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後編

 

「再度私は宣言する! 第一皇子——ベルエス・フォン・ムルタリアはセリナ・アーミットとの婚約を破棄する!」


 しーんとした場内に、自らの声が反響しベルエスは余韻に浸る。

 満足げな笑みを浮かべ侮蔑するような視線を私に送った後、ベルエスはある女性と目配せする——エリザだ。

 彼女もまた同様に、この状況を一つの余興として楽しみ嗤っていた。

 思わぬ展開に今まで静観していた皇帝陛下が席を立つ。


「ちょっとよろしいかな? ベルエスよ。お前は私の指示した婚約者は認めない、そう決めたのだな?」


「私にとってもどうしても譲れないものがあります。陛下、どうかお許しを——」


「しかしセリナ・アーミットとの婚約自体は我が国の発展において最も重要事項だ。そう簡単な話ではない。どうするべき、かな?」


「陛下! ボクが兄上の代わりにセリナを貰い受ける——ダメ、ですか……?」


 困り果てた陛下に我こそはと手を上げる者がいた。

 大観衆の中で声を上げるのも大変だというのに、立派に陛下を見据える小さき少年。

 自信なさげな上、愛くるしさ全開のその上目遣いは反則。

 ルーシュ様のお姿を拝見しているだけで悶絶級だった。


「——ルーシュ……お前がセリナ・アーミットの婚約者となると? 私としては助かるがお前はそれでいいのか?」


「はいっ!」


 迷いのない二つ返事。

 清々しいまでに気分が晴れやかになる声だった。


「良かったなぁ〜〜!! 我が弟のルーシュがお前を拾ってくれるらしいぞ? 首の皮一枚繋がったな獣女ッ!」


 キィーキィー、うるさい神経に触るその雑音に——はぁ〜、と内心ため息を吐く。

 ベルエスの言葉で私の感情の高鳴りも冷めてしまったではないか。


「それでは“不祥事”の兄——ベルエス・フォン・ムルタリアに変わって、ルーシュ・ジィ・ムルタリアを新郎として改めて——」


 何事もなかったかのように神父様が手順の遂行を進め始めるが、またも異議が唱えられた。


「神父! なんだその物言いは! 不敬であろう!」


 と——

 私との婚約が破棄できて、思惑通りのはずなのに何が不服なのか皆目見当もつかないが、またもベルエスが叫び上げた。


「不祥事だと? ふざけるなっ! 何の確証があってそのような与太話を!」


 ベルエスは狂犬のように吠え、周囲へ怒りを振り撒く。

 そして悠然と変わらぬ様相の神父を睨みつけた。


「いいえベルエス皇子。私は事実を申し上げたまでです。この際正直にお話し下さいませ。この婚姻の儀で婚約破棄を宣言したその理由を」


「理由だとッ? そんなもの決まっている! 私はこの獣女と婚姻を回避したい、その一心のみだ! 衆目を集めるこの場が都合の良い機会だったのは確かだがなッ!」


「違いますね。それはあくまで建前です。真意ではない——だって(セリナ)は観ていましたから」


 荒れるベルエスにも、泰然と否定する神父。

 普段から面倒な人間の対処にも慣れているのだろう。第一皇子が相手というのに顔色一つ変わらない。

 そんな中で突然の神父からの告白に興味深そうに身体を乗り出す御仁がいた。


「ほう、では神父よ聞かせてもらおうか。私が決めた此度の婚約——破棄するだけの理由とやらを」


「はい、陛下のお耳にも是非! 婚約破棄の理由。それはそこにいるエリザとかいう女との——」



「「「不貞行為が明るみになるのを恐れたから!!!」」」



「…………はっ……?」


 ベルエスは驚愕した。

 その光景はまるで夢でも見ているのかと思わされているように。

 辺り一面どこを見渡しても、先ほどまで味方だと思っていた人たちまで。

 揃いも揃って皆同じように淡々とした口調で席に座るエリザを指さしていた。

 圧巻の光景、私も背筋がゾクっとするぐらいの悪寒を覚えていた。


「なん、何だ……これは…………」


「ベルエスよ。ムルタリア皇族の婚約は皇帝の意向が最優先。どんな例外があってもだ。それが長年の愛人だったとしても許されることではない」


「そしてベルエス皇子。あなたはセリナを捨てて、なし崩し的にエリザとの婚約を発表するつもりだった」


 呆然と紡ぐ彼の言葉は辛うじて搾り出されているに過ぎない。

 目を見開いて現実を目の当たりし、先ほどまでの威勢はどこかへと消えていた。


「お前は皇族失格だ。本日を以てして皇位継承権も剥奪する」


「——ち、違うっ……私はそのような者…………」


 皇帝陛下からの宣告。

 せめてもの抵抗。受け入れ難い現実にベルエスは首を小さく横に振る、それくらいしか出来なかった。

 失格だ、場内の一人が陛下に合わせその言葉を告げる——すると、他の者も追随するように。


 ——「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」「失格だ」


 この空間のありとあらゆるところから、ベルエスに対して烙印を押す声が数知れず上がった。

 どの人からも無駄な動きが一切なく、機械的な口調で全員の息が合っている——だが合わせようとしているわけではない。

 まるで何か一つの意思が宿され遵守しているかのように、彼らは異様そのもの。

 ベルエスに恐怖を与えるには十分だった。



「あらあらっ! 残念ですねベルエス様! 一難去ってまた一難、私との婚約を破棄できたのにも関わらず、王位継承権まで剥奪となってしまうとは——」


「何のつもりだ。獣女!」


 ギリッ、と敵意に満ちた眼差しを私に向ける。


「まだそんな元気があったんだ。意外ね」


 戦況を見守っていた私も頃合いを見計らい、気遣って前へ出たというのに何というぞんざいな扱い。

 落ちぶれても、私の前では強気な姿勢のまま変わらなかった。

 だから私は彼に更なる恐怖を与える。


「ベルエス様は何故私と婚約する話になっていたのか、何となくは小耳に挟んでいるようですが、詳細は知りません——よね?」


 私は右手指の関節を折り曲げるような仕草を見せ、猫の手のような形を作る。


「な、何をする!? 貴様ら! は、離せぇええ!」


 クイっと、指を曲げた途端——

 衛兵たちがベルエスに襲いかかり、あっさりと簡単に取り押さえられた。

 抵抗しもがく姿はさながら虫ケラのよう。

 権力にモノを言わせていた者にとってはこれ以上ない屈辱でしょう?


「獣女と揶揄した者に蹂躙されるのはいかがですか? ベルエス様!」


 私はカツカツ、と音を立てながら、ベルエスの元に歩み寄り彼を見下ろした。


「自らの過ちを認めてさえくれれば、許してあげようかとも思ったけど。あなた彼女を見捨てようとしたわよね? 最もエリザって子も形勢が悪くなった途端逃げ出しちゃったけど——ねぇ、誰か! この場に連れ戻してちょうだいっ!」


「では、私奴(わたくしめ)が行って参りましょう」


「——なッ!?」


 一連のやり取りにベルエスは言葉を失った。

 それもそのはず。皇帝自ら私の命令に従い、場外に飛び出して行ったのだから。


「ご覧になられましたかぁ〜!!! 私見えない力で人を操れるんですよぉ〜! こんな風にね」


「——あっ? あぁぁぁぁあああああああ!!!」


 耳朶をつんざく勢いでベルエスは発狂する。

 自らの拳を振り上げて、硬い地面を勢い良く殴打し始めた。

 一心不乱に。まるで気でも狂ったかのように。


 皇帝陛下がベルエスと婚約させてまで欲した力——糸。

 私の指先から発する視認されない見えない糸。

 触れられた対象者は、意識はそのままでも肉体の制御が効かなくなり、私の意のままに動かされる操り人形と化す。

 もし対象者の頭蓋に触れられれば、肉体のみならず精神をも乗っ取ることが可能。

 傀儡にしてしまう能力——だから彼は私が停止させるまで、もう地獄の痛みは止められないっ!


 激痛に顔を歪めるが彼は止まることなく、同じ動作を繰り返しては悲鳴を上げ続け。


 ——何度も、何度も、何度もッ!!!


 場内に彼の悲鳴が響き渡り、地面を打ち続けた。

 次第にベルエスの手は黒く腫れ上がり、生々しく血を垂れ流す。

 骨も折れてるかもしれない——それは私もだけど。


「意識の介入は骨が折れるんですよ? だからベルエス様は特別に肉体だけで許してあげます」


 他の連中と違って、精神を操り理性を失った状態で報復したって意味ないし。

 これって見方を変えれば、ベルエスは正気のまま私の力を堪能できる——いわばご褒美みたいなものよねっ!


「あなたとの結婚。本意ではなかったけれど求められているのなら、それでも良いと思っていた——けれど」


 沸々と悪しき記憶が蘇り、憎悪を募らせる。

 これまで私が振り回され続けた全ての鬱憤を晴らすかのように、その後もベルエスに当たり続けた。


「婚約破棄された私はもうこの国に忠誠を誓う理由も、義理もない——だからもう我慢しない」


 貴族の地位も帝国の未来も私にとってはどうでもいい。

 ほどなくして、しれっと逃げ出していたエリザも皇帝によって連れて来られる。

 彼女も驚いていた。変わり果てたベルエスの姿とその異様な光景に。


「ではでは、役者も揃ったことですし」


「——あぁぁああああ! あれっ……?」


 私はベルエスへの糸による操作を一時的に解除。

 それに伴い、気の狂ったような悲鳴は止んだ。

 しかし肉体そのものの損傷まで消えたわけではない。

 ベルエスは苦悶の表情で、両手の痛みに辛うじて耐えていた。


「——べ、ベルエス様…………あっ、あ、あぁああ!」


 エリザもこの地獄絵図に、今にも泣きそうな顔で見つめている。

 次は自分の番なんじゃないか、そう考えが及ぶのは至極自然な流れであり彼女は恐怖に支配されていた。


「ベルエス様。私からのせめてもの慈悲です」


「——や、やめろ…………な、何をする気だ…………!」


「腐ったその性根ごと私が全て作り変えて差し上げます。その過程でもしかしたら人格も変わってしまうかもっ、しれませんが!」


 私は再び手をかざし糸を伸ばして、ベルエスに接着させた。

 今度は皇帝陛下や衛兵たちと同じように頭部にも。

 当の本人には触れていることすら気づかれない。

 だが私の発言や今まさに現実に起こっている奇妙な光景を照らし合わせて彼の顔は青ざめていた。


 私にも不安要素はある。精神改変は初の試み。

 もしかしたら精神支配(ジャック)よりも負荷がかかるかもしれない。

 だけど前より良くなると信じて——ふひっ!


「大丈夫です! エリザさんも時期に同じ運命を辿りましょう。相思相愛なお二人だけの世界を作って差し上げますので! 仲良く——ね?」


「や、やめろ獣女! やめろぉぉおお〜〜〜!!!」


 思わず笑みが溢れる。

 胸が躍り、心が高鳴っていた。

 これから待ち受ける予測のつかない未知の現象に実験体(ベルエス)がどうなるのか楽しみで仕方がない。

 ベルエスの断末魔が場内へ反響したのと同じくして、彼は意識を失っていったのだった。





 婚姻の儀は無事に幕を閉じた。

 だけど実情は無事と言うにはあまりにも混沌とし過ぎたものだった。

 だからあくまで私からすればという話で。


 結果から言うと、ベルエス及びエリザの改変はうまく行った。

 もう以前までの傲慢さはなく、真っ白になり灰のようで廃人にも等しい存在。

 正直少し加減を間違えたが、まあいい薬にはなったかな。


 その後も実験的に力の制御も兼ねて、私は改変を続けた。

 国の中枢を担う人間はありとあらゆるところまで。

 私及びルーシュ様の忠実な下僕となっている。


 もちろん私の両親もだ。

 私利私欲に塗れた醜い存在からは一変し、利権に囚われない穏やかな生活を送っていた。


「ルーシュ様ぁ!」


「うわぁ!」


 自室で職務を全うするルーシュ様を唐突に抱きしめる。

 ふがふがと、私の胸の中で少し苦しそうだけど、むくりと顔を上げるそのお姿はやっぱり可愛い。


「お姉ちゃん? 急にどうしたの?」


「私、まだルーシュ様に頂いていないものがあったのを、思い出しまして……」


 恐る恐るゆっくりと手の甲を差し出す。

 ちょっとだけ恥ずかしかった。自分からなんてはしたないと思われたらどうしよう。

 しかしルーシュ様も察していただけたのか、すぐさま私の手を取って。


「大好きだよお姉ちゃん!」


「よろしければ”お姉ちゃん“ではなく”セリナ“とお呼びいただけると——」


「うん! セリナっ! だーい好きっ!」


 そっと手の甲に口づけをする。


「——あぁ…………あぁああああ!!!」


「ど、どうしたのセリナ?」


「い、いえ失礼しました。何でもございません」


 ルーシュ様の柔らかな感触に私の獣耳は逆立ち、感情は天にも昇る勢いで沸騰しそうだった。

 やはり私にはこの人がいないと、もう生きていけない!

 内なる欲求が爆発しそうになるが、私は必死に押さえ込む。


「セリナの力には期待している。これからもボクの隣で支えていて欲しい!」


「はいっ! お任せ下さいルーシュ様! その気になればベルエスだけでなく、国民全員を改変してルーシュ様の意のままに!」


「いや、ボクもまだそこまでは——でも」


 私はずっとルーシュ様についていく、そう決めていた。

 反旗を翻す者が現れれば盾となって身を守る。

 最後の手段として、本当に国民全員を改変してでも。


「ボクはムルタリアの民たちが幸せに感じられる国を作る——それが現皇帝としての責務だ!」


 凛々しくも鋭き目つきで未来を見据えていた。

 ルーシュ様の願いは私が絶対に叶えて見せる。

 身命を賭してでもお支えする、若年で皇帝の地位に座られたルーシュ様の守護。

 それが私の今後の使命、そして幸福でもあるのだった。


 えへっ!

 にしてもルーシュ様、いついただこうかしら——じゅるりっ!

最後までお読みいただきありがとうございます!

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