開放
風も吹かない、ただ不穏な空気だけが立ち込める廃工場。
【PUNCH EYES】は予定通り、仕事中の【DREAD】を追い詰めた。
しかし、そこに少女の姿はなかった。
「追い詰めたぜ、【DREAD】さんよ」
ボスは、余裕の笑みを浮かべる。
『組織』どうしの抗争は日常茶飯事で、こういった男達の唸り声はいつもどこかで響いていた。
この集落だけでも十数個もの『組織』が影を潜めている。彼らはその中の一つに過ぎない。
「けったいなご挨拶だなァ!?」
狐顔の男が、顎を突き上げながら威嚇する。【DREAD】の下っ端だろう。
「今日は噂の妙な女はいねェようだなァ」
【DREAD】たちが隙を見せた途端、
「終わらせてやれ、ミオ!」
天井の骨組みから、少女が飛び込んできた。
握りしめた銃剣が狐の喉仏を付きかけたが、
「止まれやあああァァァァァァ!!!!」
狐は叫び、少女に腰から取り出した物体を突きつけた。
「こいつ…チャカ持ってやがる!ミオ下がれ!」
「…ッ!!」
廃工場に発砲音が鳴り響いた。
狐が、リボルバーの引き金を引いたのだ。
「くっ…!」
間一髪で少女は飛び跳ね、鉛の玉は地面を鳴らす。
「けっ…運のいいやつめ」
あたりが一瞬のうちに緊迫する。
ジリジリと、靴が地面をこする音だけが空間にこだまする。
狐は続ける。
「虫けら共ォ、今すぐ引けェ!」
少女は命令に従い、ゆっくりと後ずさりする。
誤算だった。この不景気、ましてやスラムでは拳銃一丁手に入れるのでさえ困難で、『組織』の抗争には鈍器や刃物がよく用いられた。
「女。そのままさっさと帰りなァ。どうせソレに弾なんて入ってねえだろォ?」
少女は何も言わず、小銃を握りしめ、ただ後退した。それで事態は収束するかと思いきや、
「今だッ」
【PUNCH EYES】の一人が不意をついて狐に殴りかかるが、あっけなく敵に押さえつけられた。
「ああァァァァァァァァァァッ!!!!!動いたなァァァァァァ?!」
狐は狂気じみた形相で、もう一度引き金を引いた。
それが向けられていたのは、少女だった。
ドン、という音が全員の耳をつんざいた。
廃工場の出入り口あたりまで下がっていた少女の胸元に、銃弾が食い込んだ。
「あひゃひゃひゃひゃーーーーーッ!!撤退しろォ!!」
煙を巻くように【DREAD】が逃げていく。数人が追いかけるが、銃を所持する相手に向かっても見込みはないだろう。
少女は半壊した、藁の入ったコンテナの上に仰向けに倒れ込んだ。
男達は初めて、銃で撃たれた人間の血飛沫というものを目にした。
「ミオ…!」
「行くな」
場に残った二人の【PUNCH EYES】の内の一人が様子を見に行こうとするのを、ボスは遮った。
「どうして…」
「心臓に入った。ありゃ確実に死んでいる。…そうでなかったとしても出血で死ぬ。
お前はあいつを助けた後、治療して介抱できるのか?」
現実を突きつける。
「いいか。切り捨ては大事だ。また別の用心棒を探せばいい」
まだ日が沈まりきらない空の下、敗者たちはどこかへ消えてしまった。
『ミオ』という人間は、ここで死んだ。