいい。大豆さんの舌の感触がどうしようもなく愛おしく感じる。


 このまま、ずっとずっと、ひとつでいたい。


 大豆さんとずっと溶けあいたい。


「今日は一緒に寝ましょう・・・。タマちゃんとそばで寝たいわ」





 僕たちは手をつなぎ、ずっと繋がったまま眠りについた。ひとつにはなれないけど、ひとつになりたい思いは同じだ。


「私は、こういう感情に慣れてないのよ。誰かにどう思われるかとか、誰かにどう思って欲しいとか、そういうことを考えたことがないの」


「・・・・」


「私は家族とかはもちろんいないし、かけがいのない誰かとか知らないの。・・・ダイズ・コーポレーションの会長は良い人だったけど、やっぱり家族とかではないわ。一緒に笑ったり、泣いたり、ぶつかったりするような関係ではなかった。死んでしまい残念だったけど、涙が出ることもなかったわ」


「・・・・」


「誰かがいなくなったり、誰かと離れてしまうことに悲しんだりしたことがないの。だから、どうしていいのかわからなくなってしまうの。・・・タマちゃんにどう思われるか想像してしまうと、なんだか感情だけがうまくコントロール出来なくなるのよ」


 繋いだ手の向こう側で、大豆さんが天井を見つめながら、いろいろなことを話してくれている。

 大豆さんの世界と僕の世界は、とても遠い世界だったけれど、きっとこうやって少しずつ近づいていけるのだろう。


 手のひらで繋がった僕たちは、気持ちも繋がりはじめている。ふたりはいつまでもふたりだけど、ひとつになることを願うことで、その影は重なっていけるのだと思う。



 やがて大豆さんの規則的な寝息が、隣から聞こえてくる。静かに響くその呼吸に、僕も同じように優しい世界に誘われていく。


 大豆さん・・・


 自分の息遣いと大豆さんの寝息の区別がつかなくなるように、ふたりの世界の境目が溶けてしまうように、僕は眠りに落ちて行った。




















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