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3.クローン人間は苦労する。

「私はね、クローン人間なの・・・わかる?」


 彼女の声は独特で突き刺さるように胸に響いて来る。

 急に出てきたクローン人間という聞きなれない言葉に、僕は全くついていけなかった。ただ彼女の声色が、耳の中にわずかな刺激を与えながら、通り過ぎるのだけを心地よく感じていた。


「知っているかと思うけど、一応クローン人間の製造は禁止されているわ。でも、実際には一部の金持ちや国家がクローン人間を作って、所有している。もう公然の秘密みたいな感じね」


 その噂は僕も聞いたことがあった。クローン人間を、金持ちが自分の身体の臓器の予備品として所持しているという話。またその身体に機械化を施し、戦闘兵器として戦争に使われている話。

 どこまでが事実かはわからないが、発達した科学技術があって、それを欲しがる人間がいる。その行為がたとえ禁止されていたとしても、きっと特権階級をもった人間たちが我慢するとは思えなかった。


「もちろん秘密裏に作られたクローン人間には人権なんてないわ。本来作ってはいけないことになっているものね。けれど金持ち連中はクローンを商売にしているから、質の高い戦闘クローンを披露したいのよ。自分のところのクローンが他社のクローンよりも強いことを証明したいのね。カーレースと一緒よ。そのための舞台がガールズ・ファイトクラブよ」


 大豆さんは拘束されている僕から一旦顔を離し、ゆっくりと立ち上がった。長い黒髪が、蛍光灯の光に反射してふわりとたなびいた。


「ガールズ・ファイトクラブは賭博としての側面もあるわ。刺激を求めている金持ち連中はクローンの女の子が殺し合いをするのを興奮してみているわけ。

タマちゃんみたいにアイドルのパンチラで興奮している方がよっぽど健全ね」


「な、、そ、そんな事はしてません!」


「けどね。そういった連中は、私は良い人間ですっていう顔も見せたいの。だからガールズ・ファイトクラブには賞金もつくし、優勝したクローンには人間としての権利が手に入るようにして、偽善者の顔も作っているってわけ」


 僕は彼女の話に言葉をつづけることができず、ただただ呆然としてしまっている。立ち上がった彼女は、落ち着いた表情で僕を見下ろしている。


「私はね、ガールズ・ファイトクラブで優勝して、必ず人間としての権利を手に入れるわ」


 まだ、頭が回転していないが、人間としての権利を手に入れたいという言葉が、僕の中で突き刺さっている。いきなり押し掛けてきて、僕を拘束した少女は、想像もしえない背景を背負っていた。とは言え、椅子に拘束するのはやめて欲しい。


「とりあえず、人間にならないと何もできないからね。今のまんまじゃ、保険証がないから風邪をひいても病院にもいけない。パスポートがないからエジプトに行って、三大ピラミッドを見学もできない。戸籍がないから東大に入学して、ミス東大がクイズ王に!?っていう展開もできない。こんなにかわいいのに、玉の輿に乗って悠々自適もできない。ちょっとかわいそうでしょ?同情した?」


「はあ・・・」


なんか、重い話をしていたわりにやりたいことリストはずいぶん軽薄だ。

クローン人間でもクイズ王ってなりたいんだろうか?


「うーん、なんかタマちゃん。調査通りだけど、面白みがないわね。もうちょっと両手を上げて驚くとか、感極まって走り出すとかできないの?」


 椅子に拘束されて身動きがとれないのにメチャクチャなことを言う。もちろんあなたのせいでできませんが・・。


「で、あなたがそのクローン人間のバトルに参加することと、僕を椅子に拘束することの何が関係あるんですか?」


「・・・・・」


「えと、ぜひバトルで優勝して、人権を獲得してもらえばよいと思いますが・・・」


「タマちゃん」


ふう、やれやれというバカにした表情をつくり、彼女は僕を再び見つめる。


「1を言ったら10を想像できるくらいじゃないと、私のパートナーは務まらないわよ。以後気をつけなさい。私が何も言わなくても、察してアイスコーヒーを買って来るくらいにならないとだめよ。そういうのをアイーンの呼吸っていうの」


アイーンじゃなくて、あうんです・・・。まったくパートナーになりたくないですが・・・。


「ガールズ・ファイトクラブの大会は、身体強化したクローン人間のバトルよ。私の身体には人工筋肉とその制御装置、一部に強化骨格が組み込まれているわ。大会には人間のコントローラーとクローン人間のファイターのペアで出場するのよ。私一人では参加できないわ」


「え、もしかして、ぼ、僕にその大会に出ろって言ってます!?」


「当たり前でしょ。安心なさい。コントローラーのほうは出場するだけで、メインで戦うのはファイターであるクローンよ。人間がクローンや敵側の人間を攻撃するのは、禁止されているわ。バトル中にクローンが人間を殺すのも禁止よ。よかったわね。コントローラーは、身体強化しているクローンのメンテナンスというかセコンドみたいな仕事がメインね・・・・あとは、そうね、防御はしてもいいことになっているわ」


な、なんてことを言いだしているんだ。一万円くらいあげるからお引き取りいただけないだろうか・・・。そんなおっかないバトルに僕がでるなんて、場違いもいいところだ。


「え、普通に嫌ですよ・・・・。そ、そんなおっかなそうなこと」


「しょうがないでしょう。もともと私は、政財界の重鎮だったある女性の所有するクローンだったのだけど、先日暗殺されてしまったのよ。で、私はその暗殺の協力者の疑いをかけられて、そこから追い出されてしまったわけ。もちろん私じゃないわよ。でもこのまま自分達のクローンがフラフラしているのを許してくれるとも思えないし、下手をすると殺処分されてしまうわ。この大会に出てとっとと人権を獲得しないといけないの。私が殺処分されたら、タマちゃんのせいよ。一応粗末なものがついているんだから、さっさと覚悟を決めなさい」


「そ、粗末なものって!見たんですか!?」


「さっき椅子に拘束するとき確認したけど、粗末以外の言葉がみつからなかったわ。まあ無理に探せば死んだ芋虫とか、かりんとう以下とかいろいろあるかもしれないけど」


「ひ、ひどい!!」


「嘘よ。そんなもの見ないわ。見る価値もない」


 く、悔しい。年上の僕を完全に愚弄して楽しんでいる。とはいえ、椅子に拘束されて強制的に戦闘に参加させられそうになっている今、争うのは僕のモノの形状についてではない。


「だ、だって・・・。僕以外にも、もっと適任な人がいるでしょう。な、なんで僕なんか選んだんですか!?」


 彼女は軽くにやりと笑い、テーブルの上に無造作に置かれている紙を、僕の前につきつけてきた。紙には大きくタイトルがつけられ、しっかりとこう書かれていた。


【善良でだましやすそうな人リスト】


【1位】小麦 タマ男(34)


な、なんだこの紙は・・・。






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