無実の証拠
がしっと後ろから強く抱きしめられ「うっ」となった。何が起こったのかと後ろを見ると、リリアさんが私に抱き着いていた。間近でリリアさんを見て、すごい美少女だ、と思った。そんな場合じゃないのに。
「アニカに暴力をふるったら、あなたも無事ではすみませんよ」
リリアさんがきっと目に力をこめ私を見ている。リリアさんってば、この状況でまだアニカを庇うのか。優しすぎる。
「そうだな。リリアが止めなければお前は腕を無くしていただろう」
(―――え?)
ずっと黙っていたオーリリー公爵が眉間のしわを深めて息を吐いた。私は公爵の言葉の意味が分からず困惑して公爵とリリアさんを見比べた。アニカも意味が分かっていない様子で目を見開いて皆の様子をうかがっている。私が勢いを無くしたのを見たリリアさんは私に「大人しくして」と小さく言いつけて少し離れた。私はアニカの横でしおらしく正座をした。
「アニカ。本当に情けない。お前がこんなにも心の醜い娘だったとは。公爵家の名が泣く」
オーリリー公爵は椅子から立ちアニカをまっすぐ見つめた。公爵は騎士ではないが体格が良いので威圧感がある。公爵の苦々しい表情からはアニカへの怒りと憐れみ、そして無念が感じ取れる。
「お…お父様、何を…」
アニカは展開についていけていないようだ。というよりも、この展開を信じたくないのかもしれない。
「アレックスに調べさせた。お前は屋敷の使用人や貴族学院の関係者にリリアの評判を落とすようなことを吹聴しているそうだな。普段の甘えたな振る舞いもすべて計算の上か。まったく女の戦は恐ろしい」
オーリリー公爵は眉間に手を当てて軽く首を振った。奥に座る王妃がふっと笑い扇で口を覆う。
「お…お父様、誤解ですわ!私は公爵家の名誉を嘘で貶めるようなことは断じてしておりません。お姉さまの私への仕打ちを親しい使用人や友人に相談したことが軽率であったとおっしゃるなら謝罪いたしますわ。でも私…」
「黙れ。まだ嘘を重ねるか」
オーリリー公爵はアニカの言葉を遮った。アニカの言い訳にさらに怒りが増したようで、背景に鬼でも見えてきそうな形相だ。
「アニカ嬢。そなた、リリア嬢がそなたを階段から突き落としたという証言を撤回しないね?」
王が落ち着いた様子でアニカに尋ねた。アニカは王をちらっと見てから下を向いて少し黙った。アニカの旗色が悪い状況だが階段から落ちたことについては何の証拠もない。やったという証拠も、やってないという証拠もだ。自作自演だと認めては王家まで巻き込んで公爵家の名誉を汚したことになる。そうなればオーリリー公爵の実子でないアニカが公爵家でこれまで通りの優雅な生活ができるとは思えない。私は横目でアニカの様子を見守った。
「…撤回いたしません」
その言葉に部屋の中が静まり返る。やはりアニカは自作自演を認めなかった。リリアさんがやっていないという悪魔の証明ができないのだから、自分の罪を認めない方が良いと考えたのだろう。
「そうか。残念だ」
王は静かに言った。少し笑っているようにも見える表情だ。残念だ、ということは王はリリアさんの味方だということだ。リリアさんを見ると、目を閉じて口元をゆがめている。
「アニカ嬢。リリア嬢はそなたを階段から突き落とせないのだよ。それを証明できるんだ」
王は楽しそうに笑ってみせた。アニカが信じられない、という表情で王を凝視している。オーリリー公爵が王の代わりに説明を始めた。
「侵入者が屋敷に入ってから魔術師を呼んだだろう。屋敷に結界を張るのに加え、お前に守護の魔術をかけてもらった。お前を悪意のある攻撃から守り敵に反撃する魔術だ」
細かいことは私にはわからないが、オーリリー公爵は屋敷に私という侵入者が入ったことを重く見て魔術師を呼んで対策していたらしい。守護の魔術…?
「えっ…治癒の魔術ではないのですか?」
アニカ自身魔術をかけてもらった覚えはあるようだが内容について誤解していたようだ。私がカンチョーをして肛門を痛めていたのでそれを癒す術だと思っていたらしい。
「危険な術でもあるからな。甘えたなお前に話すと怯えるだろうと黙っていたのが仇になる…いや功を奏したと言うべきか」
オーリリー公爵はやれやれといった様子で再び椅子に腰かけた。
「王家の全員とイザークの婚約者であるリリア嬢にもかかっている高度な魔術だ。悪意のある攻撃を受けると相手に対して攻撃魔法が自動で放たれる。まあ暗殺や誘拐防止のための自衛だ。心配するな、友人同士でじゃれてひっぱたいた程度では発動せん。相手を害そうという気がなければな。かなりの対価を要求されたはずだぞ?気の毒にな、公爵」
王がオーリリー公爵の説明を補足し公爵と目線を合わせる。公爵は苦しそうに目を伏せた。
反撃の魔術……あ―――!!あったあった!私はゲームのシナリオを思い出した。イザーク王子ではなく第2王子のルートで出たやつだ。黒い服を着た男に向かって光が放たれるスチルが頭に思い浮かんできた。確か第2王子が暗殺者に襲われたときその魔術が発動して暗殺者の―――四肢が吹っ飛ぶ。めちゃくちゃ危険な魔術じゃん!!それはかけられた本人に説明する責任あるやつでは!?
ていうかおい待て。それってもしかしてさっきリリアさんが私のカンチョーを止めなかったら本当に物理的に腕ふっとんだってこと?てっきり貴族に危害を加えた罪で投獄後そういう刑になるのかと思ってたよ。こわっ!!!
「つまりだ、アニカ嬢。そなたが言うようにリリア嬢がそなたを憎み階段から突き落としたというのなら、リリア嬢は魔術の効果で今ここに無事でいるはずがないのだ」
アニカの顔から血の気が失われていく。




