噂のダンジョン奥深くで、僕たちは〈永遠の生命〉を満喫する
◆1
最近、巷で流布している二大都市伝説があった。
一つは子供たちの間で盛り上がっている、《首なし》っていうお化けが出るって噂だ。
『俺の身体は何処だ!』
『俺の身体を返せ!』
と、首をなくした身体が迫ってくるという。
大人にとってはまったく信憑性がない噂で、訳がわからないが、そこが不気味で、子供たちの間でウケてるらしい。
そして、もう一つの噂は、冒険者の間で、まことしやかに語られているものだ。
ある迷宮の奥深くーー《奥の院》にまで辿り着くと、色褪せることのない《永遠の生命》が得られる、という噂だ。
そして、僕の恋人は、この大人の噂の方に、見事に釣られてしまった。
近々、結婚しようと考えている、幼馴染の恋人サーヤから、僕はせがまれた。
「ねえ、アダム。一緒に行こうよ。
アッタファ迷宮って、古代文明の遺跡だっていうじゃない?
ロマンチックよねぇ。
それに、《永遠の生命》って、素敵だと思わない?」
場所は、冒険者組合に併設されている酒場だ。
僕と彼女はカウンターの片隅で隣り合い、ジョッキを手にエールを飲んでいた。
「《永遠の生命》って、錬金術でいうエリクサーのことか?
飲めば不老不死になるとかいう、万能の霊薬ーー」
「いやねぇ。私たち、まだ若いのよ。
そんな現実的なことじゃなくて、ロマンよ、ロマン。
それに、永遠に生きられるってことは、永遠に私たち、ずっとラブでいられるってことじゃない!?」
(ロマンかーーったく、女はどーしてそういうの、好きなんだろ?)
そう思ったが、僕は当然、口にしない。
女性と口論の種になるようなことは、口にしないのが賢明だ。
ただ、先輩冒険者として、注意を喚起する必要はある。
エールを飲み干してから、真顔で言った。
「《永遠の生命》といった、誰もが欲しがるような伝説級のアイテムを求めるってことは、生命の危険に自ら身を晒すってことだ。
人に過ぎたモノを求めると、神様の罰が下るっていうぞ。
古代文明が現代よりも発達していたのに滅んだっていう事例もある」
僕の真面目な忠言を、サーヤは笑顔でいなす。
「またまたぁ。説教くさいわね、アダムは。アンタはお父さんか?
大丈夫よ。神様からの罰が下ったら、必死になって謝るから。
それに、アダムも彼氏として、私に付き合ってくれるでしょ?」
彼女は一度こうと決めたら、テコでも動かない。
僕は溜息混じりに、頷くしかない。
サーヤは亜麻色の髪をなびかせ、微笑んだ。
「もちろん、《永遠の生命》なんて噂は、眉唾物だってわかってる。
でも私、情報屋志望だからね。
『噂の迷宮に潜って、《永遠の生命》、手に入れちゃいました!』
っていう手記でも書いて、売ろっかなぁと思ってんの」
彼女はメモ好きだ。
斥候職だから、情報収集はお手のものだった。
でも、剣士の僕とは違い、斥候は戦闘職ではない。
行動は素早いが、重量級の魔物に遭遇したら、力負けする。
だから、その迷宮には、僕も彼女と一緒に潜るつもりだった。
でも、約束の日、遠方の領主様から、急な魔物討伐の依頼が入ってしまった。
幾度も世話になった領主様で、断れない。
サーヤも冒険者だから、事情は承知している。
「お貴族様の指名依頼を、私たち平民冒険者が断れるはずないもんね。
じゃあ、私だけで、知り合いのパーティーと潜って《奥の院》にまで行ってくる」
「おいおい。
べつに、僕は『行かない』って言ってないだろ?
仕事を片付けてから一緒にーー」
「ダメ。そう言って、何ヶ月も待たされたんだもの。
あなたが仕事ばかり優先して、恋人の想いをないがしろにするって知ったから、《永遠の生命》を手に入れる必要があるって思ったのよ。
じっくりと愛を育むためにね。
それに、占いじゃ、今月中じゃなきゃ、願いが成就しないって」
彼女は占い好きでもある。
僕は、指折り数えて、目を丸くした。
「でも、今月中って、あと三日しかないよ!?」
「だから、予定通りの日にちに、迷宮に潜るのよ。
心配しないで。
《魅惑の花園》っていう女性だけのパーティーと一緒だから。
オトコはいないわ。
《永遠の生命》がどんなのかわかんないけど、できればアダムの分も取っておくから」
サーヤはジョッキを置いて、胸を張った。
「すぐ帰ってくるね。
このカウンターで待ち合わせしましょう。
アダムがお仕事を終わったときには、私、《永遠の生命》をゲットして、お裾分けしてあげる!」
それから一週間後ーー。
ようやく仕事を終えた僕が耳にした噂ーーそれは、サーヤが迷宮内で行方不明になったというものであった。
◆2
僕の許嫁サーヤが迷宮に潜ったまま、帰ってこない。
サーヤと同行した、女性ばかりの冒険者パーティー《魅惑の花園》が、アッタファ迷宮で行方不明となった。
冒険者組合では、その話題で持ちきりになっていた。
冒険者に女性は少ない。
しかも、数々の依頼をこなした手練のパーティーで、女性のみで構成されているのはごく僅かだ。
だから、《魅惑の花園》は冒険者の間で、人気のパーティーだった。
ファンの男性、憧れる女性は多かった。
だから、騒がれた。
僕は組合の受付嬢に詰め寄って、本当にサーヤが帰ってきていないか問い糺す。
が、組合の方でも、噂以上のことを把握していないようだった。
ふと気づけば、僕がサーヤについて問うのと同じように、受付に《魅惑の花園》について問い詰める男どもがいた。
太った男や、メガネをかけた男、妙に色気を感じさせる優男など、さまざまだったが、冒険者ではなさそうな者も混じっていた。
彼らは、サーヤが同行した《魅惑の花園》のメンバーの恋人や旦那さんたちだった。
僕の他にも、女性から待ちぼうけを喰らった者たちがいたらしい。
文字通り、相方が行方不明になった〈お仲間〉ってわけだ。
僕は彼らに向けて声をかけた。
「どうだい? 一緒に捜しに行かないか?
僕はA級冒険者だから、迷宮に潜る権利は持ってる」
頭を抱えていた男どもは、僕の提案に即座に応じた。
結果、僕を入れて七人組の、男ばかりの臨時パーティーが出来上がった。
そのまま組合カウンターの中央テーブルで相談を始めた。
まずは情報収集からだ。
僕が切り出した。
「僕はアダム。剣士だ。
普段は魔物狩りをしているから、迷宮については明るくない。
誰か、アッタファ迷宮について、詳しい者はいるか?」
対面に座っていた、細身の美形優男が、オズオズと口にした。
「私は冒険者ではありませんので、詳しくはありませんがーーアッタファ迷宮は難度A級だと伺っております。
ですから、あの娘にも言ったんです。
《永遠の生命》なんて要らないから、潜るのはやめようよ、って」
彼は役場の事務職員で、顔に似合わず、生真面目な性格をしていた。
勇ましいところを見せようと張り切ってしまう許嫁を、心底、気遣っていた。
ちなみに、冒険者組合では、迷宮や魔物に等級をつけている。
この等級が、パーティーの等級に対応させている。
A級迷宮はA級パーティーによる攻略が推奨される、というわけだ。
優男の恋人も、サーヤと同じく C級冒険者だったらしい。
A級のアッタファ迷宮を攻略するには、等級が釣り合わない。
かなり無理をすることになる。
それでも、優男の恋人は、冒険者ならではの誕生日プレゼントとして《永遠の生命》を、彼氏に捧げようとした。
それが仇となったらしい。
次いで発言したメガネ男が、迷宮について、新情報を教えてくれた。
彼は医者で、妻が《魅惑の花園》のリーダーをしていた。
「いや、その情報は正確ではない。
難度Aというのは、〈最深層の第七層まで含めたら〉ということ。
アッタファ迷宮の上層部、第六層までは、難度Dだ」
難度はEまでしかない。
難度Dは相当、難易度が低い。
初心者でもOKというレベルだ。
僕は首を捻った。
「上層部と最下層で、そんなにも扱いが違うなんて、珍しい。
なにか、理由が?」
メガネ男は意を得たりとばかりに頷いた。
「アッタファ迷宮は、回復•蘇生系の迷宮なんですよ。
だから、誰が潜っても、死なないんです。
ただ、第七層以降は未踏破なんで、難度Aとされてるわけです」
聞いたことがある。
回復•蘇生系迷宮では、探索者が迷宮内で死ぬことはない、と。
迷宮内で罠に引っかかったり、魔物に襲われたりして死んでも、強力な回復•蘇生魔法をかけられ、地表へと強制転移されるそうだ。
僕は腕を組む。
「古代遺跡ともいわれるアッタファ迷宮が、そんな初心者仕様だとは、正直、思いもしていなかった。
回復•蘇生系ということは、つまり、迷宮内で死ぬことはないってことだろう?
それなのに、帰って来ないってのは……やっぱり迷子になっただけなのかも。
でも、どれくらいいるもんなのかな、行方不明者っての」
「アッタファ迷宮だけで、四、五十名は行方不明になってると思う」
今度は、隣に座る肥満体の男が、僕の疑問に応じてくれた。
彼は商人。大規模商店の店主らしい。
裕福な身の上らしく恰幅が良いうえに、情報通だった。
エールをガブ飲みしてから、嘆息した。
「噂によるとね、最近、この迷宮で、冒険者が行方不明になる事件が頻発してるらしいですよ。
《永遠の生命》が手に入るって噂が広まって以来、帰って来ない者が激増してるって話です」
対面に座る優男がつぶやく。
「近頃じゃ、《帰らずの迷宮》とも噂されてますしね」
太っちょ男が軽口を叩く。
「それ、私も聞きましたよ。《帰らず》ってーーもし私たちのお相手が、迷宮内で良い男を見つけたから帰ってこないってんなら、どうしますか?」
彼の冗談に、次々と男たちは反発する。
「あり得ない冗談はやめてください! ウチの許嫁は真面目なヤツなんです」
「そうですよ! 冒険者だからって、雑に見たら承知しませんよ。彼女はーー」
太っちょの恋人は移り気らしいが、他の男どもの妻や恋人は違うようだ。
もちろん、僕のサーヤも身持ちは堅い。
融通が効かないくらい、趣味も嗜好も目的も変えない。
僕はパンパンと手を打って、話をまとめた。
「これだけのオトコを残して、全員がいっせいに浮気するとは思えない。
単純に、遭難したに決まってる。
でも、迷いはしても、回復・蘇生系なんだから、生存している可能性は高い。
探して、見つけ出しましょう!」
僕たちは、結局、みんなで迷宮に潜って、相方の行方を探ることに決定した。
◇◇◇
そして、三日後の朝ーー。
我々は七人組の臨時パーティーを結成し、装備や道具を買い込んで、迷宮探索に乗り出した。
迷宮の中で、恋人や妻を捜索するためである。
夕刻には、アッタファ迷宮ーー通称《帰らずのダンジョン》にまでやって来た。
古代建築らしく、大きな出入口だった。
その脇には、大きな魔法陣が石畳の上に刻まれていた。
回復•蘇生機能を兼ねた転移魔法陣だ。
迷宮で死んだ者たちが地表に送られてくるという、奇蹟の魔法陣だ。
いきなり、何人かの人々が、魔法陣の上に浮かび上がってきた。
剣士もいれば、魔法使いもいる。
様々な職種がある、比較的大きなパーティーのようだ。
「あれが、戻って来た冒険者たちってわけだな」
仲間の一人ーー太っちょ男がさっそく尋ねに行く。
すぐに戻って来て、僕たちに伝えてきた。
「あの人たち、第四階層で殺られちゃったって」
彼らは八人構成のパーティーで、C級パーティーだった。
「並の等級でも挑めるし、生きて帰って来られる迷宮ってことか。
これなら、捜索も楽に出来そうだな」
僕が安堵すると、優男も大きく胸を撫で下ろしていた。
「死なないっての、なんだか、安心ですよね」
だが、真面目そうなメガネ男が厳しい意見を言う。
「いや、死なないからといって、舐められないですよ」
メガネ男は医者として、蘇生系迷宮から地表に戻った者たちの病状を、何人か診たという。
意外なことに、せっかく生きて帰って来られたのに、彼らのたいていはすぐに冒険者を引退してしまうらしい。
心的外傷を抱えてしまっているからだそうだ。
僕は背筋を伸ばして、みなに注意を促した。
「でも、僕たちは恋人を諦めるつもりはありませんよね!?
だったら、気を引き締めて潜り込みましょう!」
◆3
男だけの、それも素人だらけの、急拵えの臨時パーティーで、僕は噂の迷宮に挑んだ。
仲間内で幾つかの軋轢はあったものの、第六階層までスムーズに進めた。
襲いかかってきた魔物はいろいろだった。
第四階層のボスはスケルトン軍団。
第五階層のボスはゴブリンの群れ。
第六階層のボスは巨大オークだった。
でも、僕が今まで倒したことがある魔物ばかりだった。
しかも、迷宮に先行していた他の冒険者たちが協力してくれた。
おかげで素人の臨時パーティーでも、やすやすと魔物を撃退できた。
複数のパーティーメンバーが集まって、三、四十人規模の、和気藹々《わきあいあい》としたグループになっていた。
特に、僕たちが迷宮に潜ってきた理由が、恋人(妻)を探し求めてーーという事情が、他の冒険者たちの同情を誘ったようだった。
「頑張れよ」
「お互い、オンナには苦労させられるよな」
「ははは」
冒険者らしい、直球な物言いに、僕は愛想笑いを浮かべるばかり。
快く応じているのは太っちょだけで、あとの仲間たち、優男やメガネなんかは、
「ウチの恋人(妻)は、そんなんじゃない!」
と憤慨して冒険者たちに喰ってかかろうとするので、彼らを宥めるのが一苦労だった。
それでも、生命を預け合う仲間同士、気を張り詰めつつも、みんなで協力し合いながら、楽しく迷宮を探検していった。
そして、三泊四日して、第六階層の最深部にまで辿り着いた。
ここで、他の冒険者パーティーとは別れた。
彼らは第六階層までの魔物を退治して、手堅く経験値を稼いでいくつもりらしい。
だから、未踏破領域にまで足を伸ばして《奥の院》を目指す僕らとは、同行する気がなかった。
「頑張れよ」
「健闘を祈る」
「奥さんが見つかったら、一緒に食事しようぜ」
口々に挨拶を交わして、大勢の冒険者たちが引き戻っていく。
さらなる奥へと進むのは、僕たち、恋人(妻)を探し求める、七人の野郎集団だけになった。
みな、いきなり人数が減って、心細そうにしている。
そんな彼らを、僕は叱咤激励した。
「さあ、僕らは愛する人を探すために、ここまで潜ってきたんだ。
漢を挙げてやろうぜ!」
男どもは、みな、おおっ! と声を上げ、拳を振り上げる。
いつもは自分の許嫁を悪く言いがちだった太っちょまでもが、真剣な表情をしていた。
実際、本気で恋人の身を案じていなければ、冒険者でもないのに、こんな迷宮奥深くまで、足を踏み入れようとするはずがない。
どれだけイジった物言いをしていようと、彼も彼なりに自分の許嫁を愛しているのだろう。
僕は改めて気を引き締めつつ、石畳を確認しながら進んだ。
もうすでに、第六階層のボスは討伐している。
僕らはさらなる深層に潜る権利があるはず。
案の定、僕らの接近を受けて、一枚の大きな石畳が開いた。
中を覗くと、下へと階段が延びていた。
その入口、階段の一、二段辺りに、様々な物が乱雑に置かれていた。
落ちたモノを拾って、太っちょが声をあげた。
「こ、これはカノジョの弓矢だ!」
優男も屈んで、刃物を拾い上げていた。
「これは、私の許嫁の短刀です。
私がプレゼンしたものですから、間違いありません」
次いで、お医者がメガネを嵌め直して言った。
「私も妻の所持品を見つけました。
魔法の杖に取り付けられた水晶ーー。
これと、折れた矢、刃こぼれした短刀ーー廃棄武器ばかりですね。
これから、未踏破の階層に出向くにあたって、捨てていったのでしょうか?
とにかく、ここまで私の妻のほか、《魅惑の花園》のメンバーが潜ってきたのは、確かなようです。
ということは、彼女たちが遭難した場所は、やはり第七階層ということになりそうです」
今度は、僕が落ちていたモノを拾いあげた。
「これはーー」
黒い手帳ーーサーヤのメモ帳だ!
僕は急いでパラパラと頁をめくった。
彼女はメモ魔だ。
何か、捜索の手掛かりになるような、有益な情報が記されているに違いない。
そう思った。
だが、案に反して、書かれていた内容は抽象的で、不明瞭な記述ばかりだった。
《七月三十日》という、一週間前の日付が最終ページに記されてあった。
前のページには、〈ゴブリンの杖〉や〈オークの骨〉といった、換金可能な獲得物について記されている。
が、最も特徴的なのは、最終ページに書かれたものであった。
ひとつの不気味な、粗々《あらあら》な素描があったのだ。
人間の姿ーー革鎧をまとった男女の姿が描かれてあった。
ところが、肝心の首から上がないーー?
そのスケッチの下に、走り書きがあった。
《〈首なし〉を見た。パーティー全滅の危険。気をつけて!》
僕はこの走り書きを見て、首をかしげる。
「《首なし》? なんだ、それ?」
太っちょが後ろから顔を覗かせる。
「あぁ、知ってる。街の子供たちが噂してた。
流行している《迷宮伝説》だよ。
ここのダンジョンのことだったんだ……」
みなが彼に注目する。
太っちょは得意満面で語る。
「《首なし》っていう、お化けがいてさ。首がないんだよ。
首がない状態で、『俺の身体を返せ』って迫ってくるってさ。
《首なし》なのに、『首を返せ』じゃなくて『身体返せ』っていうんだから、おかしいだろ?」
太っちょはケラケラと笑う。
一方で、お医者は難しい顔をして腕を組み始めた。
「なんだか、根本的におかしくないですか、それ」
「どこが?」
おどけた調子の太っちょに、メガネのお医者は真顔で問いかける。
「《首なし》ということは、顔もなければ口もないってことでしょう?
だったら、声はどこから出ているんでしょう?」
お医者の当然ともいえる疑問に、太っちょは頷き、優男は微笑む。
「あぁ、なるほど。たしかに」
「いかにも、子供の噂話ってかんじですよね」
やおら、太っちょが僕の方を見て、揶揄した。
「だったらさぁ、このメモ自体、悪戯かもよ?
だって、この迷宮は回復・蘇生系なんだぜ?
パーティー全滅なんて、まずありえない。
あったとしても、地表に戻ってる。
迷宮内では、死んでも生き返る仕様なんだから」
僕は顰めっ面で応える。
「でも、《帰らずのダンジョン》って言われてるんだろ?」
サーヤの他にも、何人もの冒険者が、いまだに帰って来ていない。
それでも、太っちょは悠然と構える。
「まぁ、言い方だろうね。
このダンジョンに潜るって宣言したパーティーが帰ってこないーーつまりは、ウチの街の冒険者ギルドに報告に戻ってこないってだけなんじゃないか?」
太っちょの意見に、優男や他の男どもも同意する。
「なるほど。ダンジョン攻略に失敗して、顔が出せなくなっただけかも」
「他の街に行った可能性も高いしな」
たしかにーー。
僕も剣を鞘に納め、腕を組む。
地表に戻った者たちのたいていは、心的外傷を抱えて、冒険者を引退すると、医者も言っていた。
冒険者組合に顔を出すのも、億劫になってしまったのかもしれない。
でも、廃棄武器はともかく、情報屋志望のサーヤが、大切な記録手帳を残して行くとは思えないーー。
「とにかく、先を急ごう」
気を取り直し、僕は魔法のランプを片手に、階段を降り始める。
当然、サーヤの手帳を懐に仕舞い込んで。
他のメンバーも、僕の先導に従った。
◆4
さっそく、第七階層に降りてみた。
「うわあ……」
薄暗い中、ランプの灯りに照らされた地面を見て、優男が声をあげた。
いきなり、たくさんの魔物の死骸が、方々に転がっていた。
本来なら、第七階層で待ち構えて、我々を襲うはずだった魔物らしい。
コボルトを主体とした魔物軍団だった。
でも、僕たちは楽ができたみたいだ。
先行したパーティーが、あらかた魔物を片付けてくれたらしい。
最下層にまで潜る連中は、さすがに実力者のようだ。
魔物どもは、身体中が切り刻まれていたり、黒焦げの消し炭のようになっていたりと、いいように退治されていた。
しかも、新たに迷宮が魔物を生み出すほど、時間経過はしていないようだった。
特に、魔物に襲われたり、罠が発動することなく、僕たちは難なく進めた。
やがて、やたらと天井が高い、直線の道に出てきた。
道の果てに、人間の背丈の五、六倍はあろうかという大扉があった。
あの扉の向こうに、階層ボスがいるに違いない。
「暗いな。灯りはーー」
「おかしいな。
僕はさっきから魔法ランプで照らしてるんだけど、いっこうに明るくならない……」
僕がメガネの医者と言葉を交わしていると、突然、暗がりの中で、甲高い叫び声が聞こえた。
「ああああ、ようやく人が来たの!? 助けてぇ!!」
コツコツコツと、こちらに向かって駆け寄ってくる音が響く。
僕たちが捜し求めている女性パーティーメンバーかもしれない。
「どうしました?」
薄暗闇の中、僕は迫ってきた女性を、正面から抱え込んだ。
柔らかい胸の感触がある。
間違いない。女性の身体だ。
通常、女性冒険者は革の胸当てを装着するものだが、取り外された状態だった。
手足の辺りに目を遣ると、服もきれぎれになっている。
何度も転んだような、擦り傷が全身にある。
争った跡だろうか。
だが、問題なのは、そういった細かいことではなかったーー。
「ぎゃああああ!」
優男が女性のような、甲高い声で叫ぶ。
男どもは目線を上げ、息を呑んだ。
僕が抱き抱えていたのは、〈首なしの身体〉だったのだ!
でも、その身体は死んでいない。
現に、俺が抱きかかえた女体は暖かい。
熱を帯びている。
香水と混じった、女性特有の香りも放っている。
そして、なにより、手足がバタバタ動いているーー。
『返して! 私の身体、返してよ!』
声が、足下から聴こえる。
下に目を遣ると、ひとりの女性の顔があった。
地面から、こちらを見上げている。
メガネ医者が悲痛な声をあげた。
「こ、これは、私の妻です。どうしてーー!?」
僕を強引にどかせて、メガネ医者は〈首なしの身体〉を強く抱き締める。
地面に転がってる首の方も、夫がやって来たと知って、盛大に泣き始めた。
『あああん。ごめんなさい。
こんなことになるんだったら、こんな迷宮、潜らなきゃよかった!』
「どうした、何があった!?
どうして、首が落とされてーーいや、そもそも……」
夫である医者は言い淀む。
僕をはじめとして、他の男どもも、想定外の事態に遭遇して、何を問えば良いかすら定まらない。
だけど、わかったことはある。
この迷宮の第七階層では、首だけになっても死なないようだ。
さすが蘇生系迷宮と言ったところか。
(でも、だったら、どうして地表に転送されないんだ?)
僕が疑問に思っていると、その内心の声に応えるように、メガネ医者が推測を述べた。
「蘇生系迷宮の中では、たしかに誰も死なない。
ーーでも、どうやら、この第七階層だけ、何らかの理由で、回復•蘇生魔法と転送魔法の効果がバグってるんじゃないでしょうか?」
彼の発言を受けて、ようやく僕は合点が入った。
なるほど。バグったと考えれば、納得できる。
なんらかの理由で首を切られた人が、身体を元の状態に回復できないままに蘇生魔法で死なないでいる。
その挙句、地表へと転送してくれないーー。
ということは、この奥さんみたいな《首なし》は、今までの行方不明者ってことに……。
そんなことをあれこれ考えていると、さらに、気色の悪い光景が、薄明かりの下、展開した。
奥の扉の方から、たくさんの首がゴロゴロと転がって来たのだ。
(生首が自在に動いている!?)
生首たちは、額や唇から血を流していた。
転がって移動するものの、相当痛いようだ。
それでも、少しでも僕たちに近づいて、窮状を訴えたいようだった。
『助けて。私の身体を返して!』
ゴロゴロと転がる生首たち。
《魅惑の花園》のメンバーたちだけじゃない。
生首の中には、「寂しいよぉ!」と泣いている男までいた。
「ギャアアア!」
再び金切り声を張り上げ、優男は踵を返し、もと来た道を一目散に逃げ出した。
でも、僕は逃げ出すわけにはいかない。
案内役として、他のメンバーを守る義務がある。
事実、優男以外、残った六人のうち、誰ひとり逃げ出す者はいなかった。
妻の首を抱きかかえるメガネ医者は言うまでもないが、あれほど許嫁のことをイジっていた太っちょまでもが前に進もうとしていた。
みな、恐怖に身を震わせながらも、周囲を見回し、自分の恋人を探し出そうと眼を凝らしていた。
冒険者であっても、近頃は見ない真剣さだ。
ぜひとも、彼らの願いを叶えたい。
愛する恋人(妻)と手を取り合って、地表へと生還したい。
そう思った。
が、異様な気配がすぐ近くにまで迫ってきていた。
凶暴な、魔物の気配ーー。
僕はランプを地面に置き、剣を手に、身構える。
そして、大声を張り上げた。
「勝手に動かないで! 固まっていないとーー」
そう指示を出した瞬間ーー。
突然、空気を切り裂くような風圧を感じた。
(なっ!?)
僕は剣を腰から引き抜いたが、遅かった。
太っちょの首が血飛沫をあげて、宙を舞っていた。
次いで、メガネ男の首もゴトン、と音を立てて、地面に落ちる。
他のメンバーも、首が刈られていく。
(何かいる!?)
僕は低い態勢になって、目を閉じ、五感を研ぎ澄ます。
気配を察知する。
(透明の何かがいるーー!?)
僕は剣を振り、なんとか攻撃を跳ね返す。
やはり目に見えない、何者かが襲いかかってきているーー。
もっとも、この階層自体が薄暗い。
ランプの灯りで辺りを照らしているから、何とか目が利くが、相手は超高速で動いているようだ。
魔物がいるのは間違いないが、視認することができない。
そのとき、足下から、聞き慣れた声が聴こえてきた。
『気をつけて、アダム! 敵は尻尾にーー』
声の方に目を遣った。
地面には、愛する恋人ーーサーヤの生首が転がっていた。
「なっ!?」
僕は、さすがに動揺し、剣を落としてしまった。
結果、せっかくの忠告も、最後まで聞き取ることができなかった。
突然、グルッと視界が回転する。
(なんだ!?)
僕は絶句した。
気づいたら、地面に頭を強く打ちつけたような感触ーー。
瞼を開いたら、目の前には、愛するサーヤの首があった。
彼女は目に涙を溜めていた。
『私たち、殺られちゃったの。
この階層のボスにーー』
目線を上にすると、僕の身体がいまだに突っ立ったままだ。
近くの壁際には、座り込んだ姿勢になってるサーヤの身体があった。
彼女の生首は、僕の目の前にあるのだから、もちろん、《首なし》の身体だ。
僕は思わず、笑ってしまった。
自分の身体の首の部分から、盛大に鮮血が迸っている。
そんな光景を、目にする日が来ようとは。
「なんだよ。僕は首を切られたのか。ははは。
だから、こんな変な視界になってるのか……」
僕の首は切り落とされてしまった。
それでも僕はーー僕たちは生きていた。
《首なし》としてーー。
◆5
僕は首を切られた。
なのに意識はある。
バグっていようがなんだろうが、強力な蘇生魔法が発動しているようだった。
死なないのを良いことに、剣士として、僕は気配察知の技能をフルに発揮した。
(今なら見えるーー!)
僕の首を切ったので、安心したのだろう。
不可視の化け物が、薄闇の中、姿を現わした。
(こいつがボスーー。
キツネーーイタチーーいや、カマイタチか……」
第七階層のボスは、鎌鼬だった。
尻尾が鎌になっている。
しかも、視覚阻害の技能を持っているようだった。
これでは、不可視の幽霊と同じだ。
カマイタチは、自らボス部屋から飛び出して、姿を消し、潜行する。
冒険者たちに、扉の向こうに階層ボスがいると思わせ、その隙を突いて襲う。
それが、第七階層ボスの手口だった。
今、僕たち、新たな階層侵入者の首を切り終えたカマイタチは、《首なし》になった身体を勝手に弄り、小物を咥えて吐き出していた。
太っちょからは懐中時計、メガネ医者からは水晶玉、僕の身体からはサーヤの手帳ーー。
こういった《首なし》になった者たちの小物を掻き集めては、階層入口にまで運んでいるらしい。
階層ボス自身による〈愚か者の罠〉というわけだ。
現に、僕もサーヤの黒手帳を見つけたので、第七階層に勇んで進んだ経緯がある。
僕は唇を咬む。
もっと注意してればーー。
(しかし、階層ボスの正体と手口がわかっても、首と胴体が分断されてしまっては……)
どういう理屈でそうなってるのか、わからないが、神経は切れてしまっていない。
しっかり、疲れや、痛みを感じる。
僕の首は現在、石畳の上に転がってる状態だけど、カマイタチの鎌で切断された切り口が焼けるように痛い。
痛みが、なくならない。
血もドバドバ流れ出している。
血溜まりが出来て、右頬を鮮血で染める。
僕は頬や顎の筋肉を使って、なんとか首を動かして、顔面を上に向ける。
(ひっ!)
僕は思わず息を呑んだ。
目を爛々《らんらん》と輝かせたカマイタチが、上から僕の顔を覗き込んでいた。
階層ボスが、こちらに近づいていたのだ。
牙を見せ、涎を垂らしながら。
(ま、まさか、僕を喰うつもりか!?)
僕は両眼を目一杯動かし、サーヤの様子を窺う。
が、彼女の首が見当たらない。
サーヤは逃げおおせたのか?
でも、どうやって?
身体は相変わらず座り込んだままなのに?
愛するサーヤだけでも助かって良かった、と安堵する反面、彼女に対して、初めて恨む気持ちを持ってしまった。
僕にも、助かる方法、教えてくれたら良かったのに。
あの手帳の記述だけじゃ、さっぱりわからないよーー。
僕の頭に、カマイタチの涎が、ベットリと垂れ落ちてきた。
(逃げなきゃ!)
僕は焦りまくった。
だが、首だけの身で、どうやって逃げようってんだ!?
身体と頭は離れ離れになっているのに、神経は通じているようで、身体が感じた感覚が十分に、頭にまで伝えられる。
それなのに、身体が自在に動かせない。
なんとか足を動かしてみたものの、酔っ払いのような千鳥足でフラフラするだけ。
やはり、逃げようとするのが遅かった。
身体がこっちに辿り着く前に、カマイタチに頭をガブッと齧りつかれた。
眼窩に刃を入れられ、頭蓋ごと噛み砕かれようとしていた。
「ぐあああああ! 痛い、痛い、助けてくれ!」
とんでもない激痛が走った。
逃げなければ!
(か……身体、動け! 僕は剣士なんだ!)
身体を必死に操縦し、なんとか剣を抜くことはできた。
が、闇雲に剣を振り回すだけ。
階層ボスを仕留め得るような、俊敏な動きができない。
カマイタチの背中に近づいてはいても、狙いを定められない。
その間にも、僕は齧られ続けた。
ガキャ、ガコ、チュルチュル……!
頭蓋が破られ、眼球が飛び出し、脳味噌が吸われた。
いまだかつて経験したことのない激痛が意識に昇ってくる。
自分の頭が噛み砕かれる音を聴きながら、視覚は失われ、暗転する。
ーーでも、死なない。
死ねない。
どれほど時間が経過したのか。
僕が意識を戻したとき、目の前にいるカマイタチは、いまだに僕の頭蓋を口の中でボリボリと噛み砕いていた。
僕が意識を失ってから、まだ数分も経っていないようだ。
つまり、数分もすれば、迷宮の魔力によって、致命傷を負った頭蓋が回復してしまうということだ。
(はあ、はあ、はあ……このままじゃ、ダメだダメだダメだーー)
今度こそ、逃げなければ。
こんな痛い思いは、ごめんだ!
カマイタチが僕の脳味噌を咀嚼しているうちにーー。
必死に念じて遠隔操作し、身体を動かす。
ついに身体をしゃがませ、自分の首を抱え込むことに成功した。
(よし。このまま、第六階層にまで逃げればーー!)
自分の首を自分の腕で抱え込んで、なんとか駆け出した。
途上、太っちょの首や、メガネ医者の首も血塗れで転がっていた。
『助けて……まだ許嫁を見つけてないーー幸せにするって約束したんだ……』
『ああ、妻がーー妻が泣き止まない……』
彼らが必死で何かを喋っている。
が、それらを無視して、僕は一目散に逃げた。
一刻も早く、この第七階層から抜け出したかった。
もっとも、別の階層に逃げたところで、首が切断された状態のままでは、すぐに死んでしまうかもしれない。
でも、蘇生魔法と転移魔法が起動して、生きて地表へと逃げおおせるかもしれない。
現に、地表では子供たちの間で《首なし》の化け物が噂されている。
ということは、今の僕のように、カマイタチに首を切られながらも地表に戻れた者がいたのかもしれない。
ようやく、明るい展望が開けた。
ーーそう思ったときだった。
ヨタヨタした足が石畳に躓いて、僕の身体は転んでしまった。
いつの間にか、石畳で出来た床面に、穴が開いていたのだ。
ゴソ、ゴソ、と音がして、何枚もの石畳が開き、幾つもの穴が出来る。
その穴の一つに、身体が蹴躓いた拍子に、首を落としてしまった。
「痛い、痛い!」
石で出来た地面や壁にぶち当たって跳ねながら、僕の首は転がる。
第七階層の地面の下、窪みの中で、ようやく動きが収まる。
涙目になりながら、僕は周囲を見渡す。
すると、絶望的な光景が目に入ってきた。
暗闇の中に、無数の光る目ーー。
(じょ……冗談だろ!?)
目を光らせていたのは、鎌鼬の子供だった。
二、三十匹はいた。
群れになって、ガサゴソ動いている。
キーキーキー。
甲高い鳴き声が、暗闇に響く。
子供の化け物が、舌舐めずりしながら、コッチを見てる。
すぐ隣に、先客の首があった。
ちょうど一つの女性の首が、噛み砕かれた状態から、復活しつつあった。
今までコイツらに喰われていたんだろう。
薄明かりの下、周囲に飛び散っている血飛沫を見たら、乾いたのから、湿ったのまで、いろんな状態のものがある。
何度も砕かれ、回復され続けてきたのだろう。
その女性の首は、恋人サーヤであった。
暗闇の中、俺の首を目にするや、彼女は泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
もはや彼女は、正気を保っていなかった。
「わああああ! やめてくれえ!」
僕の悲鳴が、狭い暗闇の中を、むなしくこだまする。
僕も彼女と一緒になって、無数のカマイタチの子供に齧り付かれた。
再び頭蓋骨が砕かれ、脳漿が飛び散る。
血飛沫が上がる。
それでも、誰も助けてくれない。
(誰だよ、《永遠の生命》が得られるなんて、噂を広めたのは!
事実だったら、広めて良いってもんじゃないだろ!?)
恋人が泣き喚く声を聴きながら、僕は思った。
ここは、未踏破の迷宮最下層ーー。
どれだけ助けを呼ぼうが、誰も聞く者もいなければ、願いが叶うこともない。
そうと知りつつ、いや、そうと知るからこそ、暗闇の中、僕は絶叫した。
「頼むから、死なせてくれぇ!」
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