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12.弐型X號

 夕方に差し掛かった太陽が海の淵を染めながら、真っ赤な輝きを放っている。海鳥のシルエットがその赤い空を横切っていく。

 僕たちはショッピングモールから戻ってくると、着替えをして、今日の最大の目的であるガールズ・ファイトクラブの会場に向かっていた。


 その会場は、湾岸新開発地区の一角にあった。以前は海だったところを埋め立てて、高級ホテルや海浜公園、オフィスビルを建設してできた新興のエリアだ。平日の昼間は外資系のサラリーマンやOL、休日になればショッピングモールやホテルのレストランに食事に来た観光客でにぎわうエリアでもある。

 

 海浜公園の一角に立つ、そのエリアに似合わない少しみすぼらしい目立たないビルの中に、会場への入り口はあった。

 

 エレベーターで下に降りて行くと、そこには想像以上に広大な空間が広がっていた。地下とは思えない高い天井をもったロビーのような空間は、大理石の床と絢爛なシャンデリアで豪華に彩られている。その奥の扉のところで、会場へのセキュリティチェックが行われていた。

 高級なスーツに身を包んだ男たちの年齢層は割と高めだ。数は少ないがドレスアップした女性たちもいる。女性の年齢は男性に比べずいぶん若く、多くは男性が連れてきたか、接待として呼ばれているかなのだろう。


「だ、大丈夫ですか・・?僕、変じゃないですか・・・?」


 冠婚葬祭用に10年前に購入した19800円のスーツに身を包んだ僕は、完全に場違いな感じがする。


「安心しなさい。タマちゃんが変なのはいつも通りよ。・・・馬子にも衣裳というけれど、そうでもなかったわね。うん、大丈夫、まるで人間みたいに見えるわ」


 相変わらず適当なブラックジョークを言っている大豆さんは、黒のシンプルなワンピースのドレスを身に着けている。スカートの丈は長いが胸元がざっくりと空いたデザインで、そこからは彼女の胸の膨らみの一部が柔らかそうに覗いている。

 部屋にいるときはスウェットや、ジャージ素材のスポーティな恰好をしていることが多いので、見違えるようだ。高級感のある雰囲気を自然にまとっている。


「さ、タマちゃん。見るのは私の胸元じゃなくて、試合よ。今日はエキシビジョンマッチだから、この1試合しかないわ。弐型X號。・・・覚えている?私が過去にブラックアウトさせられた相手よ」


 ちらちらと盗み見てしまっていたのは、ばれていたようだ。こういうところはとてつもなく目ざとい。


 おずおずもたもたしている僕の手を大豆さんがぎゅっと握った。彼女は僕を引きずるようにしてセキュリティでチケットを渡し、会場に入っていた。その手のひらは熱く、僕はその手を握るとなぜか安心している自分を発見していた。


 会場の座席は決められており、僕たちの席はリングサイドからかなり近い席だ。もっとも座席の数は、いわゆるボクシングやレスリングの試合と違い、ひどく少なく作られている。

 おそらく会場に来る全員がほぼセレブなので、一般席のような席はほとんど用意されていないのだろう。

 

 会場はケージを中心にしてすり鉢状になっており、それぞれの座席の間隔はゆったりと取られている。座席の前にはテーブルが置かれ、ワインやウィスキーが用意されている。メニューも置いてあるので、簡単な食事もとれるようになっているようだ。

 

 ここに来る人たちは、ピアノの生演奏を聴くように、ガールズ・ファイトクラブを見るのだろう。そんなことを考えたら、僕の胸の中を抑えきれない嫌悪感が、激しく渦巻いた。


 「はじまるわ」


 大豆さんの小さなつぶやきとともに、ケージの両端に巨大な龍と虎のホログラムが写し出された。同時に会場の対角線上の角から、ケージに伸びた通路の入り口に、ライトが向けられる。大音量で乗りの良いロックミュージックが流れだす。


「龍のファイター、弐型X號!入場します!過去の成績は7戦7勝、破竹の7連勝を達成しているパワー系最強ファイター!すべての試合で開始から5分以内に相手を破壊してきました!今日も、凄まじいKO劇を見せてくれるのか!?」


 アナウンスの声が会場に響き渡る。同時に入り口の扉が開き、集められたライトの中に大柄の人影が写し出される。客層からは想像がつかない、怒号のような声が観客席から響き渡る。


「トゥーエックス!行けー!」


「殴り倒せー!!」


「殺せ!殺せ!殺せ!トゥーエックス!!」


 それに応えるように、弐型X號は高々と右手を突き上げた。あたかもそれは勝利を確信しているかのようだ。


「あれが弍型X號よ」


 そして大豆さんの双眸は力強く、そのシルエットを捉えていた。強い勝利への意志が、その瞳に宿っていた。



















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