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みちると異世界の様子

「帰ってきた―――!」


ゆらっと視界が揺れて間もなく私は自分の部屋に戻ってきた。そして目出し帽をはぎ取って壁に向かって投げ、やりきった感全開でベッドに突っ伏す。まだアニカのメンタルを完全にへし折れたかわからないのでやり遂げたとは言えないが、なかなか頑張ったんじゃないかな。


正直まだどきどきしている。異世界に行って、異世界の人たち、ストーリーに干渉した。それによってどういう影響があるんだろう。不謹慎かもしれないが少しわくわくしてしまう。リリアさんが救われたらいいな。そんなことを考えながら私は体をひねって仰向けになる。


転移できるのは1日1回だけだ。今日は大人しく寝て、明日学校から帰ったら様子を見に行こう。


「ふふ…ふふふ」


アニカとのやりとりを思い出して思わずにやけてしまう。


(嫌な女に一発入れられてすっきりした――――!!!)


この日は興奮しすぎてなかなか眠れなかった。



********



オーリリー公爵邸は今日大騒ぎだった。令嬢であるリリアは第一王子イザークの婚約者で未来の王妃である。それゆえに公爵家はリリアのため少し大げさなくらいの警備を敷いているし、お抱えの騎士だっている。それなのに今日、どこから入ったのか怪しいマスクをかぶった人物が屋敷に侵入し、こともあろうにリリアを含めた令嬢2人に接触してしまった。令嬢たちが言うには何もないところからいきなり現れたという。いったいどこから入ったのか、魔術師ではないのかと使用人たちが噂し、ショックを受けて部屋に引きこもっている令嬢たちそれぞれを心配していた。


「…すまない、アレックス。もう一度言ってくれ」


リリアとアニカの父――オーリリー公爵が茶色のくせっ毛を手で後ろに流しながら執事に促した。


「本日の昼下がり、リリアお嬢様の部屋に突然目と口だけ穴の開いた珍妙なマスクをかぶった女現れ、アニカお嬢様と口論ののちにアニカお嬢様の肛門を指で刺すという予期せぬ攻撃を加え消えてしまいました」


執事のアレックスは表情を変えずに言い切った。2回目の報告も内容は変わらない。オーリリー公爵は手で額を覆い深いため息をついた。ただでさえ連日の王宮での書類仕事による疲労で年々深くなるしわがさらに深くなりそうだ。


「リリアとアニカの様子は」

「リリアお嬢様もアニカお嬢様もお部屋にこもって出てまいりません。リリア様のそばにはアンが付いておりますが、アニカ様は奥様さえ部屋に入るのをお許しになりません」


アンがついているならリリアは大丈夫だろうが、心配する母すら寄せ付けないとはアニカは相当なショックを受けているようだ。


「アニカの怪我は…その、大丈夫なのか。医者には見せたか」

「アニカ様が患部を見せるのを嫌がられましたので詳細は不明です。しかし立って歩くことはできるようです」


父親としてかける言葉が見つからない。アニカも年頃の少女だから医者相手であっても肛門を見せるなんてできないのだろう。その気持ちは理解できる。今は少し一人にさせて落ち着いてから慰めに行くことにしよう。


「侵入者の目的は何だったのだ?」


王国屈指の名家オーリリー公爵家に侵入したのだ。何も目的なしとは考えられない。敵であるならば潰す。オーリリー公爵の目に影が落ちた。


「お嬢様二人ともさらわれてはおりませんし、侵入者によって盗まれたものも壊されたものもありません。意図は不明です。しかし最初に現れたのがリリア様の部屋ですから、リリア様が目的であった可能性が高いかと」


王妃になる予定のリリアにはすり寄る者も敵も両方多い。次期王妃の座を狙いリリアに危害を加えようとする不届き者が過去何人もいた。リリアには知らせていないが数年前リリアを誘拐しようとした者を護衛が捕まえたこともあるのだ。おそらくそういった類の者だろうと考えたオーリリー公爵は顔をゆがませる。


オーリリー公爵は執事のアレックスをちらっと見た。アレックスの顔は相変わらず真顔だが、金縁眼鏡のレンズ越しであっても怒りと警戒心が読み取れる。アレックスはオーリリー公爵家にリリアが生まれる前から仕えており、長年一緒に暮らし育ててきたリリアは彼にとって家族同然なのだ。彼女が心配なのだろう。


「警備を強化し魔術師を呼んで防御魔法をかけてもらおう」


この世界では魔法は限られた者が使える特殊技能だ。貴族は魔力持ちが多いがただ火を出す水を出すといった簡単な魔法しか使えない者がほとんどで、結界や転移といった高度な魔法を使いこなせる者となると国内には現在百人もいない。オーリリー公爵は侵入者が転移魔法の使い手である可能性を考慮して高額な代金を支払ってでも結界を張ってもらうことにした。


「かしこまりました。…それと旦那様。居合わせた使用人たちから気になる報告がありました」

「なんだ?」


アレックスは言葉を脳内で確認するように目を閉じた。言い淀んでいるわけではなさそうだが、こんな様子は珍しいのでオーリリー公爵は怪訝な表情になる。台詞が決まったのか、アレックスはすっと目を開け口を開く。


「…アニカ様が、肛門に予期せぬ攻撃を加えられた際に心配してくださったリリア様を突き飛ばし罵ったそうです」

「は?」


オーリリー公爵は身を前に乗り出した。彼にとってアニカは甘えん坊で人懐っこいかわいらしい娘である。あのアニカが?と驚きのあまり口が開いたまま閉じない。


「それとアンが少しの間アニカ様と侵入者の口論を聞いていたそうなのですが、アニカ様が自分で花瓶を割りリリア様のせいにするつもりだった〉〈イザーク王子殿下と結婚したい〉とおっしゃったそうです」


オーリリー公爵は報告の内容をにわかには信じられず落ち着かない様子で目線をアレックスからずらしては戻してを繰り返している。


「…予期せぬ攻撃で動転したのではないか」

「予期せぬ攻撃を受ける前だそうです」


アレックスの言葉が冷たく聞こえる。オーリリー公爵は混乱し額に手を当てたまま下を向いて机をじっと眺めている。普段のアニカの様子を見ている公爵からすると信じられない、と思ってしまうが実は気になっていたことがあった。ここ数年、少し、ほんのたまにだがリリアがアニカをいじめているのではないかという話が耳に入ることがあった。妻経由でアニカが悩んでいるという話も聞いていて、実際自らアニカに話を聞いてみたこともある。そのときははぐらかされてしまったがきっとなにかのすれ違いか喧嘩だろうと思っていたのだ。


父として長年リリアを見てきたオーリリー公爵はリリアがいじめなんてする娘でないことはよくわかっている。そんな現場は見たことがないし、妻から話を聞いた際にアンやアレックスにも聞いたがそんなはずはないと言った。しかし耳に入っていた噂と、今日の報告との違和感。公爵は妙な胸騒ぎを感じた。


「アレックス。調査してほしいことがある。使用人たちにリリアとアニカについても聞き取りと、二人の学院での評判について―――」


このオーリリー公爵の動きは、ゲームのシナリオにはないものだった。


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