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降臨しました

アニカの背中に汗が流れる。視界の右側に心配そうに自分を見ているリリアがいる。怯んではいけないとアニカは己を奮い立たせた。


(あんたは今日で終わりよ、リリア!)


「リリア嬢がそなたを虐げていたというのは本当か」


王は顔色を変えずにアニカに問う。


「う…うぅっ…」


アニカは手で顔を覆い嗚咽を漏らす。目の端に涙がにじんでいるが、もちろん悲しくて出た涙ではない。口の中を噛んだ痛みで出た涙だ。


「このような場所でお話しするのは私の本意ではございません。ですが陛下の御前で嘘を申すことはできません。……姉が私に嫌がらせをしていたのは事実でございます」


アニカは辛そうに顔をゆがめる。いじめられていながらも姉の名誉を守るため耐えていたがとうとう事が露見し姉が破滅することを心底悲しむ妹の演技だ。迫真の演技にたいていの人間は騙されるに違いない。


「以前から姉がやったとしか思えない状況で物がなくなったりドレスの内側に針が刺さっていたりしました。そして…2日前、ご存じの通り階段から突き落とされてしまったのです」

「理由はなぜだと思う?」


王は全く表情を変えない。王妃も扇を顔に当てたまま柔らかい微笑みを崩していない。アニカの心臓の鼓動が早まる。


「私が実の妹ではないからです。私の父は平民の女性と逃げてしまうようなろくでもない人間ですし、母の家門は子爵家です。私が公爵家を継ぐのは相応しくないと考えていらっしゃるのだと思います」


アニカは悲しそうな表情を作ってリリアを見た。リリアもまた悲しそうにアニカを見つめている。


(裏切られたって気が付いた?可愛い妹を演じるのがどれだけうざかったか。今日であんたは終わりよ、リリア!)


「姉リリアはイザーク殿下の妃には相応しくありません!」


ざあっ。言葉にした瞬間にアニカの全身を寒気が走った。


(何!?)


アニカは周りを見渡した。部屋にいるほとんどの人間の視線がアニカに向いている。おかしい。おかしい。アニカの予想なら、自分は憐れまれているはずだ。それなのに王も王妃も宰相も無表情。イザーク王子は眉間にしわを寄せて首を左右に1回ずつ振り、その隣に座るアリスはわなわなと震え歯を食いしばりアニカを睨みつけている。反対側に座る義父オーリリー公爵は怒りを隠そうともせず背中から炎が上がりそうな迫力だ。


―――全員が、私を軽蔑している。そう理解したアニカの背中の汗が止まらなくなった。自分を見つめるたくさんの瞳の色がすべて黒に見えてくる。居心地が悪くなり体を圧迫されているような気分になる。


(ど…どうしてよ?!リリアが私の前に何を言っていたって、疑いが完全に晴れるはずないじゃない!)


異様な雰囲気にアニカは怯み委縮した。


「な~に~を~」


子どもが低い声を出しているようなどこか迫力に欠ける音程の声が突然部屋に響いた。全員が驚きあたりを見回す。


「言っとんじゃあああぁぁぁぁ!!!!!」


視界の歪みとともに、怒号が響いた。



********



私みちるは怒っていた。めちゃくちゃ怒っていた。不安と闘いながら日付が変わるのを待ち、0時になってすぐ転移の力を発動すると、遠くからアニカの声が聞こえた。


「姉リリアはイザーク殿下の妃には相応しくありません!」


その瞬間頭が急速に沸騰した。


(どの口が言うか――――!!!!)


怒鳴らずにはいられなかった。やっばい、登場と同時に叫んでしまったから転移して出た場所によってはすぐ隠れなきゃ。頭が次第にはっきりして、視界がはっきりしてくると私は気が付いた。


目の前になんか知らないけどすっごく王様っぽい髭のおじさんと王妃様っぽいふくよかな美魔女、あと意地の悪そうな顔の眼鏡のおじさん。左にイザーク王子とアリス。後ろにそして右にこれまたダンディな茶髪でくせっ毛のおじさんと―――リリアさん!を、私は見下ろしていた。私はまるでステージの上かのように、きれいな刺繍がされたクロスが敷かれた立派な机のど真ん中に土足で立っていた。全員が突然何もないところから現れた私という異物にあっけにとられている。半分はTシャツにジャージ、目出し帽という奇抜すぎる寝る前の庶民ルックだからかもしれない。


「す…すみません!」

「あ―――!!あんたはっ!!」


私が反射的に謝ったのとアニカが叫んだのは同時だった。振り返ると長机の端に車いすに乗せられたアニカがおり、アニカの存在を認識した私は50メートル走を走る勢いで長机の上をまっすぐアニカに向かって駆けた。


「アニカ!」


リリアさんが手を伸ばしてアニカに向かって叫ぶ。後ろからアリスの「何あれ!?」という声も聞こえたが、私は振り返らない。


「あんたって子はあああぁぁぁ!!」


頭に血が上った私は長机を降りアニカの目の前に立ちふさがった。車いすに乗っていたアニカはとっさに逃げられず動揺している。


「アニカ!あんたねぇ!ちまちまちまちま嫌がらせを捏造して地道に状況証拠を積み上げて味方を作ってリリアさんを陥れようとしていたのに計画がばれてるかも!って焦ったの!?だからって伝家の宝刀自作自演階段ゴロゴロだなんて芸がないよ!二番煎じどころじゃないもんこの展開。大体痛いでしょ!?そこまで体張る!?」

「だからなんで全部お見通しなのよ!!!」


反射的に言い返し自白してしまったアニカは自白の事実に気づきうろたえた。アニカって私と本当に相性が悪いんだな。


アニカは普段家族や友人の前では甘えん坊で可愛い妹キャラを完璧に演じている。しかしアニカもなんだかんだ貴族のご令嬢。いいとこのお嬢さん。家族である母もリリアも、取り巻きとして侍らせている友人たちも皆品の良いレディなのだ。私のように勢いよくまくしたて大声で詰め寄る女はアニカの生活の中には存在しない。喧嘩するにしたって、「あ~らいやだ虫の羽音がしますわ」みたいな品の良い…いや良くはない嫌味をラップバトルか?みたいなノリで繰り広げるのが基本だ。なので私のノリにびっくりしてつい勢いに飲まれ突っ込んでしまったのだろう。結構ノリがいいな。


アニカの足に目をやると包帯がまかれていた。車いすの後ろにいた黒髪のメイドさんが「ただの打撲です」と小さく教えてくれる。あっこの人前屋敷に出た際にリリアさんに駆け寄った人だ。


「打ち身か…それだけで済んでよかったね。一応気を付けたのかもしれないけど…。でも気をつけなよ、今は若いからそれで済むけど30歳超えたくらいから打撲に弱くなって知らない間にぶつけた覚えのない謎のあざがたくさんできるってアキヒトくんのお母さんが言ってた」

「何の話!?」


横道にそれていると、我に返ったらしい宰相が控えていた騎士に合図を送った。しかし王が片手をひらひらさせて制止する。


「その方、何者だ」


低い声の迫力に一瞬体が固まった。


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