小銭を稼いで生きていく
2月12現在、完結後に書き足りなかった分などを加筆修正しております、予めご了承ください。
今日明日はアルバイトの日だ。
土曜日と日曜日、今日明日としっかり生活費を稼がななければならない、高校生活が始まると同時に一人暮らしを始めた身の上には、食生活が稼ぎと直結してしまう、苦学生の悲しい性だった。
育ち盛りのこの身には粗食はつらい、だから稼ぎが手に入るダンジョンで労働に勤しむ事になる。
脱衣所兼洗面台で顔を洗い寝癖を整えていく。我ながらなかなかの美少女っぷりだ、目力強めの翡翠色の瞳が寝起きでぽやっと垂れている。腰まであるストレートの黒髪は寝癖がすぐに治るありがた仕様、これで短く切れれば楽なんだけれど、切っても切っても1日5㌢は伸びる。伸びている間は猛烈にお腹が空くので伸びるままにしておくと、腰の辺りで伸びるのをやめるので、そこから毛先を整えるだけで放置している。
顔を洗って髪にブラシをかけて艶々に整えると、三つ編みに結っていく。1回目の前世では髪を結ったことなんて無かった、だって男だったし。人生3度も転生すると、色んな経験をするもんだ。一度目は男のおっさんだったのが、ゲームの世界に転生したら、倉庫キャラ兼スキル上げ検証用の遊びキャラに転生して、そっからなんかがあったんだと思う、もう1度転生して3度目の人生は至って普通の男の子に生まれ変わっていた。生まれ変わった自覚すらない、前世の記憶もない普通の小学生男子として、来年中学生かとおもっていたら、父が交通事故で亡くなったショックで前世を思い出した。
そこからが大変だった。
父の死のショックを受け止める間もなく、私は小学生の男の子から前世のゲーム世界へ転生したときの姿のエルフ少女へと変身していた。父の葬式やらなんやらかんやらで母がショック状態になっている最中に息子がエルフ少女の取替子になってしまい、母が壊れてしまった。家事を一切しなくなった母に代わって、引きこもりになった私が家事をして、夜のホステスの仕事についた酒臭い母が昼間寝に帰って、一言も交わさないまま私の作った食事を食べて夜の仕事に出ていく。母の下着がどんどん派手になっていって、あからさまに事後の汚れなんかを手洗いするのは、かなり精神的に応えた。
エルフ少女になって無視されながら、私の作った食事を食べて、私が掃除した部屋で寝て、私が洗った服を纏い夜の花として開花していく母を見送る生活は、一度おっさんとして家庭を持った経験があったからこそグレずに済んだ。まぁ引きこもりになったけど。
子供がネグレクト状態になると取れる手段に限りがある。高校生にならないと入れないダンジョンに潜り込んで、非正規の手段で稼ごうとするには、このエルフ美少女の見た目は悪目立ちしすぎた。近づいてくる男達は皆最後には「俺が養ってやる」と、私の腕を掴んで体を求めた。もちろん応えちゃいないがね。
ちょっとハードモードすぎるんじゃね? っと思っても他に手段がなかったから変装して、ダンジョン協会に所属していないモグリでもドロップ品や剥っとった戦利品を買い取ってくれる先を開拓して、良い出会いにも幾つか巡り会えて、晴れて自活できるようになった頃には、3年の月日が経っていた。
中学校にはテストだけ受けにいってたから、なんとか全寮制の高校に入学するだけの資金を貯めて、晴れて高校一年生になることができた。家を出る時も母とは特に何も話さず「ありがとうございました」とだけリビングの机の上に置き手紙を認めておいた。まぁ母がそろそろ再婚しそうな気配があったので、自活するにはいいタイミングだったんじゃないかな? 引きこもりのコブが付いていない方が母もよかっただろ。相手さんが家に何度か来ていたので、少し話をしたけれど、ちょっと私を見る目がネットリしすぎだったのと、大学生になる息子さんがいらっしゃることが決定打だった。あ、これエロ漫画の導入だって思った。だって35歳の未亡人(かなり美人)の母子家庭に引きこもりの美少女エルフの中学3年性の娘がいて、40歳前半の会社役員(イケ面)と再婚して、その息子さんがイケメン大学生。もうヤバイだろ、親子丼で4Pとか絶対ヤダぞ。あの息子さん、私の部屋に入ってきて押し倒そうとしたし。
高校進学までの1ヶ月間補導に怯えながらネットカフェを転々とする生活は辛かったぜ。高校の寮生活を大切にするためにもお金を稼がなくっちゃならん。
そしてやってまいりました、沼ダンジョンでお馴染みの8-Bと呼ばれるダンジョン。このダンジョンは採取で有名であり、駆け出しの冒険者でも結構稼げる、比較的初心者にお勧めされているダンジョンだ。
比較的、初心者向け、この比較的の部分がネックなのだ、リスクとリターンは常に比例するのがダンジョンの鉄則、うまい話には危険がいっぱい、稼げるということはそれだけ危険もあるということだ。
沼ダンジョン8-Bでは、湖面に咲く睡蓮に似た花の新芽や地下茎、枯れた花からとれる種などが主なターゲットになる。一日採取を続ければかなりの稼ぎになり、駆け出し冒険者なら、ゴブリンダンジョンに行くことが馬鹿らしくなってしまうだろう。実際それだけ稼げるのだ。
採取された睡蓮に似た植物は加工され回復薬やらなんやらが作られるらしい、知らんけど。
受付という名のプレハブ小屋がダンジョンに続くあぜ道の横に建っている。その裏には立派な冷蔵庫や解体小屋が建っているので、このダンジョンの受付をデザインした人は実に合理的な思考を持ち合わせていたんだろうなぁと思いながらアルミサッシの扉を開けた。
「おはようございまーす」
出勤一発元気な挨拶、まだ未成年だし学生だしでアルバイトの身の上だが、労働を行う上での協調関係の構築はとってもの大事なことなのだ、つかみは大事と師匠もおっしゃっていた。
「ああ、来たね関心々々」
約束の時間1時間前に現場に到着し今日の打ち合わせをしておいて、探索が始まる前に今日の探索メンバーとの顔合わせを終わらせておくのは、危険がつきもののダンジョン探索仕事では大事なことだ、命かかってるし。時給換算の安全な仕事だったら時間きっちりでいいけど、やり切ってなんぼの危険手当込みだと事前にやれることはやっておきたい。
プレハブ小屋の受付カウンターには、何時ものおばちゃんと奥の応接セットに収まりきらないゴツイ装備のゴツイオッサンが3人、今日のギルド発注ミッションをこなしてくれるチームの方達だろう。
「ポーターは頼んでないぞ?」
ゴツイオッサン中一番ゴツイオッサン、この人がリーダーなんだろうなって人が、ズズイと出てきた、うぉ! 狭いプレハブの中で圧が強い。
「それは協会随行員だよ」
おばちゃんが言ってくれたが、さらに困惑を深めた一番ゴツイオッサン。
「あ、これ、二級協会員免許です」
首から下げたパスケースを一番ゴツオに差し出した。一番ゴツオは訝し気に確認してパスケースを返してくれた。
「大丈夫なのか?」
「うちの貴重な労働力だ、ケガさせるなよ」
「本日は指名を受けていただきありがとうございます」
ニッコリ、営業スマイルと高い声、某ファーストフード店で0円で売れるね。
ギルド随行員とは、教会が発注したお仕事がちゃんと完了しましたよと、二級以上の協会員資格者が同行して確認するお仕事だ。とっててよかった二級協会資格。ついていくだけでお賃金がいただけるありがたい仕事だ、危険はあっても危険に対処する仕事じゃない、すばらしい。
ささっと名刺を渡す、協会から支給されている携帯電話とメールアドレスが書かれている簡単なものだ、探索者の人たちは名刺を持っていないので交換することにはならない。
「ああ、俺はスマッシュライトの橘明」
「俺は、足立勉」
「石橋孝一」
「それでは本日の依頼の確認をさせていただきます」
今日もしっかり働くぞ~。