アニカと私
油の足りないブリキ人形のようになりながら振り返ると、立派な髭を蓄えた王が尊大な様子で私の回答を待っていた。
息を落ち着けて冷静に状況を分析すると、この場はどうやら事情聴取、簡易裁判の場のようだ。ゲームのイベントのようにたくさんの人がいる中でないのは幸いだが、リリアさんとアニカにとって重要な局面であることは間違いない。現にアニカはさっきリリアさんに冤罪をかぶせようと罪を訴えていた。
「は…花咲といいます…」
私はかろうじて名を名乗った。偽名を使うか一瞬迷ったが、嘘をつけない雰囲気があった。
「魔術師か?」
王の視線は私を吟味していることを隠していない。私は一応一般女子中学生だ。たとえ目上の人相手でもこんな緊張感のある会話をしたことがない。さっきまでの勢いを無くした私は急に緊張し声がうまく出せそうにないが、黙ったままでいるわけにはいかない。ここは中世ヨーロッパ風貴族社会だ。無礼を理由に首が飛ぶ。
「魔術師かは…わかりません。ただ、私は、リリアさんの無実を訴えたいです」
「ほう」
王は自分の髭をなでた。王の動向を見守る間に私は自分が目出し帽をかぶったまま立ち尽くしていることに気が付いた。この状況でこれはない。不審者すぎて印象が悪い。そう思った私はアニカの横に正座して目出し帽をゆっくり脱いだ。私の顔が晒されると、何人かが「あっ」と声を上げた。私の容貌が思っていたより幼く、〈小柄な大人〉ではなく〈普通に子ども〉であることに驚いたのだろう。王は私の顔をしばし凝視したのち、続けよ、と手で促した。
「リリアさんはアニカをいじめていませんし、階段から突き落としてもいません。私はアニカが階段から落ちるところに居合わせましたがリリアさんは階段の踊り場の奥の方にいて突き落とすには位置が遠かったです。リリアさんは無実です」
「証明できるか?」
王の後ろにいる眼鏡をかけた性格の悪そうな男が不遜な態度で問う。証明できるかと言われると。
「…できません」
「ほら見なさいよ!」
アニカは勝ち誇ったような態度で私を見た。アニカよ、キャラはどうした。皆の前で私と言い合いをして本性がばれたので開き直ったのだろうか。というかそんな顔しているけどあんたさっき自白したじゃないか。驚いて口から出まかせを言ったとでもごまかす気なのだろうか。
アニカは車いすを降り私から少し離れてひざまずいた。さっきまでのやり取りがあったので効果は半減しているかもしれないが怪我を押して殊勝な態度をとるさまは同情を誘う。
「陛下、この者は先日我が家に侵入した賊です。こんな得体のしれぬ不審な者の言うことなどどうして信用できましょうか。それにこの者は屋敷に侵入した折に私に暴力をふるったのです。姉の部屋に現れ、姉が目の前にいるというのに目もくれず私を狙いました。私を陥れようとしているのです。すぐに牢に入れるべきですわ」
本当なら私を捕え牢に入れるべき状況なのは正直アニカの言うとおりだと思う。むしろ速攻でそうしなかった王の度量がすごすぎる。今は顔を晒し子供であることが分かったことや、私が見るからに丸腰な上正座していてすぐに誰かを殺そうとするように見えないことで様子を見られているのだろう。もし捕縛されるなら転移の力で逃げるしかないが、リリアさんのためできる限り粘らないと。
「私が姉から受けていた仕打ちについては、そこにいるアリス嬢に普段から相談しておりました。きっと彼女が証言してくれますわ」
アニカに名前を出されたアリスはぴくっと体を震わせてアニカと王を見比べた。イザーク王子がアリスを心配そうに見ている。そんな様子を見て私は―――
「あんたまだそんなこと言ってんのかあああぁぁ!!」
再びブチ切れた。椅子に座っていた面々が驚いて少しのけぞるように椅子の背もたれに体を預ける。部屋の隅にいる騎士がいつでも動けるよう剣を構えた。
私はアニカの目の前に体を移動させ膝立ちになってアニカの両肩をつかんだ。
「あんたねぇ!これ以上ふざけると一生黄土色のくるぶしソックスしかはけない呪いをかけるわよ!初デートも初夜も子供の結婚式も死ぬときも全部黄土色のくるぶしソックスで思い出を染めるわよ!」
「意味わかんないことを急に何なの!?どこから出てきたのよ靴下の話なんて」
「アニカ!!」
私はアニカの琥珀色の瞳を見つめた。自分の表情がゆがんでいるのが分かる。アニカのことは決して好きじゃない。だけど。
「リリアさんを妬むのも、王子と結婚したいのも別にいいんだってそれは。私が気に入らないのは、妬んで嫌って王子と結婚したいがために自分を磨くんじゃなくて!自分がレベルアップするんじゃなくて!嘘をついてリリアさんが本当は悪くないことで!リリアさんを傷つけようとすることよ!!そういう陰湿なやり方じゃなくてもっと正々堂々勝負すればいいじゃんか!あんただって可愛いんだから!」
私は、アニカに不幸になってほしいわけじゃない。転移してくる前は地獄に落としてやるくらいに思ってはいたけど、ムカつくからって一生不幸でいてほしいわけじゃない。
「う…うるっさいわね!あんたに何が分かるのよ!」
悲しいな、と素直に思った。アニカを更生させたくて一生懸命説得したつもりだ。だけどアニカは考えを改めなかった。
言ってわからないならしょうがない。私はすっと手を組み人差し指を伸ばした。2発目のカンチョーをくらええええええぇぇぇぇぇ!!!
「おやめなさい!」




