2話 ラブレター
高校入学から一か月が経過した。高校にも慣れ、だらだらとした日常を送っていたある日の朝。
登校し、下駄箱を開けたら見知らぬ手紙が入っていた。
見なかったことにして下駄箱を閉じる。
深呼吸を一回。
「なにやってんの?」
後ろから声をかけてきたのは麻美だ。手紙の一件以来よく一緒にいるようになっていた。
友達の少ない仁にはありがたい限りではあるが、そのせいでよく色々巻き込まれているので差し引きゼロだろう。
無言で手招きをしてから下駄箱を再度開けた。
「何に見える?」
「ラブレター」
「果たし状の可能性も考慮に入れるべきだ」
「下駄箱の中に果たし状を入れる高校生はいない」
確かにそんな高校生はいないかもしれない。だが、下駄箱にラブレターを仕込む高校生も最早絶滅危惧種だろう。
そんなことを言っていると、ひょいと麻美が手紙を手に取り裏側を確認する。
表には何も書いてない手紙。裏側には女の子っぽい丸文字で浦和仁君へと書いてあった。
「これはラブレター確定」
「何故そう言い切る」
「こんなあからさまにラブレターです。みたいな手紙早々ないでしょ。
この字なんて明らかに女の子が書いたって感じ」
「もしかしたら丸文字の男かもしれない」
言ってから、丸文字の男から来たラブレターなんてものはいらないと気づく。
それであるならば女の子から来た方がいい。
「どうする?開けてみる?」
興味津々とばかりに詰め寄ってくる麻美。他人の前で開けていいものかと一瞬悩んだが一人で開けてもどうせ後で話を聞かれるだけだ。ならここで開けてしまったほうが後が楽だろう。
麻美の手から手紙を受け取り、封を開ける。
中には便箋一枚だけ。
——今日の放課後、体育館裏で待ってます
とだけ書かれていた。
「乙女のカンが言ってるんだけど、これ悪戯では」
「俺もそう思う」
名前のない便箋、下駄箱、文章。
どこの少女漫画だと突っ込みたくなるような状況だ。これで悪戯だと疑わない方がどうかしている。
「ま、とりあえず教室行くか。遅刻する」
ここでうだうだ話していても仕方がない。問題は後回しにして二人は教室に向かった。
授業終わりの放課後、にやにやと含み笑いを浮かべた麻美が近づいてきた。
「それでー?どうするの?」
何をと聞くまでもない。先ほどの手紙の件であろう。
「とりあえず行くよ」
そういうと目をぱちくりとさせる。予想外だったのであろう。
「悪戯だと思うよ?」
「わかってる。だけどもし待っている人が居たら可哀そうだ。少しでもその可能性があるのならば行くよ。それに悪戯だったら明日の笑い話にでもすればいい」
悪戯ではなく本気の思いが籠っている可能性がゼロでない以上、向かうべきだ。それに予想通り悪戯だったとしても言ったように明日の笑い話になる。その時はきっと麻美が笑いながら聞いてくれるだろう。
そう言うと先ほどまでの含み笑いはなりを潜め、麻美は優しく静かに微笑んだ。
「そうだね」
「——」
思わず息を飲んだ。
「どうかした?」
「なんでも」
首を軽く振った。
見惚れていました、なんて言えるわけもない。それが知られればからかわれること請け合いだろう。だから今は内緒だ。
次の日の朝の教室。
「やっぱり悪戯かー」と麻美の笑い声が響いた。