重なる姿
「オーリリー公爵家は領地の統治をとても重視しております。私も幼いころから領内を視察し、領民たちと話し交流しながら彼らの暮らしの向上に努めてまいりました。ですが、王妃になってしまえば実家であろうと特定の領地に肩入れするわけにはまいりません。領民が災害で傷ついても、声をかける機会すら持てなくなるかもしれないのです」
リリアさんの表情から責めているのではなく、もどかしく残念に思っているというのが分かる。
「私は王族としてすべての国民に公平であるには器が小さすぎました。幼いころから慣れ親しんだ我が領民が特別なのです。彼らの手の届くところにいて守りたい。彼らに気軽に手を差し伸べることもできない立場になるのが苦しいのです」
強い意志を持って話すリリアさんの姿は紛れもない政治家だった。
(すごい…)
あっけにとられた。リリアさん、現実世界でいえば高校生くらいなのに学校の先生や両親よりもずっと大人で立派な人に見える。学校のクラスにもリーダー格の人はいるけど、こんなカリスマと知性は感じない。レベルが違う。
「私がイザーク殿下との婚約の解消を望んだのは殿下の心変わりのためではありません。殿下とはパートナーではありましたが恋人ではございませんから。私は婚約を解消し、できることなら―――女公爵になりたかったのです」
広い部屋だというのに、名が机の端にいる王妃の息をのむ音が聞こえた。私はリリアさんのまっすぐな瞳から目が離せなかった。そして、その瞳がかつての友人アキヒトくんと重なり、彼の姿と声が脳裏に浮かんだ。
私がこの世界に転移してきた際にかぶった目出し帽の元の持ち主アキヒトくんが、昔同じ目出し帽をかぶってライダーごっこをしていたとき私はそういうヒーローになりたいのかと聞いたことがある。するとアキヒトくんは笑ってこう言った。
「いいや全然。憧れるけど、こういうヒーローって思い入れとか関係なしに皆を助けなきゃいけないじゃん。俺はそれは無理。自分が好きな人、手が届く範囲で精いっぱいだと思うからヒーローにはなれないな」
(アキヒトくん…)
思い出を振り返り泣きそうになった私は目出し帽をぎゅっと握りしめた。しんみりしているとリリアさんが「私は」と再び話し出したので私は顔を上げてそっちに意識を集中させた。
「もし公爵家を継げないとしても、領地の一部、それこそ件の飛び地だけでも管理させてもらえれば良いと思っていました。…私の浅はかな願いがこのような事態を招きましたこと、お詫び申し上げます。妹がこんな大それたことをするほどイザーク殿下を慕っているとは思いませんでした。妹を罰するなら私のことも罰してくださいませ」
イザーク王子がくっ…という顔で歯をぎりっと食いしばっている。隣のアリスはわけがわからないという顔だ。オーリリー公爵もリリアの望みを知らなかったようで驚いた様子で考え込んでいる。
アニカはというと、大きな目をはっきりと開け、眉間にしわを寄せてリリアの顔を凝視している。リリアさんの本音はアニカにとって憐れまれるよりずっと心を砕くものだろう。アニカはリリアさんが望みをすべて叶えたずるい存在だと思っていたが、実際のところリリアさんは何一つ自分の思い通りにはなっていなかった。女公爵になりたいという夢を絶たれ愛着のある領民たちと会えない不自由な身分となり、好きでもない男と結婚しなければならないところだったのだ。
リリアさんは一度は運命を受け入れていたが、アニカの行動を見てほんの少し期待した。
(もしかしたら、立場を交換できるのでは?)
と。必ずうまくいくと思っていたわけでも、積極的に根回ししていたわけでもない。だが、もしかしたら…と思ったのだ。
「陛下、お願いでございます。罪は私が引き受けます。アニカだけでもお許しください。このような事態にはなってしまいましたが、私にとってアニカは大切な家族なのです」
リリアさんは深々と頭を下げた。偽善ではない。アニカのことを心から思いやっているのが伝わってくる。
ああそうか。リリアさんはアニカのことを本当に大切に思っていたんだ。……だったらきっとシナリオ通りに進んで最終的にアニカが破滅する未来を止めたことは良かったのかもしれないと私は思った。そうであってほしい。
「父上、どうか寛大な処置を」
イザーク王子が王に真剣なまなざしを向けた。王が目線だけをイザークに向ける。
「私はリリアの心も知らず身勝手な振る舞いをいたしました。どうかリリアの望みを叶えてください」
私はイザーク王子にあまり良い印象がなかったのでその言葉が意外だった。イザーク王子もアニカやリリアさんの話を聞いて思うところがあったのだろうか。王は深く息をつき目を閉じて天を仰ぎ、全員が沈黙する王を見守った。物音ひとつ立ててはならない空気だった。
「寛大にと言われてものぅ。被害者であるリリア嬢が良いというなら身内のことにわしが口出しすることではなかろう」
王の言葉にリリアさんはぱぁっと明るい顔になった。その笑顔に少し幼さを感じ、私はなんとなく安心した。
「だが王族に虚偽の証言をしたことは明白な罪だ。アニカ嬢、此度はリリア嬢に免じ聞かなかったことにしてやるが、2度はないぞ」
アニカの体をびくっと震えた。
「か…感謝いたします。肝に銘じます…」
アニカの声は震えていて覇気がない。いまだ混乱の中にあるのだろう。
「さてと、ではイザークとリリア嬢の婚約の件だが」




