リリアの心
王が許可するとリリアさんは優雅に礼を述べた。さっきまで辛そうな顔で押し黙っていたのに、急にスイッチが入ったかのようにがらりと雰囲気が変わった。アメジストの瞳は力強い眼光を放ち上に立つ者、という言葉がしっくりくる注目せずにはいられないオーラがあった。
「妹をお許しください。アニカが罪を犯したのは私の責任です」
「リリア、何を言う。お前は被害者じゃないか」
オーリリー公爵が焦ってリリアを止めたがリリアは首を振り、王に向かって向き直る。
「私は妹が屋敷内や貴族学院で私の名誉を貶めることをしていると知っていました。知っていながらあえて放置していたのです。…私の評判が悪くなれば、イザーク殿下との婚約が考え直されるかもしれないと考えて」
「なっ!」
イザーク王子が両手で机を叩き立ち上がった。王が座るよう促し、イザーク王子はリリアに困惑の表情を向けながら従った。
「私がアニカをいじめているという噂が事実ではないと明らかになっても、そのような噂を身内にたてられろくに対策もできないとなれば、政治や外交に関わることもある王妃としては不適格とされるかもしれない。自分ではないほかの令嬢に交代となるかもしれない。そうなれば良いと思っていました」
私は驚いた。ゲームのシナリオでアリスとイザーク王子が結婚することになったときリリアさんは二人を祝福していた。悲しみや悔しさを内包した貴族女性としての笑顔かと思っていたが、リリアさんは元から婚約したくなかったのか!
イザーク王子は白目の面積が増えたのかと思うほど目を見開いている。信じられない、という顔だ。正式な婚約者であるリリアさんとは大して会話もせず連日アリスと逢引しているくせにショックを受けるなんてなんとなく不愉快だな、と私は思った。王子という身分ゆえに、今まで女性という女性に追われるばかりでまさか婚約者が自分との結婚を嫌がっているとは思いもしなかったのだろう。傲慢な男だ。
そろそろ正座がしんどくなってきたので私はこっそり足を崩した。部屋の入口にいる文官らしき茶髪の男が少し眉を吊り上げたが勘弁してほしい。正座をする習慣なんて身についてないのよ。横にいるアニカをちらっと見ると、私が多少動いたことなど気が付かない様子でリリアさんに引き付けられている。
アニカとしてもリリアがイザーク王子と結婚したがっていると思っていたのだろう。条件だけ見れば権力志向の貴族には最高の物件と言っても過言ではないので当然かもしれない。
「もしうまくいかず、妹の罪が発覚したとしても身内のこととして内々に収めれば良いと思っていたのです。見通しが甘かったこと、反省しております」
王は髭をなでながら椅子にもたれかかっている。横に座っている王妃が扇を閉じた。
「リリア。なぜイザークとの結婚を望まないのです?イザークの浮気が原因ですか?」
王妃はリリアに尋ねた。その表情も声色からも決して腹を立てているのではないと分かる。むしろリリアに対して憐れみや申し訳なさすら感じているようだ。
「母上!私はアリスとはまだ何も」
「わっ…私はギターをお教えしていただけです。イザーク様を奪おうなんて考えてことがありません。ただの友人です!」
イザーク王子に被せるようにアリスが強く否定した。アリスの横顔を見るイザーク王子は傷ついた様子だ。おい。浮気を否定しているんじゃないんかい。私はため息をついた。それが聞こえたのか、王妃がこちらをちらっと見て目が合ってしまった。私は怯んで下を向く。
しかしリリアさんが元々婚約破棄を狙っていたのなら、もしかして余計なことをしちゃったのかな?私は急に不安になった。ゲーム通りにいけばリリアさんは名誉が傷つくもののイザーク王子との婚約を解消できた。私はその流れが許せなくてこの世界に来たのだ。だがリリアさんがわかってそう仕向けていたのなら私、ものすごく余計なお世話で迷惑をかけてしまった…?
「王妃様。10年前に北部で大きな地震があったことを覚えておいででしょうか」
リリアさんの言葉で私ははっと我に返った。
「もちろんです。とても大きな被害が出たのでわたくしも慰問に行きましたもの。それがどうしたのです?」
リリアさんは過去の光景を頭の中で思い描いているのか目を閉じている。少しして目を開けたリリアさんは言葉を続ける。
「わがオーリリー公爵家の所領の飛び地が北部にございます。大きな滝が有名な人気の保養地です。地震の震源地からは少し外れておりますが、当時土砂崩れでとても大きな被害が出ました」
滝…?私は何かが頭に引っ掛かり必死に思い出した。あ―――!もしかして!最初に会った部屋にあった絵!滝が描いてあった。もしかしてあの風景がその飛び地なのかな。
「ですが、あれだけの被害があったにもかかわらず王妃様の慰問先には入らなかったのです」
リリアさんの声が少し低くなった。




