窓際
暖かい夕日の光を浴びながら
窓際、長い黒髪を靡かせて、僕の目の前で本を読んでいる。
左手で頬をついて、楽しそうな、でもどこか物憂げな顔で本を読んでいる君の記憶。
なぜか、この記憶がとても大切なものだってわかっているのに
今まで思い出せなかった。忘れてしまっていた。
心に刻みつけていたはずのこの光景が、いつしか心からなくなって大きな穴が開いていた。
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窓際、椅子の背凭れに身を任せ、朝を待っている。
項垂れた卓上ライトに照らされた原稿用紙に向き合うこともできず、
夢から逃げるために淹れた、コーヒーをただ呷っていた。
なにも生まないこの時間が、より一層過去を思い出させる。
出会い、希望、別れ、絶望。
自分の全てが頭の中を駆け巡った。
ペンを握る手に、もう力はなかった。
手にはもうなにもなかった。
君の好きだった本が、それを書いた人が、ずっと羨ましかった。
でもなれなかった。薄々気付いていた。
気づかないふりをして逃げていた。
夢、希望、そして君からも逃げていた。
卑怯者が宣う言葉を、臆病者が書く詩を
君は望まないだろう。
時計の針は四時三十二分。
もう少しで夜が明ける。
結局なれなかった、君の好きな言葉になれなかった。
積み重なった紙の山、それが生んだものはなにもなかった。
自分の無力さに呆れながら、ペンを置いた。
座っていた椅子から立ち上がる。
朝を迎えたら、君に会いに行こう。そう決めていたから。
軋む体を動かして、部屋を後にした。
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誰もいない、埃だらけの暗い部屋。
散らばった紙は隙間がないほどに床を埋め尽くしている。
壁にかけられた時計はもう呼吸をしていない。
机の上には古びた卓上ライトと欠けたマグカップ
埃を被った原稿用紙と、よく作られた万年筆だけが転がっていた。
埃に覆われた原稿用紙には、一文だけ書き記されていた。
『窓際、夢惑う君へ。』