16.頑張ったね
僕と大豆さんは、毎日ミーティングをするようになった。夕ご飯を食べながら、食事が終わった後、お風呂から出てきた後、朝ご飯を食べるとき、いろいろな場面でお互いに思いついた意見を言い合うようにした。
大豆さんは思いのほか僕の意見を尊重してくれる。僕が間違っていることもあるけれど、大豆さんはまずは試してみてくれた。トライ&エラーを繰り返しながら、少しずつ僕たちの戦い方はレベルアップしていた。
米作とのトレーニングが始まって、ちょうど2週間が経過した。今日のスパーリングは米作と闘う最後のチャンスだ。
もう、ガールズ・ファイトクラブの本番は目の前まで迫っていた。
「大豆さんが大振りした後、必ず米作は懐に飛び込んできます。今日のスパーリング中にボディタッチすることに、執念を燃やしているのは間違いないです」
僕たちは試合の前にも戦い方の意識統一を図るようにしていた。何に注意して、何を意識して戦うのか。
僕は米作の戦い方を毎日ノートに書きとめ、そのくせを研究していた。彼は抜群の身体能力を活かし、想像もつかないような動きで攻めてきたりもする。だが、通常の彼はある程度決まった攻撃パターンで動いていた。最終日の今日は得意の流れで攻めてくることは予想できる。
今日は絶対に米作を倒したい。
ケージの中にいつもと同じように、僕と大豆さん、米作と中芋さんが入り、最後のスパーリングが始まった。
大豆さんは序盤から積極的に米作に迫っていく。以前よりもずっと早い動きでローキックを3発連続で放つ。米作は足でガードするが、キレのよい大豆さんのキックに明らかに嫌そうな顔をしている。
米作の意識が足下で繰り返されるキックに集中し、上半身のガードが下がってくる。その米作の動きを読んでいた僕たちは、すかさず電気信号と投薬で加速をつけたワンツーパンチを米作の顔面に発射する。
大振りな2発目のパンチが空を切る。
同時に米作の身体が、左右に小刻みに揺れながら、大豆さんの懐に飛び込んでいく。米作の得意なパターンだ。身体を大豆さんの左腕に密着させ、右手は大豆さんの胸に伸びていく。
その瞬間、大豆さんは身体を後ろにそらせたかと思うと、その小さな頭を思い切り振って米作の顔面に頭突きを食らわせた。
「ぶおっ!!!!」
想像しなかった頭突きを避けることができず、米作が思わず顔面を右手でおさえる。鼻血が噴き出ている。頭突きにより視界がぼやけたのか身体がふらついていて、迎撃の体制をとれていない。
「大豆さん、今です!!」
大豆さんの腰と足に電気信号をマックスレベルで飛ばす。人工筋肉と強化骨格のリミッターがはずれ、最大限の勢いをつけその右足が振りぬかれる。
「ぐがあああああ!!!!!!」
米作の首があらぬ方向を向いたように見えた。
3mは飛ばされただろうか。米作があおむけでケージの中で倒れている。まだ立ち上がろうとして手足がぴくぴく動いているので、意識を失ったわけではなさそうだ。
「う、・・・・く、な、なんの・・・」
さすがの身体能力だ。打ち抜いたと思った瞬間、米作は首を大きくひねり衝撃を抑えていた。それでも体には相当のダメージが残っているようだ。上半身をなんとか起こしたものの、下半身が制御できないようで立ち上がることができずにいる。
「復活させないわ!今までのお返しよ!!」
米作の状態を見るやいなや、大豆さんはその場所に向かい加速し、大きく跳躍した。高々とジャンプした大豆さんの左足は、米作の股間部分にジャンピングキックをかましながら着地する。
「ぐぎゃーーーーーー!!!!!!!」
今度こそ米作は立ち上がることができなかった。股間を押さえうずくまって震えている。30秒立ち上がれないのを確認すると、米作のトレーニングが始まってから初めての勝利に、僕と大豆さんは顔を見合わせ破顔して喜びを分かち合った。
「か、勝ちましたよ!!!大豆さん!!!」
「やったわ!!!、タマちゃん!!!勝ったわよ!!!」
大豆さんは子供のように喜び、なんの躊躇もなく僕の胸に飛び込んできた。
両手を拡げ、僕を抱きしめ、そのまま両の手で何回も何回も僕の背中を叩いている。僕も心から嬉しくなる。おそるおそる大豆さんの背に手を回し、ぽんぽんと背中を叩く。
頑張ったね。大豆さん、すごく、頑張ったね・・・。
「やった!!!、やったわ!!!、米作を倒したわ!!!」
「やれやれ、大会も始まってねえのにずいぶんな喜びようだな。最後のアレ、わざと負けたんじゃねえのか?」
中芋が米作にため息をつきながら、話しかける。米作は股間をまだ抑えながら、なんとか座ることはできるようになっていた。
「おー、いてえ。いや、最後は負けてやろうかなって思ってたけど。でも、あいつらの成長ぶりはすごいぜ。今回のガールズ・ファイトクラブは一波乱あるかもしれないぜ」
「あいつらに勝つ可能性はありそうかい?」
米作は何回かジャンプして、股間の位置を調整しながら、中芋のほうを振り返る。だいぶ痛みも回復したらしく少しだけ笑うこともできるようになっていた。
「うーん、どうかな。弐型X號はちょっと規格外だからな。俺だってあれには勝てる気がしない。なんか妹分の不気味な奴もいるしな。なかなか優勝するのは難しいかもしれないが、勝たしてはあげたいね」
「お、米作らしくないまともな発言だな」
「へへへ、最初はレイアちゃんのおっぱい揉めるなら、と思って今回の件は受けたんだけどね。最後は俺らしくもなく本気で指導しちゃったよ。久しぶりに応援でも行くかな」
僕と大豆さんはたった一回の勝利だけど、いつまでもいつまでもその喜びを感じていたかった。この勝利が優勝につながると信じていた。