プロローグ
プロローグ+前・中・後編の4話構成。
内容は結構重めです。
ここは王宮の中に併設された式場。
今日この場で婚礼の儀が執り行われる。
お相手はムルタリア帝国の第一皇子—— ベルエス・フォン・ムルタリア様。
私——セリナ・アーミットとの婚約。
両家公認の結婚——のはずだった。
祝福を受けて数多くの参列者がいる中で、彼は突然こう言い放つ。
「私、ベルエス・フォン・ムルタリアは獣人族——セリナ・アーミットと婚約を結ぶつもりはない! この場で破棄を宣言する!」
——えっ……?
声高々に皇子の放った一言により、皆一同が静まり返った。
式典が始まり新婦である私はベルエスの隣で幸せを噛み締めていたのだが。
もちろん、当事者の一人である私も言葉を失う。
「ベルエス様……これは一体どういう…………」
席で見守っていた私の実父が立ち上がって、ベルエスに対して説明を求める。
ふさふさの触り心地の良さそうな毛並みが立ち上がった勢いで靡いていた。
するとベルエスは至極当然の主張だと言わんばかりに、私に矛先を向ける。
「私は一切悪くない! お前が獣人なのが悪いのだ。そのケダモノの容姿、私には相応しくない! それに——獣臭すぎ!」
——ひ、ひどいっ!
ベルエスの心ない罵声に胸が痛かった。
最愛の人にしかも最高の舞台で。
突如、ここまで強い口調で傷つけられるなどと思いもしなかったから。
でも、私も女の端くれだ。匂いには相当配慮しているし、言い訳にするにしてもちょっぴり傷つく。
「そ、そんなぁ…………! ベルエス様……私は——」
今にも泣きそうになるのを私は我慢する。
それでもベルエスは品性のかけらもなく、私への罵倒を繰り返した。
私は絶望の淵へと追いやられる。
非難を続ける彼を横目に、私は貴族の集まる公の場で醜態を晒し続けた。
中にはこの婚姻を良く思わない連中が、感情を表には出さなくともヒソヒソと内心笑っていることだろう。
今にも逃げ出したい、その気持ちに駆られていた。
「ベルエス殿下、さすがにこの状況で破棄というのはちょっと…………」
「いいや! 私はこの婚姻を認めない! お主もそうだ! 何だそのみすぼらしい格好は! 皇家の血族に獣人は必要ない!」
大きくて強靭な肉体にも関わらず、オドオドと弱気に皇子の様子を伺う父。
父も必死であった——娘の晴れ舞台にこのような仕打ちあって良いはずがないと。
もしそう考えてくれているのならまだ救いようはあるけど。
でもこれはベルエスの言う通り、ボロボロの服装で式典らしからぬ格好は私もいかがなものかと思う。
今一度ベルエスに、考え直すように説得を続ける。
だけど必死に王子を説得する父を見て——私はこれを哀れに思った。
もうどうしようもない。私は恥をかかされたのだ。
現実を受け入れられず、意識が遠のく感覚を味わいその場で立ち眩む。
その場にしゃがみ込んで、思わぬ展開に悲しみに暮れた——フリをした。
はぁ〜、と私は内心呆れる——やっと来たかと、私自身はすでに勘づいていたのだ。
兆候としていずれそうなるであろうと、匂いは感じ取っていた。
これまでベルエスと二人で何度か会う機会はあったけど。
婚約者の私に対する熱量は全く感じられず、やっぱりどこか素っ気ない態度だった。
いつかこの関係も終わりを迎える、私も予見はしていた——けれども。
——あなた、本当に今それを言う!?
虚無感に支配され、皇子とは思えないベルエスの行動に唖然とさせられる。
わざわざ婚姻の儀の大勢の観衆に見守られるこの舞台でっ!?
面倒なおめかしをさせられ、こうして何時間も掛けて身なりを整えたというのに。
こんな大事を起こされるくらいなら、式典が始まる前から断って欲しいもの。
そしたら私も参加せずに済んだのに!
というより式典が始まる前に婚約破棄の申し入れをして来ないから、覚悟を決めていた私の気持ちを返して欲しい——なーんて元よりベルエスとの婚約なんてあり得ないし絶対に嫌だけどね。
それからもベルエスは一切の容赦なく、私への不満を洗いざらいぶち撒けた。
元々、皇族の地位に胡座をかいている人間だ。
堂々と婚約破棄を宣言したとしても、失う物は何もない。
彼は皇族という肩書に守られる。
一方の私は再び没落貴族の烙印を押され、もうこう言った結婚に関する話はもう今後来ないだろう。
だからでもある。
この婚約破棄は私にとってはとても都合が良い。