5話 補習
「あっつ」
夏は暑い。そんなものは全員が知っていることだ。
しかしその夏に文句を言わなければやってられないときもある。
夏休みに入って3日目。うだる暑さの中、仁は学校まで来ていた。
「先生、クーラー導入ってしないんですか」
「予算がない」
教卓に立ち、汗を滲ませる先生から明け透けな答えが返ってきた。
何故夏休み中に仁が学校に来ているかといえば補習に参加するためだ。
しかしここで留意するべきなのは補習対象者に仁の名前はない。さらに言えば今年の1年生のうち補習対象者は1人のみだ。
名を瀬戸麻美。現在隣の机で渡されたプリントとにらめっこしているその人である。
ではなぜ仁が来ているのかと言えば、端的に言えば暇だから。
麻美を遊びに誘おうかと思ったらこのありさまである。ならばと冷やかしで補習に参加していた。
「せんせー。問題の意味がわかりません」
「教科書見直せー」
「職務放棄!」
「先生だって補習とかめんどくさいんだ。出来るだけ一人で頑張ってくれ、俺は別の仕事してるから。
もし本気でわかんなかったら隣の暇してる奴に聞け」
麻美の沽券のために言っておくが別に成績が悪いわけではない。寧ろいい方である。
成績順は上から数えたほうが圧倒的に早い。にも拘わらずなぜ補習に参加しているのかと言えば英語だけが壊滅的にできないから。
他の教科が90点代、時には100点をたたき出す中、英語のみ一桁。
英語さえできればトップ5位に入れるだろうと言われているがそう上手くはいかないらなしい。
「仁ヘルプ―」
助けを求めてくるのが早かった。
先生は先生で言った通りパソコンを開いて我関せずである。
「どこ?」
配られた問題用紙を見る。
「全部」
「せんせー。俺用事思い出したんで帰ります」
「ちょっと待とうか仁君よ。見捨てたら良心が痛まない?痛むだろ?」
謎なことを言いながら縋りついてくる麻美。因みに呼ばれた先生は無視を決め込んでいた。
「麻美。人には向き不向きがある」
「なにがいいたいのかな」
「諦めて夏休み補習で過ごせ」
仁達が通っている高校の補習の期限は正確には決まっていない。
日ごとの最後に出されるテストで一定の点数以上を取れば晴れて補習終了である。
言い方を変えれば、テストで点数が取れなければ夏休み中ずっと補習だ。
今はそのための勉強時間。つまり今出されているプリントが出来なければ本日のテストを突破するのはまず不可能。
「いーやーだー。私だって遊びたいー!」
「一応言っておくけど夏休みの宿題もあるからな?」
「それは昨日までに終わらせた。英語以外」
本当に英語以外は優秀なやつである。因みに仁の残りは3分の1程度。
「英語以外なら写させてあげるからー、ヘルプー」
「おーい、先生の前で堂々とずるするなよ。宿題は自分でやれ」
一応話は聞いているらしい先生に窘められる。
「よし、こうなったら今日のテストを突破することだけに集中しよう。大体予想はつくから山貼って単語を覚えればいけるだろ」
「ありがたや」
手をすり合わせて拝まれる。先生的にはギリギリの発言のようにも思うが特に何も言われなかったので補習を早く終わらせたいのだろう。
プリントの内容からテストで出る範囲を予想して山を張る。あまり褒められたものではないが背に腹は代えられない。
ただ普段から勉強に取り組んでいる姿を知っているので構わないだろう。それでもなぜか英語だけは出来ないのだが。
とりあえず文法なんかは後回しにして記憶させることだけに集中する。あの先生の事だ。プリントから何問か同じ問題を出してくるだろう。それが出来るだけでもかなり得点は狙える。後は単語。
「頭からこぼれる・・・」
「詰め込め」
他の教科が出来ているのだ、地頭は悪くないはず。
そんなこんなで2時間ほど経過し、そろそろ11時を過ぎようとしていた。そしてテストの時間でもある。
「浦和も受けるか?どうせいても暇だろ」
そんな鶴の一声で仁もテストを受ける。問題を見てみれば予想通りプリントの問題が流用されていた、これならば合格点には行けるだろう。
横目に頭を抱えている麻美が見えるが気のせいだ。
「とりあえず、浦和―。96点。単語のとこ解答欄が入れ替わってるぞ。気を付けろー」
ケアレスミス。理由は無論隣の奴が気になりすぎて集中できなかったため。しかしそんなこと今はどうでもいい。本番はここからだ。
合格点は60点以上。
「瀬戸。まあ頑張ったな。61点」
「やりー」
笑顔でピースを向けてくる麻美。ギリギリではあるが普段からすれば頑張っただろう。
「てことで補習終了だ。残りの夏休みは青春を謳歌してくれ。ただし勉強も忘れんなよ」
言うだけ言って先生は去っていった。後姿が見えなくなると麻美は机に突っ伏す。
「たすかったー」
「おつかれ」
疲労困憊の麻美を見て苦笑いをこぼす。
「仁、ありがとね。お陰で何とかなった」
「後は英語の宿題が待っている」
「聞きたくない」
言うても宿題くらいなら何とでもなるだろう。
「よし!」
言いながら勢いよく立ち上がる麻美。笑顔で此方をみる。
「仁、ご飯食べに行こ。おなか減った」
「冷やし中華がいいな」
夏休みは始まったばかり、二人は遊びに行く予定なんかを話しながら教室を出た。