協会業務
沼へと続く畦道をスマッシュライトのメンバーを引き連れて歩いていくと、泥と水の匂いに僅かに花の香りが漂ってきた。
「そろそろ沼に着きますので、準備をお願いします」
そう言って振り返ると、リーダーの橘さんはハンマーピックを、足立さんと石橋さんはメイスを取り出した。鈍器の構成か、たしかにワニに対して有効な武器だ。剣や槍などの尖った武器はワニの鱗で弾かれてしまうし、表皮をいくら傷つけてもワニの皮膚の下にある骨状組織に阻まれて致命傷にはならない、皮膚下骨状組織を叩き壊してしまえば確実なダメージになる、よくわかった装備だ。
「ジロジロ見て何かあるのか?」
「いえ、事前レクチャーの甲斐があったなと、思っただけです」
そう言ってまた歩き出すと橘さんが話しかけてきた。
「紀子ちゃんはずいぶん若く見えるけども、協会に勤めてどれくらいなんだい?」
「春休みからこの8ーbに通ってますので、そろそろ3ヶ月でしょうか?」
協会員になったのは1ヶ月前だが、このダンジョンに通い始めたのは春からだから嘘は言っていない。この8ーb沼ダンジョンは私の特殊な事情にとてもマッチしたダンジョンだったから通い詰めていた。協会に採取物を下ろさない不審な探索者としておばちゃんに目をつけられて、問い詰められた挙句に「会員免許を取れば16歳未満でも正式にダンジョンに入れる」と教えてもらい、推奨を頂いて協会員準二級免許を取得させてもらった。準二級の準は16歳になったら自動的に取れるし、推奨を頂いたので試験費用はタダだ。条件は受付運営のお手伝いだった。採取物を闇買取屋に持っていっていた時よりも稼ぎは確かに下がったが、搾取しようとする闇買取業者との関係に気を使う必要が無くなったおかげで精神的に楽になった。
「協会員は給料がいいのかい?」
「いえ、探索者をやってた方が稼げますね」
ふむと、橘さんは考え込んだが、それ以上は特に何も言ってこなかった。
少し進むと開けた場所に出て、そこから先に沼が広がっていた。
「ここから時計回りに沼の外周を回っていきます」
ゴッツイ鎧をガシャンガシャン鳴らしながら歩くので、小型モンスターは逃げていってくれるし、捕食系モンスターのワニは寄ってきてくれる。なんともベストマッチなチームが仕事を受けてくれたもんだ。小型と言っても10Kg位のカエルとかワニ亀とかなので、陸地に出てきたら簡単に仕留められるんだけどね。実際肉が美味しいので、時々捕まえてバーベキューの具材にしている。今日は本命のワニがあるのでカエルを一匹捕まえただけだ。
足元の泥濘や草薮を避けながら歩く事15分ほどだろうか、辺りから生き物の気配が一切消えて沼は鏡のように、波一つ立たなくなっていた。
「そろそろワニが来ますよ」
そう私が言うと、スマッシュライトの面々が武器を構えた。それを確認して5Kgほどのカエルを沼に放り込んだ。
ザバァ! っと水しぶきと共に、ワニの頭が水面から飛び出した、カエルを丸飲みにしたワニを確認して、スマッシュライトのメンバーと私は絶句した。
「こんなデカイと聞いてないぞ!」
「私も初めてです!」
沼から這い出したワニは体長4メートルを超えて胴体は丸太のよう、腹を引きずりながら地面をのたうつような歩みなのに、非常に素早かった。
「逃げて!」
先頭から咄嗟に逃げ出した私からターゲットを切り替えた巨大ワニは、私のすぐ後ろにいた橘さんにそのまま突っ込んでくる。盾を構えて受けの姿勢になった橘さんだがそれは悪手だ、盾に食いつかれたらそのままデスロールで、盾ごと腕を捻り切られてしまう。
ドロップキックをかまして、私と橘さんの立ち位置を入れ替えると、ポーチから特製催涙袋を取り出してワニの大口に投げつける。
「バルルルルルルルルルルルル」
ワニがマフラーの壊れたバイクのような絶叫を上げながらのたうち回る。橘さんと私が巻き込まれないように距離を取ったのを確認した足立さんと石橋さんが、メイスの柄尻に巻かれた皮をスタッフスリングの要領で振り回し始め、装填された菱形の金属球を投げつけた。
ゴキンボキンと鈍い音が鳴り響き、ワニの鼻先と左前足に鉄球が命中した。鼻先から盛大に鼻血を吹き出し、折れた左前足を気にもせず、蛇の様にうねりながら突っ込んできた。
バコン、ワニの顎がとっさに避けた私の目の前で閉じられた。特製催涙袋はよっぽど聞いたようだ。ヘイトを全力で買っちまったぜ。回避タンクを今世でやる羽目になるとは。橘さんもスタッフスリングを振り回し始め、三人から一斉に菱形の鉄球が飛ぶ。
ボキン、ゴキン、ズゴンと鈍く大きな音が鳴り響き、ワニの動きが目に見えて鈍くなる。「最後の一球だ!」足立さんと石橋さんが3射目を投擲すると、右目が弾けたワニが足立さんに向き直ろうとした。
「よそ見してるんじゃないよ!」
大口を開けたワニの口の中にナイフを思いっきり叩き込む。喉の血管を傷つけたのだろう、ワニは絶叫と共に血を大量に吐き出しながら私に突っ込んできた。三角飛びの要領で木を蹴り枝に捕まると、鉄棒みたいに体を振ってすっ飛ぶ。ワニはそのまま木に突っ込んで薙ぎ倒すと、下敷きになったまま身動きが取れなくなった。ごろごろ転がって寝転がったままその様子を見ていると、橘さんがハンマーピックを振り上げワニの頭に叩き込もうとした瞬間、私は咄嗟に目を逸らした。
頭蓋骨を完全に叩き潰されたワニが動かなくなるまで、誰も動くことができなかった。
「やったか?」
おう、フラグ建築士ヤメーやなんて思ったが、ワニはピクリとも動かなかった。
「「「「はーーーーー!」」」」
全員で一斉にため息を付いた後、橘さんに手を取られてやっと立ち上がることが出来た。
「ありがとう、助かったよ」
「こちらこそ助かりました」
橘さんと健闘を称え合うと、足立さんと石橋さんも加わって私の背中を軽く叩いた。
「君みたいな斥候役がうちのチームに入ってくれると、とても助かるんだがな」
「協会職員の勧誘はご法度ですよ」
「本気なんだが、また来週もワニ狩りを受ければ、随行員をやってくれるんだろう?」
「はい、やると思います」
「じゃ、また来週だな」
そう言って橘さんはワニの方へ歩いていった。
「クロウラートラックを引っ張ってきますんで、ワニを見張っててください」
そうスマッシュライトの人たちに声をかけると皆んなが手を振ってくれたので、私は協会受付まで走り出した。今日はきっとボーナスが出るぞ。なんだったら獲物の分け前だって期待できるはずだ。
「おばちゃん、ワニが4m超えた大物だよ!」
「仕留めたのか!」
「バッチリ、怪我人ゼロ」
「よくやった、クロウラー回す、先導しろ!」
獲物を狩った後が協会職員のお仕事の本番だ、狩の手伝いまでやったんだ、それなりに利益を供与いただいても良いはずだよね? おばちゃんを引き連れながら、スマッシュライトの皆んなが待つ方へ私は走り出した。




