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第25羽 LITTLE WING


『只今の、富士川トリ娘スカイスポーツ学園、ウイングノーツさんの記録は――』


 ウイングノーツが水中からボートにあがると、ボートに置かれた無線のスピーカーからウグイス嬢の記録アナウンスが流れていた。ボート上で待っていた青葉と無言で視線を交わす。


『――1290メートル79でした!』


 パチン!

 青葉が満面の笑みでウイングノーツが腰の高さに開いた手にハイタッチした。ハイタッチとは呼べない高さだけど、今はこれ以上腕が上がらないからその気遣いが嬉しい。


「お疲れ様!暫定1位よ!最後の横風は不運だったけど、風が荒れる中でここまでよく飛んだわ」

「へへ……できれば前回超えたかったけど。でも……よかった」

 そのままボートの縁に寄りかかる。本当はもっと喜びたいけど、疲れてしまってそこまでのエネルギーが湧いてこない。


 それを見て青葉が微笑んだ。

「半分近く終わって暫定1位になってるから、横になってしっかり水分取って休んでおいてね」

「はい?」

 思わず首を起こす。

「このまま3位以上になって表彰台になったら、最後にもう一仕事あるでしょ」

「あ」


 そういえばすっかり忘れていた。

 トリ娘コンテストでは、表彰台にあがるとそのままステージパフォーマンスをするのが恒例行事なのだ。

 何回目の大会からか、競バ場で開催されているウマ娘を参考にしてやってみたところテレビ放映で大好評だったらしい。数字が取れるとわかれば恒例化するのはテレビ局主催の大会ならでは。トリ娘は一般的に声が綺麗なので、素人とはいえこの手のパフォーマンスにもちょうど合っているのだろう。


「3位以上かぁ……。こんなことならもっとステージ見ておけばよかったかな」


 飛んだ後は疲れているし片付けもあるしで、他人の表彰式やパフォーマンスまでわざわざ見に行く余裕がないのが本音だ。どのみち後日テレビで空撮カメラで撮った映像が観られるわけであるし。落選していた時期も表彰式まで会場に残ってはいなかったので、前回マエストロが初優勝して初表彰台だったときに見に行ったのが初めてなのだ。


「まだ決まってるワケじゃないのよ」

 頭の中で皮算用を始めたウイングノーツに、青葉は笑いながら釘を差した。半分以上の参加者が飛び終わったとはいえ、まだフーシェやマエストロといった優勝経験者が残っているのだ。


「もちろん、分かってますよ。……ちょっと岸に着くまで寝ます」

 ボートの縁に頭をあずけたまま、ウイングノーツは目を閉じた。ボートのモーター音がうるさくて完全に寝られるわけではないが、結果がどうなろうともカラッポの体力を少しでも回復させておくにこしたことはない。


――そして、その行動は正解だったことが2時間後に分かったのだった。



 ◆



「お、来た来た」


 ウイングノーツがプラットフォームを上がっていくと、上でフーシェが待ち構えていた。ノーツと同じく、替えのフライト用ユニフォームに着替えている。


「フーシェさん、お疲れ様です。あ、マエストロー!連覇おめでとうー!」

 フーシェに挨拶したあと、その背後に見えたマエストロにも声をかけた。当然でしょ、と言わんばかりに自慢げな笑顔を返してくる。


 最終フライトで、マエストロは風の不安定な空域をうまく抜け出して最終的に約6.2キロを飛んで連覇を果たした。その前に約3キロ飛べたフーシェが2位を獲得。ウイングノーツの1290メートルはそれに続いて3位となったのだった。


「ホイ、これがウイングノーツの分や。今回のステージはこの曲らしいで」

 フーシェに渡された楽譜と資料に目を通す。大丈夫、知ってる歌だ。


「お揃いですねー?軽くリハしてから本番に入りますー」

 スタッフからの声に応えて、フーシェがパチンと大きく手を叩いた。

「よっしゃ、2人とも!気合い入れて盛り上げていこーやないか!!」

「ちょっと先輩!優勝した私が主役なんですけど」

「舞台に立ったら一緒や一緒!」


 やいのやいの言いながらステージとなったプラットフォームの真ん中に進む経験者2人を、ウイングノーツはドキドキしながら追いかけた。


 日が傾きかけた中での歌の合わせとリハーサルは、さしたる問題もなく終わって本番を迎えるだけとなった。何度も歌ったことのある歌に加えて、振り付けも学園のダンスの授業で学んだことが意外に使えたのだ。

 やがて、プラットフォーム上のステージを照らすライトが薄く点灯しだすと、ホバリング装置とカメラを付けたテレビ局所属のトリ娘たちが空中に飛び出してきた。ステージを上空で囲むかたちで配置につく。


『皆様おまたせしました!只今から上位トリ娘のみなさんによるステージパフォーマンスです!トリ娘空撮隊が空から撮る迫力の映像もモニターで併せてお楽しみください!』


 会場アナウンスが流れ、ライトアップが一気に明るくなる。

 ステージ上で振り向いたマエストロの目線に頷いて、ウイングノーツは何回か深呼吸をした。


「みなさん、本日は応援、」

「「「ありがとうございました!」」」


 マエストロの喋り出しに合わせてフーシェとウイングノーツも声を合わせる。


「今日のフライトは本当に風との戦いでした。苦しくて。あっという間に体力が持っていかれて。思い通りのフライトができなかった人がほとんどでした。

――それでも私たちには、強い風の日も、強い雨の日もびくともしない翼があると、そんな翼が持てると信じています。これからも、常に明日に向かって飛び続けていきたいと思います!」


 そこまで言い切って、マエストロはスーッと大きく息を吸った。


「それでは聴いてください!」

「「「LITTLE(リトル) WING(ウイング)!」」」



 ◆



――日が沈んできた。琵琶湖の水が、強い西風によってまるで海の波のように湖岸に打ち寄せている。


 オレンジとなった湖面を、ウイングノーツはぼーっと眺めていた。ザザ……ザザ……という波の音が、ついさっきまでのステージの余韻のように感じられる。


「あ、いたいた!ノーツ〜」


 後ろから駆けてきたのはクラウドパルとバートライアの2人だった。


「どうしたの?こんなところで。てっきりマエストロと一緒にホテルに戻ったと思ってたのに」

 バートライアは心配そうな顔をしている。


「ああ、ごめんごめん。アタシは大丈夫だよ。緊張して疲れちゃったから、ちょっとゆっくり戻ろうかなって思ってたらボーッとしちゃってた」

 ウイングノーツが振り向いて笑うと、クラウドパルとバートライアは顔を見合わせてからホッとした表情を見せた。


「初舞台だもんね〜」

「すっごく良かったよ、LITTLE WING。私あの歌小さい頃から大好きだったから、いつか自分が表彰台のぼったら歌ってみたいな」

 LITTLE WINGは諦めずに大空を飛ぶことに挑み続ける人を歌った歌。少し前の世代の歌だが、人間にもトリ娘にも人気があるのだ。


「お、今回うまく飛べたから強気だね〜」

「まだまだだよ。マエストロやノーツに追いつくにはもっと強くならないと」


「うーん、表彰式といい今のバートライアの言葉といい、自分がそういう上の方の立場にいるっていう実感がないなぁ」

 ウイングノーツは率直な戸惑いを吐露した。


「ま〜たそんなこと言っちゃって〜。『ノーツ。あなたは確かにあのステージの上に立っていたのよ。自信を持ちなさい!』」

「パルちゃん、青葉トレーナーの真似上手い!」


「いや、確かに青葉さんはそう言うだろけど」

 もやもやが消えないウイングノーツは頭をかいた。

「手応えはあったし、また1キロ超えて飛べたのは嬉しいんだよ、ホントに。でも、なんかステージにいながら『ここにいていいのかな』ってもやもや感じてもいたんだよね」


「それで、ステージ終わったのにここでボーッとしてたと」

「……うん」

「――う〜ん」

 ウイングノーツが頷くと、同時にクラウドパルが俯いて唸り声を上げた。


「「パルちゃん?」」

 どうしたの、とバートライアとウイングノーツが同時にクラウドパルの顔を覗き込もうとした途端、


「わかった〜!」


 突然クラウドパルが叫んでガバっと顔をあげた。当然、顔を近づけていた二人は仰け反る羽目になる。


「なんなのよ突然」

「ノーツ!あたしわかっちゃった〜!」

 バートライアの非難めいた声にも耳を貸さず、クラウドパルはウイングノーツの方を向いた。


「ノーツの目標って、ステージに立つことだっけ?」

「え?いや、対岸まで飛ぶこと……だけど?」

「今回優勝は?」

「してない」

「自己記録更新は?」

「してない」


 答えていくうちに、ウイングノーツにもクラウドパルが言いたいことがだんだん分かってきた。


「パルちゃんは()()がアタシのもやもやの原因だと言いたいわけね」

「正解〜!」


「え?どういうこと?」

 会話に取り残されたバートライアが首をかしげる。

「あ、それは」

 言いかけてウイングノーツがクラウドパルを見ると、彼女はドヤ顔をしながら頷いてノーツからの回答を促した。


「えーと。結局、自分の目標が達成できたわけではなくて成長したとも思えないのに、表彰台やステージに立ったり目標にされてたりしたことに違和感があったってことかな。あと、次にやらないといけない課題も思いついちゃったし。今言葉にしてみてアタシも納得したところだけど」

 横を見るとクラウドパルが『ワシが育てた』といわんばかりのドヤ顔で何度も頷いている。


「え、贅沢ー」

 バートライアは率直なコメントを返してくれた。

「確かに贅沢だよね。ようやく表彰台とステージに立てたっていうのに」

「な〜んかノーツって志高すぎるっていうか、苦労性っていうか」

「あー、それ完全には否定できないかも」

 思い当たることはあるのでウイングノーツは苦笑いを返す。


「まあまあ、それはそれとして!」

 バートライアが重くなりそうな空気をはじき飛ばすかのようにピョンと飛んだ。


「実際、ステージに立って歌った感想はどうだったの?教えてよ」

「お、女優志望としては気になるところですな〜」

「そうだねー。歌っている間は夢中だったけど、ホントに楽しかったよ!」

「さっきのもやもやは抜きで?」

「そ。抜きで」

 クスクスと笑い合う。二人の心遣いが嬉しくて、さっきまで燻っていたもやもやが晴れていくのが分かる。


「バートライアも言ってたけど、LITTLE WINGはアタシにとっても小さい頃から聞いてた好きな歌だったから。振り付けも授業のダンスの応用で普通にできたし」

「あ、ノーツもそう思った?絶対うちのダンスと歌の授業、ステージを意識してるよね」

「え〜!?この間の音楽の自由課題の選択肢にLITTLE WINGが入ってたのってそういうこと〜!?」

「タイミング的にそれは考え過ぎだと思うけど……」

「あのバンドって、別の歌が副教材の歌集に入ってたよね?だからアタシは違和感なかったなぁ」


「そっか〜。意外にいいところ突いてると思うんだけどな〜」

 不満気な顔をしたクラウドパルがふと時計を見た。


「あ!そろそろホテルで打ち上げの時間だ〜」

「もしかしてアタシを探しに来てくれたのって」

「そう、打ち上げに主役の一人がいないと困るから。でもちょっとミイラ取りがミイラになっちゃったかな」


 バートライアの説明に、またウイングノーツの顔が曇る。

「てことはまたアタシ何かしゃべらないといけないんだ……」

「何言ってんの!有名税有名税!ホラみんな走るよ〜!」


「パルちゃん、それなんか意味違うと思う」

 既に走りだしたクラウドパルを追いかけながら、敵わないなとバートライアとウイングノーツは顔を見合わせた。


 そんなドタバタもあったせいか、なんだかんだいってもやもやは晴れ、ウイングノーツはその日の打ち上げを思いっきり楽しむことができたのだった。


《参考情報》

本大会ディスタンス部門の上位入賞者およびウイングノーツ周辺の成績は以下の通り:


1位:マエストロ 6201.74m

2位:フーシェ 3004.26m

3位:ウイングノーツ 1290.79m

4位:トンパ 921.06m

5位:バートライア 846.84m

6位:ナスカ 692.51m

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