九、訪問者
将軍アラン、その人は、カムカヌカを守護した。
ヨルの振り下ろした刃をカムカヌカの代わりにその胸元に受け、傷口から舞い散る甘く紅い花弁は、舟の外へ飛ばされていった。
困惑するカムカヌカの視界をアランの長い髪が遮っている。
アランは右腕の肘から先を失っていた。
恐らく、先の戦闘で甲板に落ちていた花弁が、それだったのだろう。
「緑を傷憑く事は、わたくしたちは許しません、」
カムカヌカを庇い立ちはだかるアランが、ヨルにきっぱりと言い放った。
強い口調だった。
「笑わせる、お前らも緑には拒絶されよう、」
胸元に刺さる柄を握ったまま、近距離で睨めるヨルが馬鹿にした声で囁いた。
八花の様に舞う花弁だけが、純粋にこの場に存在した。
「そういう高飛車な態度が僕は、大嫌いなんだ、
畏怖するものは、素直に、恐れたら良い、!!」
ヨルは皇帝を連想させる圧力でそう叫んだ。
それでも冷たい表情のままアランは無数の金細工を鳴らし、ヨルの腹部を真っ直ぐに蹴り飛ばした。
「、!ぐう、、っ」
負傷している脇腹にアランの蹴りを食らったヨルは、痛みを噛み潰して踏み止まる。
足技と同時に、アランは胸元の刃を自ら強引に引き抜くと、ヨルの後方で縮み上がっているネインに向け、高速で攻撃した。
刃は何か魔法をかけられたのか、光を纏い、空を裂いた。
咄嗟に守護出来ず、ヨルを掠めた光弾刃は、硬直したままのネインの世勉のベレエ帽を粉々にした。
同時に初めてあらわに成ったネインの長い巻栗毛が、金炎に光り輝いた。
息つく暇も無くヨルが走った。
ぼたぼたと赤黒い血液を淋漓させるヨルは身を低くしてアランに近付くと、光彩を放つ。
鮮やかな虹。
とても激しい毒で構成された光だった。
まともに受けたアランが舟外に吹き飛んで行った瞬間、一面が濃紺の銀河に呑み込まれた。
舟が港を発たのだ----
静寂が、耳鳴りを呼んだ。
真白の甲板は何事も無かったかの様に不気味に静まり返り、眠たくなる速度で点滅を繰り返していた。
カムカヌカはしばらく放心状態だった。
走ってもいないのに、呼吸は浅く、じっとりと汗をかいている。
甲板には立ち竦むカムカヌカと、しゃがみ込んだネイン、両膝をつき肩で息をするヨルと、血溜りに動かぬ、肉体が存在していた。
「突然の乗舟、まことにご無礼を仕ります、」
聞いた事の無い声が甲板に響き渡った。
甲板の空間が奇妙に歪み、その刹那で三人の訪問者が姿を現す。
背格好はそれぞれ異なっていたが、皆同じ更衣を纏っていた。
深い蒼の長上着は頭頂から爪先迄を隠し、肌は一切見えなかった。
その中の一人がヨルの前に進み出る。
「事態は把握しております、船長・ユイルアロウ殿、」
「・・・・・・・・・・その名で呼ぶな・・・・舟を、保てなく成る、、」
ごぼごぼと咳をし乍らヨルが呻いた。
面倒くさそうに長上着の男を見上げ、目を細める。
そんな酷く手負いのヨルを労わりもせず、男は続けた。
「本日の戦闘により此れ以上の舟転は不可能と判断し、現時刻を以って、月の舟は我々、
天球法議会の監視下に置く事が可決されました。」
・・・天球法議会。
ヨルの口から何度も聞いた機関だった。
「ふん、、何時だって下らない事を議題にするんだね、」
ヨルが皮肉たっぷりに吐いた。
「噛み付かないで下さい、ユイルアロウ、貴方は負傷しています。
此の儘では舟もろとも嘘罪夜行きですよ」
「・・はいはい・・・だが君達は僕が噛み付くのを期待して要るのだろう、?・・
天球法議会の専属魔術師が直々に、しかも三名も其れだけを伝えに来るものか、」
ヨルがにやりと笑みを浮かべる。
長上着の男も恐らくあの布の下で、不適に笑っているのだとカムカヌカは思った。
「、まぁ、其れは又、別の話、
現在は血腥さ過ぎましょう、兎に角早急に、議会衛星へお越し戴きます。」
結局ヨルの了承を得る事はせず、長上着の三人は甲板に散って行った。
そして直ぐに、三方向で舟を覆う程の巨大な魔方陣が展開され、銀河を潰してゆく。
とりあえず胸を撫で下ろしたネインは、心配そうにヨルに走り寄った。
それを見たカムカヌカも、反射的にヨルの側へ向かう。
「大丈夫ですか、ヨル、・・・・・」
「・・・少し、疲れたかな、」
緑と赤い血でどろどろのヨルが力無く応える。
ヨルは苦しそうに息をついて、側に来たカムカヌカを見上げた。
「カムカヌカ、君は、魂だ、強力な緑だ、・・僕には、触れられない、
取引を望む事、天体団の黒髄を、払拭する、、、忌々しい、儀式なのだ、」
カムカヌカは黙って頷いた。
勿論、意味など、解らなかった。
ヨルはネインの頬の傷を指で撫でた。
先程アランが投げた刃が、実は少し当たっていたようだ。
カムカヌカは気付いた。
此の栗色の髪の少女の、僅かな頬の擦り傷から、真紅の花弁が零れ舞っている事に、。
間も無く三人の魔術師が展開した魔方陣が完成し、月の舟は議会衛星へ向けて転送を開始した。