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1話 行方不明者を誘導するには①

 芸能界なんてキラキラした世界、私が行くことはできるはずがないんだ。


 あの憧れの人みたいになれるはずは、ないんだ。

 物理しかできなくて、生活能力もなくて、人間関係もダメな私に、そんな力、ないんだ。



 ──全部、わかっている。

 だけど、いや、だからこそ。私は、夢を見ていたいんだ。


 いつか、あのキラキラした世界に飛び込んでみたい。ずっと、妄想して、夢見てる。



 あの世界で大変な思いをすることを知らない頃の、私、広菜の話だ。

 『次は─、北山野です』

 機械的なアナウンスを聞こえた。

 「はあ……」

 広菜はイヤホンを外した。次が最寄りのバス停だ。もうそんなに走っていたのか、このバスは。

 せっかくスターリットの世界に浸っていたのに……。そう思いながら、バスの降車ボタンを押した。



 私、広菜は、どこにでもいるような普通の中3である。いや、ここまでダメで、自己嫌悪に陥りやすい中3はそういないという意味では珍しいかもしれないが。

 成績はよく、いい感じの中高一貫校に入学したが、ずば抜けて得意なのは物理くらい。あとは、中の上か、それよりもうちょっと上とかで、そこまですごくいいってわけでもない。人間関係はシャイすぎてダメだし、生活能力もない。変なところ気にするから、すぐ自分が嫌になる。あといいところといえば器用なことくらい?

 もうすでに人生が嫌になったんじゃ、って思われてもしょうがないような性格してるって、自覚しているくらいだ。


 唯一救いになるものといえば、ゲームとスターリットがこの世に存在していることだろうか。

 StarLit(スターリット)は、結構有名な、朝倉海さんと伊野亮さんの2人組バンドで、さっきまで聞いていたのも、その2人の曲だ。「Trick」の高揚感に惹かれて聞き始め、いろんな代表曲を聞いて、朝倉さんの歌声に惹かれて、彼に魅せられて、気づいたらファンになっていた。ファンクラブはお金がかかるから入っていないけど、でも、ずっとずっと、私は彼らのファンだって、自覚してる。


 ──ただ、自分の中にあるのが、純粋なファンとしての感情だけじゃないってことにも、自覚してた。絶対にありえない、そんなことないってわかってても、そう、思ってしまうんだ。


 ──あの人たちみたいに、なりたいって。朝倉さんみたいに、芸能界っていうキラキラした世界で、活躍してみたいって。


 バスが止まった。

 運転手の人に軽く定期券を見せて、バスを降りる。道に出たとたん、湿り気を帯びた暑苦しい空気が身を包む。夏休みは、もうすぐだ。今年の夏休みは、おばあちゃんの家に行って、遊んで、ゴロゴロして、ゲームして、StarLitを聞くっていう重要すぎる予定が入っている。


 指を、空中でくるっと回す。すでに、頭の中は再びStarLitの世界に帰ってきている。

 「…〜〜〜♪」

 自然と、メロディを口ずさむ。なんとなく気分がよくなってきて、周りに人もいなかったし、声もだんだん大きくなってくる。


 「私はー、」

 「あのー……」

 「わっ」

 「ごめんなさいっ」

 

 ……急に話しかけられてびっくりしてしまった。人を気にせず浮かれて歌っていた自分が恥ずかしくなる。歩きながら歌っていて、変人だと思われたのか? いろんな考えが頭の中を巡る。


 「こちらこそすみません……」

 「いえっ、そういうわけじゃなくって、」


 それ以外の目的で私に話しかける人などいるのだろうか?

 「じゃあ、なんでしょう?」

 「……あの、○○テレビの平田と申しますが」


 そういって彼が出した名刺は、確かにあの○○テレビのものらしかった。でも、なんでテレビ局の人が私に話しかけたんだろう? 漫画じゃあるまいし、スカウトとかなんとかキラキラした展開になるわけはないし。


 「……それで?」


 訝しく思いながら聞く。


 「あの、アニメの声優の、中村(なかむら)柚木(ゆき)さんの代役をやっていただきたく」


 …………え?


 よりによって私? そんなことある? このままいけば、漫画みたいなキラキラストーリー突入?


 平田さんは、そんな私の考えを見透かしたように(多分思いっきり表情に出てたんだな)苦笑した。


 「そりゃ驚きますよね…… ちなみに、収録は明日なんですが」

 「明日っっっ!?」

 「まあ、いろいろありまして……」


 いろいろありましてのレベルじゃなさそうだ。


 「なんで、前日になって代役なんて…… それもこんな場所で、私を選ぶって、その『いろいろ』って、どんだけいろいろあったんですか?」

 「まあ、引き受けてくれたら、全て話しますので……」


 ……都合のいいやつだ。


 「ひとまず、お母さんの了解を取らないと」

 「あ、そうですよね、今でいいのでとっちゃってください」

 「…………」


 こんな状況で、人前で、電話をかけるのも…… と思ったが、母親の反応は、「よかったじゃない、もうすぐ夏休みだし、いってらっしゃーい」だった。非常に楽観的すぎると思うのだが、そう思うのは私だけ?


 平田はそれを聞いて小躍りしそうなくらい喜び、


「早速いきましょう!!」


 と、駅まで引っ張っていかれた。

 楽観的なんだか、明るいんだか……


 行く途中で、平田は今回の経緯を教えてくれた。

 なんでも、本来声優をやるはずだった中村柚木(ゆき)が、収録2日前に行方不明になったそうで。

 なんで2日前に、と思ったが、平田に聞いても、


 「それは……」


 と小さくなるだけで分からない様だったので、諦めた。


 「一つだけ妙なのは……」

 「なんですか?」

 「いや別に取り立てて言うことでもないか……」

 「いいですから、教えてくださいよ」


 それでも平田は渋ったが、「引き受けるのやめましょうか?」と迫ると、「僕以外は誰も目撃してないんですけど」と前置きして、教えてくれた。


 「すぐそこに、軽く丸められたレシートが落ちていたんです。広げたら、裏は何も書いてなくて、中村さんが直前に買い物したときのかな、と思ったのですが、そのまんま捨てる気にもなれなくて……」

 「警察に渡さなかったんですか!?」


 勢い余って話に割り込んでしまった。でも、それだけ重要なことだ。


 「……え、でも、何も書いてなかったし」

 「犯人に消されたとは考えなかったんですか?」

 「……」


 たとえ消されていても、そう言うのが重要な証拠にもなってくるのになあ……

 まあ、私がフィルター持ってて、よかったわ。


 「見ーせてもらっていいですか?」


 そう聞くと、平田は財布から一枚のレシートを取り出した。


 「広げて持っておいて下さい」


 その間、私はスマホのカメラに赤外線フィルターをかぶせておく。

 そして、そのまま、レシートの写真を撮った。


 「……なにするんですか?」

 「まあ、うすーく、ほんの少し、浮かび上がる程度ですけどね」


 写真には、微かに、鉛筆の痕が残っていた。


 「ほら、ね?」

 「……」

 「赤外線の透過率とかがどうたらこうたらって話です。実際に警察でもこういうことやっているとか。スマホにフィルター被せただけだからほんっと薄くしかうつらないけど、ちゃんとした機械とか使ってもらえば、もっとくっきりうつると思うんで」

 「……おみそれしました」

 「へ??」

 「いや、そのー…… やっぱりいいです」

 「ちょっと、なんなんですかあー」


 外の風景がかなり都会っぽくなってきていた。もうすぐ最寄駅だ。

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