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13.私は負けない

 弍型X號はシルエットだけを見れば、筋骨隆々とした男性のように見える。ショートカットの髪にエキゾチックな顔立ち、180センチくらいはありそうな身長。がっちりとした肩幅、上腕などは大豆さんの2倍位ありそうな太さだ。


 ケージへ向かってスポットライトを浴びながら、力強く歩いていく。

僕の目の前を通り過ぎたその姿はシュミレーションで見た時よりも、ずっと大きく見える。実際に以前戦った後、肉体改造を施しているのかもしれない。


 大豆さんは瞬発力を重視しているとは言え、普通の女性とほとんど変わらない体型だ。身長はすらりと高いが、それでも165センチ程度だ。

 体全体が鍛えられている分、普通の人より絞られていて、ぱっと見はモデルのような体型だ。


 到底戦って勝てるようには見えない。僕なら相手の体躯を見ただけで、戦意喪失してしまいそうだ。


「対戦相手は、私と同じスピード系のファイターよ。善戦できれば戦い方の参考になるわね。さ、お手並み拝見ね」


 会場にゴングが鳴り響き、アナウンスの声がけたたましく試合開始を告げる。

 2人のクローンは、ケージの中で体を小刻みに揺らしながら対峙する。お互いに隙を伺っている。2人を中心に会場全体が熱気に包まれるのを感じる。


 対戦相手のクローンは1型E-2号という記号で呼ばれていた。比較的体型も大豆さんに似ていて、痩躯に長身、褐色の肌を持つクローンだ。

 彼女は弍型X號を中心にして、ケージの中をゆっくりと回転する。それに合わせ弍型X號も左足を軸にして体の向きを対戦相手に正対させていく


 しばらくは様子見なのかと思った刹那、対戦相手は素早く切り込み、弍型X號の右足にローキックを繰り出す。


「腰が引けているわ。あれじゃ、弐型X號には少しも効かないわ」


 大豆さんの言葉通り、弐型X號は対戦相手の繰り出すローキックに少しもひるむことなく、じりじりと相手に近づいていく。

 ケージの中で追われるように回転する速度を少しずつ上げながら、逃げてはローキックを重ねようとする1型E-2号。攻撃をしてはいるが、むしろ追い詰められているように見える。


 何度目かのローキックを打ち出そうとしたその瞬間、狙いすました弐型X號の全身が、バネのように弾け対戦相手に襲いかかる。ローキックを繰り出そうとした左足ごと、巨体を生かしたタックルで抱え込む。

 対戦相手は必死で逃げようとして、拳を振り下ろすが、弍型X號は全くそれを意に介さず、そのままケージの端まで押し込んでいく。


 その後はあっという間だ。弍型X號の剛腕が1回、2回と相手の顔面をとらえる。その腕が唸るたび、1型E-2号の頭部が右に左にと弾けるように動いた。リングサイドから見ても、彼女の意識が完全に途絶えているのは明白だった。

 弍型X號が体を離すと、顔を腫らし、白目を向いた対戦相手が、前のめりで崩れ落ちた。


「勝負あったわね・・・」


 冷めた視線で大豆さんがつぶやく。

 僕は正直固まってしまった。大豆さんが、1号E-2型のように殴られる姿を想像して、恐怖で動けなくなってしまったのだ。


「だ、大豆さん、この人も大会に参加するんですよね。まともに戦ったら、し、死んじゃいますよ」


 物理的にあの強大な肉体を持つクローンと闘って、大豆さんが勝てるとは到底思えない。

 大豆さんと僕は出会ってからまだわずかな時間しか共有していない。

 けれど、パートナーとして戦う大豆さんがもしも死んでしまったら、間違いなく悲しい。もっと何かできたのではないかと後悔もするだろう。大きな喪失感をきっと抱く。僕は大豆さんに死んでほしくない。


「戦う以外に何か方法はないんですか?人権を得たいのもわかりますけれど、死んでしまったら意味がないじゃないですか!」


「ふふふ、優しいのね。心配してくれているの?私のことが好きになっちゃった?」


 大豆さんは僕の方を見て、いたずらっ子のように嬉しそうに笑っている。


「そんなふざけている場合じゃ!」


 ケージでは弍型X號とそのコントローラーが、並んで立ち勝利のアナウンスを受け、腕を高々と突き上げていた。


「大丈夫よ、タマちゃん。私は負けないわ。あんなオスデカゴリラに私が2回も負けるわけないでしょ。タマちゃんは私が勝利したときのポーズやコメントでもしっかり考えておきなさい」


「だ、大豆さん・・・、ちゃんと考えてください。大豆さんが死んでしまったら・・・悲しいじゃないですか」


 僕は俯き、何もできない自分を情けなく思った。生で観戦したガールズ・ファイトバトルの現実に打ちのめされていた。目の前で笑いながら死にに行こうとしている大豆さんを、僕はなんとか止めることができないのだろうか。


「タマちゃん、もう一度言うわよ。私は死にに行くわけじゃないわ。私は、絶対に、負けないわ」


 大豆さんの手のひらが僕の頬に重ねられる。その暖かい手が頬からゆっくりとあごへ移動する。


「タマちゃん、顔をあげなさい」


 少し泣きそうになっていた僕の顔を、手のひらがそっと上向ける。そこには大豆さんが自信に満ちた瞳をたたえ、僕に微笑んでいた。


「ふふ、私のことを思って、泣きそうになっている顔はなかなか素敵よ。一緒にブタデカバカゴリラをやっつけましょう。タマちゃんにも期待しているわよ」








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