玉響の放念
少女が目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドだった。
広いが、豪邸というほどではなく、こぢんまりした洋風な一室。ランプ、ドレッサー、バルコニー。本で見た様な「家」の姿。
「天国ってのはえらく華奢なんだな…いてっ」
胸のあたりが痛んだ。自分はまだ生きていることを思い知らされる。
「…って服は」
少女は下着以外の身ぐるみを剥がされていた。胸もレースの切れ端ではなく、包帯がさらしの様に巻かれている。
「リアが…助けてくれたのか?」
上半身を起こす。身体は痛むが動けなくはない。
ベッドから出て、かすかな光が漏れるカーテンの前に立つ。
勢いよく開けると、思わず目を細めた。
そこには、今まで見たこともなかった光景が広がっていた。
至って普通の、昼下がりの街。
煉瓦造りの家が立ち並び、ちらほらと人の姿がある。
少女にはそれが、特別なものに見えて仕方がなかった。
「ここ…」
「あっ、目 覚めたんだね!」
声の方に目をやると、扉が半分開いており、リアが顔を出していた。
「もう、だめじゃない!寝てなきゃ!」
リアは扉を閉めると、小走りで少女の方へ近づいてくる。
「え…あぁ、もう大丈夫、ありがと」
「そんな早く治るわけないでしょ!!」
リアはベッドに座る少女の胸の包帯に手をまわして、ほどき始める。
「はっ…ええ、いや」
突飛な行動に、少女は思わず赤面し手をどかそうとするが、そのかいもなく包帯は はらりとベッドに落ちた。
リアは少女の傷を見るなり、思わず声を漏らした。
「うそ…もうほとんど治ってる」
中心都市から車で30分ほどの、郊外にある小さな街。
赤い屋根の家の一室に、2人はいた。
「あのあとあなたが気絶しちゃって、そしたらそこにちょうどいい台車があって…」
リアは昨日の出来事を伝える。シャツを借りた少女はパンをかじりながら静かに聞いていた。
彼女はリア=オリファント。少女の命の恩人だ。
「そしたら…あ、そういえばあなた、名前は何ていうの?」
少女の頭に二文字の言葉が浮かんだ。しかし、首をふって答えた。
「さぁ…。何か呼びやすいのを考えてくれ」
「いいの!? ええっと…」
「すぐじゃなくていい」
何気ない会話、そうでない会話。
少女はリアとの話の中で、いくつかの情報を得た。
しばらくすると、屋敷の玄関口から物音がしたので、少女は少し身構えた。
「あっ、ママが帰ってきた!ママ!」
どうやら親が帰宅したらしい。リアの父親は政府関係者で、母は専業主婦だ。
三人家族で生活しているが、父親は忙しく、たまにしか帰ってこれないとのことだ。
「リア…申し訳ないがお前の母さんに会うことは出来ない」
しかし、少女はリアの母親との面会を竣拒した。
「どうして?」
「人にはそれぞれ適応できる環境ってもんがある。わたしとリアじゃ…位が違いすぎるんだ。」
リアはその一言で別れを察した。
「いや、そんなの…せっかくお友達になれたのに…」
ベッドにすり寄って、少女の手を握る。
「友達、か」
軽い深呼吸を済ませると、少女はリアの背中に腕をまわし、抱きしめて言う。
「ちょうど一週間後、集落一体で宴があるんだ」
くちびるを噛み堪えていたリアも、涙を流しながら聞く。
「おまつり…?」
「あぁ。そんときまたあそこで会えたらいいなって」
リアは嗚咽しながら、何度もうなずいた。
階段を登る足音が大きくなっていく。
少女はバルコニーに出て、洗濯された上着と帽子を手に取ると、小さく手を振って二階から飛び降りた。
「あ…」
リアも立ち上がり地上に目をやる頃には、少女の姿は見えなくなっていた。
「リア?どうかしたの、そんなところで」
「ママッ、あのね!!」
はっとして、喉の奥に何かが詰まったように話すのをやめる。
「なんでもないの。えへへ…!」
リアは、名もなき少女との約束を貫くのであった。