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婚約模様

「…ヴェゴニー伯爵家の末息子だな。リリア嬢の伴侶となるか?」


王もさすがに面食らっているようで、苦笑しながらアレンに尋ねる。アレンは少しためらうそぶりを見せたが、表情を引き締めて王を見据えた。


「現在の婚約者であるオーリリー公爵令嬢が後継者から外れる以上、婚約時の取り決めに反し婚約は無効になります。ですのでリリア嬢の申し出をお受けしたく存じます」


リリアさんは安堵の表情を浮かべた。しかしオーリリー公爵は不満そうだ。


「アレン殿。そなたの優秀さは理解している。だからこそアニカの婚約者に据えていた。だがアニカとの婚約が無効になるからとすぐリリアに乗り換えるのはいささか気がかりだ。私はただでさえ傷ついた娘に爵位目当ての男などあてがう気はない」

「爵位目当てではありません」


アレンはオーリリー公爵に即座に反論した。心から心外だったようだ。


「私は公爵にはなりません。リリア嬢と結婚するのならリリア嬢を女公爵とし、私は補佐に回ります。私の気質としてもその方が気楽です。それにこの際申し上げますが、リリア嬢にずっと好意を持っておりました。一方下のご令嬢とは眼鏡を外すと誰かわからなくなるような仲でございます」


アレンがアニカを一瞥したがアニカは気まずそうに口をもごもご動かした。公爵があきれたような目線をアニカに送る。


「リリア嬢の望みを叶えてみせます。どうかお許しください」

「アレン様…」


アレンはオーリリー公爵に向かって頭を下げた。リリアは感動した様子でアレンの横顔を見つめている。


「はっはっはっは。良いではないか公爵」


王が大声で笑った。


「何やらややこしいことにしてしまっていたようだな。公爵、アニカ嬢と結婚させて公爵にしようとしていたくらいだ。アレンの優秀さはそなたも認めるところであろう。その上二人が想いあっているのなら反対する理由がないのではないか?」


オーリリー公爵は腕を組んで目を伏せ天井を向いていたが、少ししてリリアさんへ向き直った。


「良いのだな。女の身で公爵家を背負うのは生半可なことではない」

「覚悟しております。女の政治をするより性に合っていますわ」


リリアの態度は堂々としていて威厳と自信を感じた。オーリリー公爵は小さくため息をついた。


「そうか、なら許可する。手続きはまた後日だ。ヴェゴニ―伯爵家にも話をせねばならんからな」

「はい!」


そう言ったリリアさんの笑顔はとても輝いていて美しかった。後ろからぐすっと泣き声が聞こえたのでそっと頭だけ後ろを向けて確認すると黒髪のメイドさんが涙ぐんでいた。この人はリリアさんの本心を知っていたのだろう。


ちらっとイザーク王子の方を見ると悔しそうな顔をしていた。今更リリアさんの魅力に気付き手放すのが惜しいのだろうか。いい加減諦めんかい。顔に出すんじゃない。


リリアさん劇場によって私の存在がなかなかに蚊帳の外だ。そろそろ帰っていいかな。いい感じに収まりそうだし…。


「そなたの一人勝ちだな、リリア嬢。これですべて望みは叶ったかな?」


王は実に愉快そうに言った。


「いいえ。陛下。叶いますならばお願いがございます」


そう続けたリリアさんの言葉にオーリリー公爵はぎょっとした。ただでさえこの場で王にはかなり寛容な配慮をしてもらっている。そのうえさらに何を願おうというのだろう。王はすっと目を細めた。少し砕けていた空気感が再び緊張を帯びる。


「ついでだ。申してみよ」

「ありがとうございます」


リリアさんが優雅に笑む。


「イザーク殿下の次のお相手はお隣にいらっしゃるご令嬢なのでしょうか」

「えっ!?」


アリスが不意を突かれ声を漏らす。王はまた髭をなで始めた。


「さあのぉ。つい今婚約を解消したばかりだからな。何も決まっておらぬ」


そりゃそうだ。むしろ解消して即元婚約者の前で次の縁談を決めたリリアさんのケースが異例すぎる。私は小さく苦笑した。


アリスは駆け落ちしてしまった王の妹の娘なので王族であり身分に問題はないが、力のある貴族家の娘でないということはイザーク王子と結婚させたところで政治的なうまみがないともいえる。イザーク王子がアリスを望もうとも即決できる条件ではない。


(まあ終盤になればアリスは特殊な魔術が使えるようになるからそれだけで価値があるけどね)


「それならば、アニカを候補に入れてはいただけないでしょうか」

「「「えっ!!!!」」」


リリアさんの申し出に私とオーリリー公爵、アニカが同時に声を上げた。私はさっと口を抑える。邪魔しないよう声を出すのを我慢していたが、驚きのあまり抑えられなかった。リリアさんはまったく気にしない様子で続ける。


「アニカは今回過ちを犯してしまいましたが、それはイザーク殿下をお慕いすればこそです。それに最終的に失敗しましたが、アニカは私の評判を下げる工作には成功していました。女性同士の情報戦や駆け引きについては私よりよほど得意です。教養の面でも私の後釜を狙っていただけあってとても頑張っています。卒業まであと2年以上ありますから足りないところを補う時間もありますわ」


王と王妃は互いに顔を見合わせた。目だけで会話しているようで怖い。


「派閥のことを考えれば現在の勢力上オーリリー公爵家が最も適任だし、リリア嬢が公爵になるからアニカ嬢を代わりに、ということであれば収まりも良いがな。アニカ嬢はわしに嘘をついた不誠実な娘だ。それを嫁に迎えろと?」

「陛下にすら嘘をつける豪胆な娘です。度胸の面では候補とできる令嬢たちの中で一番です」


リリアさんはとても良いスマイルでそう言ってのけた。王は髭をなでる手を止めてぽかーんと口を開いた。オーリリー公爵が青い顔をしている。アニカを見ると、顔から邪気が消えただ驚いているようだった。


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