生存者
5メートルほどの石造りの門。壊せそうにはない。
周りには有刺鉄線に錆びた看板。”WARNING!”の文字の横に電流のようなイラストがある。
「この辺にはあまり来たことなかったんだが…簡単には越えられなさそうだな」
「あたしが来た時は開いてたのに」
来る者去る者を拒むように、しっかりと施錠されている。
するとまつりは、門に隣接されている監視塔をにらみはじめた。
地上8メートルほどの高さに設置されていて、2畳ほどの広さであろうか。状態は良くない。
リアは門の周りを風見鶏のようにぐるぐると見回す。
「誰かいるな?」
いきなり飛び出たまつりの声に、リアははっとする。
「…」
返事はない
「まつりちゃん?どうかしたの?」
リアはまつりに尋ねるが、まつりは返さない。
「おい。返事をしろ。生存者か?」
するとどこからか気だるげな舌打ちが聞こえ、狭い監視塔の上で何かが蠢いた。
「…まだいたんだ」
女の声。ふてくされているようだ。容姿は確認できない。監視塔の中で横になっているようだ。
「こっちに2人いる。おそらくだが…まだ生存者がいるはずなんだ。そこに上がれるのは軍の人間だけって聞いたが…何者だ」 まつりが言う。
帽子の鍔を少し上げ、顎を引き監視塔を見つめる。
それを聞いた女は、ゆっくり身体を起こした。
林の方を向いているため顔は確認できない。汚れた軍服に白髪。若い女のようだ。
「人だ!」
「やっぱりな…今すぐこの門を開けて欲しい」
リアは歓喜の声をもらすが、まつりは単調に要求だけを伝える。軍人ではない可能性は捨てきれないが、権力のある者の気を立たせてはいけないことはわきまえている。
「…」
「おい。…生きてる人間か?」
何より困るのはその人間が『なにか』であることだ。この現象が起こっている範囲は計り知れないが、もしこの集落の外は感染していないとしたら…。
監視塔から降りれば、簡単に林に出られる。そうなればリアの街に行くことも容易い。
「悪いけど僕の力では門は開かないよ」
意識はあるようだ。危険性は低くくなったが、発された言葉に納得する訳にはいかない。
「…今、門の向こうがどうなってるか分からないのか」
まつりは女を問いただしはじめた。
「訳わかんねぇ感染症に侵されて、みんな死んだ…いや、人を喰らい始めたんだ。1人でも多くの生存者をそっちに寄越す。それがお前の仕事じゃないのか?」
冷静さを欠いている。リアはそれに気づいて、まつりの元に駆け寄る。
「まつりちゃん!」
「お前は何の為にそこにいるんだよ!頼む、こっちには元々街の方にいた人間がいるんだ!!」
理解し難い感情が脳裏を焦がし、考えを蝕んでいく。その不甲斐なさに、まつりは押し潰されそうになった。
勢いよく膝をつき、肘を地面に打ち付けた。
「わたしはどうなってもいいから…リアは…リアだけは助けてやってくれ…こいつは本当に…本当に何もしてないんだ…!!!」
自己犠牲の精神、だけでは言い表せないようななにが、まつりの身体を震わせる。
リアはなにも言えず、ただ立ち尽くした。
女の顔は見えない。
「実を言うと僕は軍の人間じゃない。やめてきたんだ」
「!!」
まつりが顔を上げる。
「帰ってくれ」
その一言はまつりの不甲斐なさを憤りにかえた。
分厚い雨雲は、思い出したように雨粒を落とし始める。
背中の小銃を握り、ストッパーを外そうとする左手をリアが掴み制止する。
まつりは静かに呟く。
「…止めるな」
「まつりちゃん…なにか…ものすごいのが来る………気がするの」
今度はその一言がまつりの憤りを危機感に変えた。
「本当か?どこからだ」
「えと…あっち」
リアは自信なさげに南の方角を指す。2人が来た道とは反対だ。
考えている暇などない。まつりは立ち上がって、リアの手を握る。
「脅威になるなら隠れるぞ」
門の向かいに建つ空き家の扉を蹴破り、建物の二階に上がる。
ちょうど先程いた位置を見下ろせる窓があったので、そこにしゃがんだ。
「ごめん、あたしまたへんなこと言っちゃって…」
「気にするな」
その窓は、女のいる監視塔と同じ高さの位置にあり、その中で女が両腕を後頭部に回し、横になっているのが見えた。相変わらず顔は見えない。
しばらくすると、四輪駆動車の音が聞こえてきた。
とっさに反応し、窓から顔を伏せる。
車はエンジンを大きくふかしながら、足跡を消してゆく。
「生存者がいる…。でも何なんだよ、こんなところに」
まつりにとって車は不慣れなものであり、動揺を隠せなかった。
「どこいった…?」
ひたすら目で車の影を追っていたが、死角に入って見えなくなる。それと同時にエンジンの音もしなくなった。
雨音だけが響いた。
数分後、やっとまつりは自分に銃口が向けられていることに気づいた。
「―――――ッ!!」
素早く小銃を向ける。そこには見慣れない男達が3人立っていた。
「…状況判断をしろ」
男が言う。あたりを見ると、部屋の隅でリアが男に押えつけられていた。
「はなして!」
「おっとぉ…暴れるなよ、嬢ちゃん」
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
溶岩のように湧き出る憤りと罪悪感を殺して、小銃を足元に投げ、両手を挙げた。
「…賢い判断だ」
布切れで目隠しをされ、2人は車に乗せられた。
雨に濡れているせいか、それ以外か。
まつりは震えが収まらなかった。