衝突
5階建ての廃墟から地上を見下ろした。
間もなくして、2人もまつりに続いて顔を出した。
「1人でやることなかったのに」ノアが言う。
「今ならいける気がする…。わたしこそ最近は助けてもらってばかりだからな」
そうだ。何もせずくたばってしまうなら、やるほうがマシだ。
冥土からの迎えなんて待ってやるものか。
「リアの予感が正しければ誰か来るはずだが…」
すると、視界の反対方向から妙な金属音が響いた。
「なんだ」
「伏せろッ!!」
閃光の後に鼓膜を突き破るような音が体中を反射した。
廃墟はぐらりと揺れる。
「きゃッ!!」
「畜生!」
屋上に投げ込まれた物体は爆弾であった。同時に、刺客がもう近くにいる事実が明らかになった。
炎は血の上を広がり、弱くなった。
まつりは先程の鉄パイプを死骸から抜き取り、階段へ続くドアに掛け固定した。
「リア、ノア、飛べるか!」
そう言って現在の建物から隣の建物の屋上へ飛び移った。
溝が狭かったため難なく成功した。
見ると、向こう側から男たちが這い上がってくる。
「見つけたぞ、お前がボスをやった犯人だな」
3人の男はナイフで威嚇する。重火器を持っていないようだ。
「ちっ…【PUNCH EYES】に追われてたか」
ノアは男たちの目元から正体を暴く。くっきりと入れ墨があった。
「へへ、わりーがここで死んでもらうぜ」
一人がそう言った瞬間、大通りの向こうからエンジン音が聞こえた。
大型の軍用車両が一台停車し、男たちと対峙する。
「な…軍だと?」
まつりは屋上から下を見ると、大勢の【PUNCH EYES】が集まっていた。
「わざわざ総出か…なにがしたいんだか」
ノアはそう言うと、彼らの先頭に見覚えのある男を見つける。
「まつり、あれボスじゃない?」
「ああ…麻酔から覚めてここまで来たらしい」
大通りの東西で、【PUNCH EYES】のバギーと軍用車両が睨み合う。
軍用車両から数人の憲兵が出てき、その中の一人が話しだした。
「現在この地区を占拠している反社会的勢力に告ぐ。今すぐ出頭し、収容所に行け」
「この地区のパンデミックは収束が不可能と判断し、これ以上被害の拡大を防ぐため国会で処分案が可決された」
「一週間後、飛行船による爆撃を開始する」
場が静まり返る。
無茶苦茶だ。解決できないから破壊して何もかもを白紙にすると。
少し間が空いて、男たちが騒ぎ出す。するとそれを静止するように、【PUNCH EYES】の奥のバギーから何者かが歩いてきた。
背が高く、大きな眼鏡をしており、髪はボサボサだ。
「憲兵の皆様…これはこれはどうも枢要なご判断をされたようで」
落ち着いた低い声で話し出す。騒いでいた男たちも静かに聞く。
「私、以前ロンドンの方で科学者をやらせていただいてまして。まあ…いろいろ実験薬を作っていましてね」
「体内のウイルスを消滅…いわば感染者を元の状態に治せる薬が完成間近なわけです」
「結果的に何がいいたいかと言いますと…、この大切な同胞のみなさんを収容するのはよして、薬の完成を待ってて下さいな、ということです」
しばらくして、この憲兵の統率者らしき者が答えた。
「では一週間猶予を与えよう。それまでに解決し連絡をしろ。なければ予定通り爆撃を開始する」
そう言って、憲兵はいそいそと現場を離れた。
なにかがぶつかる、というリアの予感は、このことだったようだ。
とにかく一週間以内にこの場所を離れよう、そう思った瞬間だった。
科学者の腹部から、山刀が飛び出した。
「!?」
科学者は慌てて山刀を抑え出血を防ぎ、注射器を腹部に挿し込んだ。麻酔だ。
「はあッ…どういうつもりだ…五箇条君」
山刀を刺したのは【PUNCH EYES】ボスの五箇条だった。
全員の武器が五箇条に向けられる。当然、裏切り行為だ。
まつりたちに迫っていた男たちも下に降りて、五箇条に刃を向けた。
「お前ら、騙されるんじゃねえ。こいつが作ってるのはウィルスを更に増幅させるものだ。俺たちはそれを守るため利用されてんだよ!」
「おやおや五箇条君…勝手なことを言うのはよしたまえ」
「ほざきやがって。お前の目的は政権を乗っ取り…このウィルスでこれからの戦争を乗り切ることだ。お前の手記にそう書いてあった」
小さなノートを地面に叩きつける。科学者は眼鏡を持ち上げる。
「ほう…でもどうでしょう。今のあなたに味方がいるのか」
科学者は男たちに護衛されながらゆっくりとバギーに乗り込む。
そして数人は、五箇条に襲いかかる。
「くそ…これじゃあいつの思う壺だ!」と五箇条。
「うるせえ、裏切り者が!」
乱闘の場と化した大通りを見下ろした。
「まつりちゃん、ノアちゃん、どうしようか…」
まつりはじっと眺めて応えない。
「面倒だけど…彼の意見も否定できないよね。隠れてて」
ノアはそう言って屋上の縁に立ち、いつかの麻酔矢を下に向けて放ち始めた。
彼女の弓の腕は相当だ。矢を喰らった男たちはノアの存在に気づく前にバタバタと倒れ込んでいく。
最後の一人…すなわち五箇条だけになった時、彼女は弓を放つ手を止めた。
「その武器下ろしたら…殺すのはやめてもいいけど」
「…!」
五箇条は謎の敵全滅がノアの仕業だったことに気づき、ゆっくりと大剣を地面に置いた。
ことが終わったことに安堵したリアが、再びまつりを見た。
「まつりちゃん…さっきからなんか変だけど…大丈夫?」
まつりは目を見開いて、両手で米上を覆いながら、恐る恐る口を開いた。
「本当に…父さん…なのか…?」