そんなわけで一日目の朝
きっと俺以外の男なら決戦の朝だのなんだのと喚いていたであろう今日というか、船旅の一日目。
俺はとても落ち着いた精神状態で未月さんを待っていた。
普通の男であれば美少女と仲を深められるチャンスだと息巻いていただろうし、ラノベ主人公なら本当に初めてかを疑うレベルてサラッとデートへと変えていたであろうこの状況。
だが、今日の俺は後者はともかく前者にも当てはまらなかった。自他ともに平凡な一般人と認める俺がだ。
まぁ、今日のというか、いつもこんな感じだ。
それは、俺の恩師で恩人で友人の彼女が名言っぽさの欠片も無いほど、普段から「現実を見ろ」としつこく言っていたからだろう。
そもそも、考えてもみてほしい。
現状を言葉にしてみると、気まぐれに地を見下ろした蝶(美少女)と雑草少年のぶらり気ままな二人旅だ。
蝶と雑草なんて月とスッポン並に差があるのに、さらに”気まま“なんて言葉がついているんだ。
”気まま“ってことはつまり自由ってことだ。それは他人に気を配る必要性の欠如であり、わざわざ二人で行動しなくてもいいってことだ。
これが現実だ。知ってたけど。
教育のおかげでこんなことにショックも受けなくなったけど、現実の夢のなさに落胆する一般的な感覚を持てないのは少し悲しいな。さて…
「もう十分過ぎてるな…」
現在、約束の時間を過ぎても来ない未月さんを待って、バス停から見える青空を眺めている俺。
今日は快晴だな。雲ひとつない…あ、いや雲少しあった。あの雲は俺の疑心かな?少しずつ増えている。
こういう時に考えられるのは三パターン。1:準備に時間が掛っている。2:忘れていた。3:もて遊ばれた。
可能性としては1が一番高い。でも、どうしてか。俺の脳内で3が光を放って正解はだ3番だと主張してくる。
人の非合理な疑心ってほんとに面倒くさい。違うと分かり切っているのに、余計なことをしてくる。でも、疑心がなかったら色々不便なこともあるから、そこも面倒くさい。
「あ、いた…」
不安にかられた俺の耳にその凛とした声が響く。聞き間違えのないその声。
どうやら選択肢3はお役御免のようだ。選択権なんてなかったけど。
「ごめん、準備に時間掛かった」
「いや、俺もさっき来たところだよ」
どうやら答えは無難に1だったようだ。ただ、未月さん。準備に手間取っていたにしては格好が普通じゃないか?
服はシンプルな藍色のワンピースで、化粧をそこまでしているようには見えない。もちろん、それだけでも充分美しいのだが。ただ、彼女が肩から下げているでかい長方形の形の箱、おそらくキャリーケースとは別の荷物なのであろうそれのほうが存在感がある。
「…何?」
「あ、いや。綺麗だなと思って…」
「箱が?」
「いやいや、未月さんが」
「箱を見てたのに?」
まずい、早速墓穴を掘ってしまった。実際、箱の方が気になって見てしまっていたけど。決して未月さんに関心がないわけではない。
「…ごめん。つい、気になっちゃって」
「ふーん。ま、いいよ。それより、バス来たから乗ろ」
こちらから視線を外しバスに向かう未月さん。彼女はさっきから表情が真顔のまま変わらないから、全く感情が読めない。不機嫌なのだろうか?思い切って正直に謝ったのは正解だったのだろうか?
初っ端から不安だ。