顛末と帰還
(リリアさん…!?イザーク王子と結婚したいというアニカの望みを叶えられる可能性を残そうとしてる!?)
なんて強欲なんだ!私は感心した。ここまでくるとかっこいい。
「はっはっはっ!!!」
王は耐えられない、という様子で大笑いした。王妃が王の肩に手を置いてたしなめているが王妃も少し笑っている。オーリリー公爵は胸をなでおろして肩の力を抜いた。
「確かにな。リリア嬢の言う通りだ」
王は笑いをこらえ、半笑いでイザーク王子の方を向いた。
「イザーク。リリア嬢はこう言っているがどうだ?アニカ嬢と婚約するか?」
イザーク王子はうろたえ、アリスとアニカを交互に見た。政治的にはアニカを選べばオーリリー公爵家に恩を売ることができ今の段階ではうまみがある。しかしイザーク王子の心はアリスに傾いている。
「私は…すぐには…決められません」
「王族としてものを考えよ」
イザーク王子の心中を察してか王が叱りつけた。イザーク王子はすぐにはっとして「申し訳ありません」と謝罪する。
リリアさんがいながらアリスに心移りし結果としてリリアさんを逃しオーリリー公爵家という後ろ盾を失った。それなのに愛する人と結婚したいという意思を見せたのだ。王族としては甘いかもしれないが、一般庶民の私からすると愛で相手を選べないのは可哀想だ。
「陛下。今すぐにお決めいただかなくてよいのです。私は〈候補〉にしていただきたいと申し上げました」
「説明せよ」
リリアさんはにっこり笑った。
「私としてはアニカを選んでいただけるならこの上ない喜びでございますが、イザーク殿下はいくらでも相手を吟味できるお立場です。ですので今はアニカをあくまでも〈候補〉にとどめ、殿下にふさわしい女性となるよう努力させ競争に勝ち抜かせたいのです。それで最終的に選ばれれば正当性もありアニカにとっても幸せですし、選ばれなければ実力ですから諦めもつきますわ」
「ふぅむ」
王は顎に手を当てて考える。そしてため息をついた。
「つくづく婚約破棄が惜しい。そなた優しいだけの娘ではないな」
ただはーいって婚約者の座を譲り渡すのではなくアニカ自身に獲らせるのか。…いいじゃん。それなら。やるなリリアさん。
横を向くと、アニカはリリアさんを見上げていた。琥珀色の瞳にはもはや敵意はないが、闘志が宿ったように見えた。
「良いだろう。ではアニカ嬢はあくまでも〈候補〉だ。貴族学院を卒業するまでが見定めの期間だな。良かったのう、アニカ嬢。努力するように」
「は…はいっ」
アニカは恐縮し返事をした。
「イザーク」
イザーク王子は名を呼ばれ背筋を伸ばした。
「アニカ嬢以外を望むのならその相手にアニカ嬢以上に努力させるように。身分に問題がなくとも教養や資質が劣るなら妃としては不適格だ」
イザークはきまり悪そうにアリスを目を合わせたがアリスはすぐに悪気なく目線を外した。
「よし、これにてこの件は解決…と言いたいところだが」
王が胸の前で手を組む。
「そなたが残っておったのぅ。ハナサキ」
不意に名を呼ばれ心臓が跳ね上がった。忘れられてなかった。やばい!!急に温度を下げた私以外の人間の目線が鋭く刺さり、とてつもない居心地の悪さを感じる。
「そなたに敵意がないことはわかったがな。公爵邸に続き王城への侵入、何もせず帰すわけにはいかぬ。その幼さで転移の魔術師ともなれば貴重な人材だしな。これまでの無礼は許すゆえ、聴取に応じよ」
騎士たちが私に近寄ってくる。ま…まずい!捕まるわけにはいかない。私は転移の力を発動した。
「待って!!」
リリアさんが私に手を伸ばし持っていた目出し帽ごと私の手をつかんだ。その瞬間、電撃が走ったようにリリアさんの動きが止まり膝から崩れ落ちた。
「リリアさ…」
言いかけたときにはすでに私の体は魔法陣を通り抜けていた。
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「リリア!どうした!?」
オーリリー公爵は床にへたり込んでいるリリアに駆け寄った。アレンがリリアの体を抱き起こすと、リリアは大粒の涙を流し自分の手を見つけていた。
「あれは…私…おれ…!!みちるちゃん…」
オーリリー公爵がなぜ泣いているのかと心配し尋ねたが、リリアはその問いに答えなかった。
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「危なかった―――!」
自分の部屋に戻って来るや否や私は床にへたり込んだ。すっごく怖かった…。あれが貴族の世界かぁ。最後リリアさんの様子がおかしかったけどどうしたんだろう?
何はともあれ無事戻ってこれてよかった。時計を見ると0時17分。あちらの世界ではどう考えても30分以上過ごしたはずなのに17分しかたっていない。0時ぴったりにあちらの世界に飛んだはずだから、やはり向こうとは時間の流れが同じではないようだ。
私は起き上がってふらふらと数歩歩きベッドに身を預けた。
リリアさんの本音、公爵家を取り巻くみんなの気持ち…知らなかったことや予想外のことがたくさんあった。
「結果的には…良かったよね?」
リリアさんはアニカが断罪されみじめな思いをすることは望んでいなかったし、かといって自分がイザーク王子と結婚したいわけでもなかった。結果としてリリアさんは好きな人と結婚できて、公爵の地位を手に入れる。
「大成功だ…!はははっ!!!」
私はにんまりほほ笑み声を出して笑った。これで…これで…リリアさんは救われた。にやけていると視界の端に眩しさを感じ、光の方を向くとベッドの上に置いたままだったスマホが目に入った。
スマホを手に取ると、〈花咲く紋章の乙女〉のアプリのアイコンから白い光の粒が出ている。アプリを起動すると、見たことのないスチルが画面に映し出された。
「これは…」
少し大人びた様子なので数年後だろうか。リリアさんとアレンが平民と思しき子供の手を取って笑っている。こんなスチルはなかったはずだ。もしかして私が干渉したことでゲームそのものが改変されたのだろうか。
「良かった…」
運命が変わったことを実感し安堵した。異世界に転移して色々やらかしておいてなんだが、私はこの転移の力自体が夢のような感覚で、自分が起きているのかさえ怪しんでしまうときがあった。でも転移先の人と話して、触れ合って、時間が流れていると理解した。現実世界ではゲームでも、転移した先の世界ではたったひとつの〈今〉なんだ。そう思うと感慨深く、少し怖くもある。
…とにもかくにも。
「やった――――!!!!!!グッバイ性格の悪い女――――!!!!!」
大声で叫ぶと、1階で寝ているお母さんの「うるさいわよ!」という声が聞こえた。ごめんお母さん。でも興奮が抑えられなかった!
(アニカよ、ちゃんと改心しろよ!)
当初の目的であった性格の悪い女の成敗は果たされた。私は大満足でそのまま眠りにつこうと目を閉じた。
スマホ画面の下に表示された漫画の広告の周りに、ふよふよした光の粒がきらめいていた…。
第1章はここまで。