遠い記憶
いつのことだろうか。
わたしは男に手を引かれ、よろめきながら歩いた。
「しょうがねえ。限界が来ちまったんだよ。お前の母親は」
男が独り言のようにつぶやく。
「名前はねえのか?…いや、喋れるわけねえか」
わたしは教育を受けていなかった。話せるようになったのも、ノアたちと出会ってからだ。
「適当につけといてやるよ。シーファだ。覚えておきな」
無言で歩いた。
集落の地下街は暗かった。同じような境遇の子供が、手を引かれるわたしを羨んだ。
「いいな…」
わたしはずっと、無言で歩いた。
「こいつの父親はロンドンの方で科学者をやってんだ」
「へぇ…じゃなんで子を売りに出したんですかい?」
人攫いの薄汚れたアジトで、意味も分からず男たちの会話を聞いていた。
「そりゃあ不本意だったんだろう。ロンドンの紳士がこんな集落の女に身籠らせるなんて恥だろ。奴は仕事でこっちに来てただけだった」
「随分と残酷な話ですねぇ」
男たちは憐れむような眼でわたしを見る。
「俺らにゃ関係のねぇ話だ。こいつぁ高く売れるぜ…まだ小さすぎるが」
「ですねぇ」
下っ端が異変に気づく。
「ありゃ…こいつ腕から血ィ流してますぜ。しかもなんか周りが青黒く…」
「なんだぁ蚊か?傷があっちゃ困るぜ…塞いどけ」
男はわたしの腕に包帯を巻きつけた。
しかし、数ヶ月経っても変色は収まることはなく、わたしは再び捨てられたのだ。
集落の地下に戻って、また道行く人を眺めた。
長い長い時間をかけて。