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15.ふたりならなんとかね

 べきん!


 食卓に箸の折れる音が響き渡る。


「あ、あたらしい箸出しますね・・・」


 大豆さんが夕食中に箸を折るのは5日連続だ。それだけ彼女はストレスをためているのだろう。1週間前から始まった米作による実戦形式のスパーリング。それは大豆さんにとっては、さながら毎日痴漢電車に放り込まれているようなものだ。


 確かに米作は恐ろしく強い。大豆さんは毎日必死で米作と戦い続けている。いろいろなコンビネーション攻撃を試しているが、まったく米作には歯が立たない。彼は攻撃を軽やかによけながら、大豆さんの身体を好きなように触ったり、揉んだり、掴んだりし続けている。

 触られ続けていることは、もちろん彼女のいら立ちの大きな要因だ。だが、それ以上にその圧倒的な戦力の差を感じて、焦っているのも事実だと思う。


「米作、コロス。米作、コロス。米作、コロス。米作、コロス。米作、コロス」


 気づくと下を向きながら大豆さんが呪詛を唱えている。やばいやばい。


「あ、あの、大豆さん、ひとつ提案があるのですが・・・」



翌日の朝、今日も練習場に4人は集まっていた。


「さあ、レイアちゃん、今日も練習頑張ろうね!」


 米作は大豆さんに向かってにっこりと微笑みかける。顔はいつも通り嘘くさい笑顔で包まれているが、両の手のひらを開いたり閉じたりして胸を揉む動きをしている。今日もセクハラ全開、最低な男だ。

 いつも大豆さんはこの段階で頭に血が上り、掴みかかりそうになってしまう。


「おや、今日は落ち着いているね。ふーん、慣れてきちゃったかな?もっと過激なほうがいいのかな?」


 僕と大豆さんは、昨夜からお互いの戦い方についてミーティングをするようにした。当たり前のことなのかもしれないが、今まで僕は大豆さんに合わせることだけ、大豆さんは敵をいかに攻略するかだけを考えて戦っていた。

 けれど僕から見える大豆さんの欠点や、敵と対峙していないがゆえに見える敵の攻略法もある。大豆さんにしたって、このタイミングで僕にしてほしいことなどがきっとあるはずだ。


「さ、始めましょう」


 心の中でははらわたが煮えくり返っているのだろうが、いったん大豆さんは平静な態度を装うことができたようだ。


 昨日のミーティングで僕が大豆さんに提案したことの1つ目だ。

 大豆さんの武器は攻撃の精度、正確さだ。冷静な時の大豆さんはきっちりと自分の思い描く通りに身体を動かし、正確に相手の急所を攻撃する。

 けれど直近の大豆さんは、米作のセクハラ攻撃により、怒りで我を忘れてしまっていた。その結果、最大の武器である攻撃の正確さが失われ、さらにはスタミナも無駄に消費しまっていた。


 なので、最初の課題は冷静に試合を進めることだ。米作が何をしても、気にしないこと。胸やお尻を触られても怒らないこと。


 スパーリングが始まると、最初の挑発に乗らなかったせいか、大豆さんの動きは昨日までより軽やかに思える。軽くステップを踏みながらチャンスを伺う。


「ふふふ、ちょっとは冷静に試合ができるようになったのかな。でも、レイアちゃんの身体が触れなくなったら、僕はさみしいなあ。こっちも本気だしちゃうよ」


 米作は相変わらずいやらしい手の動きを見せて、大豆さんを挑発している。しかし彼女が挑発に乗ってこないのを確認すると、珍しく自分から先に攻撃してきた。右に左にフェイントを入れながら態勢を低くして、大豆さんの足元に飛び込んでいく。

 

ビシッ!


 大豆さんのローキックが米作の突進をいったん食い止める。米作はローキックを腕でブロックしながら反対側に素早く飛び跳ね、大豆さんの逆側の足にタックルをかけようとする。続けざまに大豆さんは反対のローキックを繰り出し、この突進も撃退する。

 彼女の強みであるキックを主体に防御を行うことは、僕が提案した二つ目のことだ。

常にキックで相手の出足を止める。米作は大豆さんのパンチはかわせるけれど、キックはいつもガードしている。よける余裕がないからガードをせざる得ないのだ。


「ひゅー。見違えるねー!昨日よりずいぶん動きがよくなった。これじゃ、全然触れないな、じゃあ今度はこれはどうかな?」


 米作はタックルをあきらめ、ボクシングスタイルで攻めてこようとする。左の鋭いジャブを連続して放ってくる。


「大豆さん、いまだ!」


 僕は小声でつぶやくと大豆さんの広背筋に電気信号をレベル9で送り込み、人工筋肉の活性剤を同時に投与する。

 大豆さんは米作のジャブをかわすやいなや、鋭く速度の乗ったカウンターパンチを米作の胸に炸裂させた。


「げふっ!!」


 はじめて大豆さんの攻撃が米作にヒットした。

 これも昨日のミーティングの成果だ。大豆さんが昨日提案してきたのは、彼女の弱点であるパンチの威力のなさや、その速度を電気信号と投薬を同時に行うことで20%向上させることだ。もちろん回数を多く行えるわけではないが、タイミングを合わせられれば大きな武器になる。


「く!!、やるな。レイアさん!」


 米作はカウンターが効いたのか、大きく後退する。僕と大豆さんが力をあわせたことで、はじめて米作を追い詰めることができた。


よし、いけるぞ!!


 僕だけじゃなく、大豆さんもきっと同じ思いを抱いたはずだ。


 米作はいったんケージの端まで後退した。態勢を立て直そうとしているように見えた。


 しかし、米作は僕たちの想像を超える能力をまだまだ隠し持っていた。彼は後退したことで僕たちを油断させ、その刹那大きくジャンプした。

 僕も大豆さんも一瞬に何が起きたのかわからなかった。米作はケージの天井部分につかまったかと思うと、大きく身体を振ってケージの端から一瞬で大豆さんに飛びかかってきた。

 不意をつかれた大豆さんはあっという間に米作に組み伏せられる。


「ふー、危なかったよ。では、いただき!」


 馬乗りになられた状態の大豆さんは抵抗できず、またしても乳房を弄ばれてしまう。顔を真っ赤にしながらも、必死で冷静さを保とうとする大豆さんは、なんとか身体をひねり脱出する。

 けれど、間違いなくいつもとは違う手ごたえが僕と大豆さんにはあった。


「まだまだ!セクハラどエロ変態おやじになんか私は負けないわよ」


 ここ1週間の大豆さんとは違う、本来の大豆さんらしい言葉がでてきたことに、僕はうれしくなった。僕も大豆さんの役に立てる。ひとりひとりではまるで敵わない相手でも、ふたりならなんとか、だ。





 


 











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