一縷の望み
あれから3日ほど経った。
街は活気を失い、そこかしこに血痕がある。
かつて賑わった広場も、荒野のように廃れてしまった。
【わたしは何度か外に出た。
『なにか』との戦闘を通して、解ったことがいくつかある。
1つ目は、奴らは人間を噛むことでそいつを同じ『なにか』にできる。
様子から察するに、接触により何らかの病原菌が体内に侵入している。
広範囲に及ぶ感染症…というのが適当かもしれない。
2つ目。奴らは人間に強い興味を持っており、光や匂いにも反応できるのだろう。
知性はあまり見られず、人間を見ると一直線に襲いかかってくる。武器は持てない。
3つ目。奴らは簡単には殺せない。今わかっている方法は一つ、心臓を破ること。
身体は非常に脆く、刃物や尖ったものなら力を入れると突き刺せる。
首を落として視力を奪ったり、足を崩すことは出来る。切断部分の再生は不可能。
しかし、浅い切り傷などは簡単に治してしまう。厄介だ。】
記録を書き残し、ノートを閉じる。
まつりは立ち上がると、椅子に座ってうたた寝をするリアを起こす。
「あぇ…あたし寝ちゃってた?」
「無理もない。それよりやっとお前を家に帰せそうなんだ」
さすがに2人は疲労を隠せなかった。
しかしこの3日間で、まつりは集落からリアの街に通じる門へのルートを切り開いていた。
林を隔てた2つの土地。何の罪もない少女を、これ以上絶望の地に留めておくわけにはいかない。
手書きの地図を頼りに、路地裏を抜けていく。
しかし『なにか』はずっと同じ場所にいるわけではない。生存者を求め、自らの境遇に引きずり降ろそうとしてくる。
「チッ、やっぱりいるか」
路地裏から広い道に出ようとしたまつりの目に、影が2つ映る。
「横断して、あっちの小道まで行けるか」
「うん」
悩む暇などない。一人なら駆け抜ければなんとかなりそうだが、リアを逃がす為にはこれが最適性だろう。
「こっちだ、ノロマ!」
勢いよく地面を蹴り、銃剣の後部で一体の顔面を殴る。
『組織』の頃、対人用に木製の小銃の後部を鉄板で加工した。
こんなもので殴られたら、普通の人間なら骨折では済まない。
「がッ」
『なにか』は成す術もなく倒れ込んだ。
その胸に、銃剣を突き刺す。
復帰させる気などない。確実に貫く。
人間の姿を捉えたもう一人の『なにか』が、よろけながら近づいてくる。
道路を大きく旋回し、それの気を引く。
「今だ、行け!」
まつりの合図と共に、リアが一目散に走り出した。
『なにか』がリアの方に目を向けた瞬間。
「お前の相手はこっちだ!」
速すぎて、リアは何が起こったか解らなかった。
ビュン、と風を切る音。『なにか』はそれと同時に目を塞いで叫んだ。
「ゔゔゔああああ」
銃剣が目を潰したのである。リーチが長い為、使い方は自由自在だ。
「お前も痛かったりするのか?」
ターンし、回し蹴りを喰らわす。鈍い音がなり、頭から倒れた。
まつりは思いついたように、尖った木の棒を手に取った。
1メートルほどで、太さは5センチ程度。オークの枝だ。
目を抑えて悶え苦しむ『なにか』に馬乗りになり、一気に刺し込む。
悶絶が響き渡った後、静寂が訪れた。
「くくく…面白いな、お前」
「まつりちゃん!他の人が来ちゃうよ!」
無事小道にたどり着いたリアが声を上げる。
「…ああ」
刺したままにしてやる。
どうもこいつらを前にすると、衝動が抑えられなくなるようだ。
これが続いては命を落とすのも時間の問題、リアの命を守ることなんてもっての他である。
不穏を具現化するかのように、分厚い雨雲が太陽を濁す。
昼下がり、2人は門の前へと辿り着いた。