八、刃
「毒で充足された夜に、共犯者を、」
神々しく滾りは静まってを繰り返す金炎の港、金天郷。
その黄金の灯りに照らされた美しい顔の色ひとつ変えず、再び緑を吐くヨルが言った。
「如何いう事なの、・・・・・・・・・ヨル、」
カムカヌカは自分でも驚く程に冷静だった。
普通の人間である自分の体内から緑が抜け出てゆくのを鮮明に感じていたが、特に動揺も起こらなかった。
首を押さえた右手の中の大量の緑を見ても、鮮血を噴出す包帯で巻かれたた自分を見ても、もう、何も、感じなかった、。
「宙論天文台への証が要る、君の肉体は犠牲、
忘却を恐れぬカムカヌカよ、忠告を逃した脳に、緑を格納せしめんとは、」
ヨルはそう応え、意味深に微笑んで見せた。
金炎の光の中に包まれたこの舟で、ヨルだけが銀に鈍く照還していた。
ネインは黙りこくったまま、包帯の取れた肉体を嫌悪の眼で観察している。
「逆光を飲み込む薄闇に、逆境を吐き出す白昼夢よ、死んだ街にも病んだ空にも、
肉片が遺るなかれ、迷う事に迷え、」
聞き覚えの有る言葉だった気がした。
遠い目をしたヨルが、本当に小さな声で独り言の様に言った。
何かに侵されているとしか思えぬヨルに、カムカヌカはそっと近付いた。
膝を折り自分を見上げるヨルが、なんだかとても哀しい存在に見えた。
勢いが収まりつつあるとはいえ、どくどくと自分から溢れ続ける緑が、ひどく冷たく背をつたう。
「失くすものなど何も無い、何も、」
ヨルはカムカヌカを見て目を細めると、抉れた脇腹を押さえ乍らゆっくりと立ち上がった。
二人はお互いをじっと見つめた。
腹の底を探る様に、動揺を映さぬ様に、哀れむ様に、だが、無感情に。
数歩離れたネインの緊張が伝わってくる。
祈る様な眼差しを向けるネインを他所に、やがてヨルは斜め後ろのカムカヌカの肉体の首元から刃を引き抜いた。
同時に倍近く出血した肉体を巻く包帯は、白色の面積を見る見るうちに減らしてゆく。
首根に再び激痛を感じたカムカヌカは奥歯を噛み締めた。
流るる緑が青青しくて、何故かそれが、心を安定させた。
「希望は叶ったかい、カムカヌカ」
ヨルは引き抜いた刃でカムカヌカの心臓を真っ直ぐに指し示した。
金炎が渦巻く港の黄金虫が二人の頬をかすめて飛翔する。
ヨルは辛そうにカムカヌカの薄っぺらな上着へ、刃の先端を押し当てた。
「平凡を呪おうが、君の明日はその手に必ず凶器を持っている、」
「・・・・・この舟は好きだ」
カムカヌカが応える。
静かな、静かな、精神状態。
「帰らないと云うのは嘘ぢゃない、刺すなら刺せよ、僕は緑だ、」
カムカヌカは無表情でそう告げた。
沈んだ蒼い瞳に、ヨルを映し込んで。
やがてヨルは唇を噛み締め、刃を引いた。
そして力いっぱい、攻撃した。
痛みは、無かった。
代わりに覚えの有る紗羅紗羅という耳障りな細音と、視界をいっぺんに塞ぐ白い刺繍布が靡くのを確認した。
そして、咽返る様なあの甘い香りが、カムカヌカの胸を襲った。
「眠れぬ夜よ、無意味な演技力よ、」
白い視界に無造作に爆発する、甘い香りを発して散舞する無数の花弁。
こちらに背を向けたその存在は、ヨルに対して攻撃的だった。
「貴方の様な躊躇いの時刻に、取引は満たせないわ、」
「アラン、」
カムカヌカとヨルの間に現れたのは、天体団・将軍、
アラン・コリアンスだった。