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18.スポットライト

 ガールズ・ファイトクラブの控室の中には4組のペアが待機している。部屋の中は約30畳くらいはありそうなので、狭いわけではない。ただそれぞれのペアが放つ異様な熱気が、部屋全体を蒸し暑く感じさせていた。


 特に異様な空気をまとっているのは、やはり弍型X號だ。部屋のドアからもっとも遠い角に無言で座っている。緑の龍が半身に描かれた赤地のユニフォームの上に、黒いジャケットを肩から羽織っている。


 側にいるだけで彼女から放たれる剥き出しの敵意を感じて、その威圧感に圧倒される。

 

 雰囲気に呑まれている僕に対して、大豆さんはまるで緊張感が感じられない。椅子の上に片足を上げて、呑気に髪の毛にブラシを入れたり、あくびをしたりして、自宅にいるみたいだ。

 

「タマちゃん、緊張しすぎよ。そんなんじゃステージでまた失禁してしまうわよ」


「また、じゃないですよ!失禁したこともありませんよ!」


「あら、そうだったかしら?たまにトイレから戻ってくると、少しシミを作ってるじゃない。あれは失禁じゃなかったのね。それとも私を見て何か出ちゃってたのかしら?」  


 ぐ、そ、それは残尿が少し出ちゃっているのだ。できれば大豆さんには気づかれたくなかったのに。


「ちゅ、中年に差し掛かっている男性の心をえぐるようなことを言わないでください!」


「差し掛かっている?ずいぶんサバを読むのね。よむのは短歌と教科書位にしといたほうがいいわよ」


 僕は昨日の出来事を思い出し、朝からドギマギしているというのに、大豆さんは本当に平常心だ。見た目は産毛1つない彼女だが、その心臓はボーボーに、毛が生えてるに違いない。

 

 もちろん、僕が挙動不審なのは、ガールズファイトクラブの開幕式を前にしているからと言うのもある。 けれど、挙動不審の最大の理由は、昨夜の大豆さんとのキスだ。大豆さんを見るたびに、唇に目がいってしまう。その柔らかな感触を思い出してしまって、心が落ち着かなくなるのだ。


 大豆さんは本当に何も覚えていないのかな?



「出場者の皆さん、ステージに移動でーす!」


 開幕式のスタッフが、勢いよく部屋に入ってくる。 開幕式は主催者による挨拶や試合の説明から始まり、カジノの担当者による賭けのルール、ベットの状況などの説明が行わる。その後に出場者が入場、司会者による各ペアの紹介と続いていくようだ。


 司会者の煽るようなトークとともに、龍の門、虎の門と呼ばれるそれぞれの入り口にスポットライトが集まる。まぶしい光の渦の中を歩いて、僕を含む出場者が、いつもはケージが置かれている場所に設置されたステージに向かう。


 ステージの上には8組の出場者が輪になって並んでいる。目を凝らして、会場を見てみると、座席は全て埋まっているようだ。

 彼らから見れば、僕たちはただの賭けの対象。競馬場の馬のようなものだ。そう考えるだけで、無性に腹が立ってきてしまう。


「さあ、今回の参加選手の紹介です!まずは、今回のガールズファイトクラブ、最強の呼び声が高い優勝候補筆頭!弍型X號、トゥー・エックスだ!戦績は8戦8勝、全てKO勝ちの最強破壊兵器!彼女に勝てるファイターは現れるのか!?」


 けたたましいアナウンスの声とともに弐號X型が片腕をあげる。そういえば前の試合の時もファイターの弐型X號ばかり見ていたけど、コントローラーはどうしているのだろうと、よく見てみるとコントローラーの男も横で小さく手を挙げていた。なるほど一応同じ動きをしておけばよいか・・。


「さあ、続いてのファイターは同じく無敗のパワー・ファイター、弐型Q號!トゥー・クイーンだ!こちらも戦績は10戦10勝の負けなし!得意とする関節技や投げ技で、敵を破壊しつくす地獄のクイーン!トゥー・エックスの対抗馬は彼女しかいない!」


 トゥー・エックスの隣に立つ、丸太のような巨漢の女性が今度は腕を上げる。アナウンスから察するに2番人気の猛者のようだ。こちらのコントローラーと、弐型X號のコントローラーは知り合いらしく、アナウンスの間ずっと隣同士で話をしていた。


「コントローラー同志も仲良くなったりするんですかね・・?」


「たぶん同僚なんじゃない?大方あの2体は同じ会社が製作しているんでしょ。なんとなくだけど戦い方も似てるもの。完全に相手を殺そうとしているから、戦争で使う兵器として作られたんでしょうね。ガールズ・ファイトバトルで勝たせて戦闘クローンを売りたいのよ」


 大豆さんの表情はとてもつまらなそうだ。生まれたのではなく、製作されたという表現が、大豆さんの複雑な心境を表しているのではないかと思う。

 大豆さんの以前の所有者が何のために大豆さんを生んだのか。僕にはわからないけれど、戦うために生まれてくるなんてこと、決して許されるわけない。悲しすぎる。


「さあ、続いては弐型X號に続くパワー系ファイター!1型Z号、ワンゼータ!こちらも戦績は10戦で9勝1敗。直近は7連勝しています。現在の掛け率は第3位!狙い目かもしれませんよ!」


 司会者の男は会場を沸かせながら、順番にファイターの紹介を進めていき、最後の紹介が僕たちだった。


「今回のファイターで最古参!初期モデルながらスピード系ナンバーワン!ファイトクラブの歴史を生き抜いてきた美しきサバイバー!0型A号、レイアー!戦績は10戦7勝3敗!掛け率は第8位ですが、番狂せを起こして欲しい!」


 大勢の観衆の熱狂の中、大豆さんが貼り付けた笑顔を彼らに振りまきながら、右腕を突き上げる。僕もその横で小さく腕を上げてみる。


 スポットライトがあたる中、大豆さんが僕を振り返る。影になってはっきり見えない笑顔は、寂しそうに見えた。笑顔を見ているのに、何故か胸が締め付けられるようだ。僕をからかっている時みたいな、まにゃぴんを見つけたときのような、そんな笑顔の大豆さんが無性に見たくなった。












 

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