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月の舟  作者: ジョゼ
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三、甲板



「カムカヌカぁ早く来なよ、天球法議会ダ・ルマスク・ノルエに召還を騒がれてしまう、」




ヨルの侵入によって真っ黒の不気味な花畑になってしまった鳥---、蟲籠に、苛立った声が響き渡った。

死の舟などと呼ばれてしまった、月の舟の船長ギブダのヨルは、常にそばにおく怪しげな包帯人間を下ろし、腕を組んで、少し根暗で後ろ向きな少年、カムカヌカを待っていた。

カムカヌカは物思いにふけっていたが、はっと我に返り、少し遠くから声掛けしたヨルへ歩く。



「最悪、心臓ハルト提出及び、ここみたいな刑籠デソルサ行き、、何十年科せられるか、

 たまったもんじゃないぞ、果てには・・あぁ天舟そらぶねの全否定が可決されて・・・・・」



ぶつくさ独り言を並べるヨルはそこまで喋り、今言わんとしている事態を想像して顔を歪めた。



「そうだ・・・全否定が可決されたら、」


森井戸モニド行き?」


「しかも我令暖ガレノンの、」




「言うな。」




先程の“蟲”という双子の話を思い出していたカムカヌカの台詞に、タイル良く付け足ししたネインをヨルは素早く遮った。

うだるような暑さに成る我令暖ガレノン

その季節の森井戸モニドという場所は、カムカヌカは知らないので、かなりの憶測ではあるが、それはそれは鬱蒼としたビリヂヤンで溢れるような場所なのだろう。

しかし、何故それが怖い?



嘘罪夜ランタンヂオの処刑台なんかに来るから、そんな最低な言葉ワアドが闊歩するんだ、」



肩をすくめ、ヨルはやれやれと大袈裟に体言ジエスチしてみせた。

栗色の髪の幼い男の子、ネインはそれをみてくすくす笑っている。


「二度と僕の前で、あいつらのつまらない入れ知恵使うなよ、」


ヨルはカムカヌカをその紅い鋭く光る瞳で一瞥すると、足で地面をドン、と踏み鳴らした。

カムカヌカはヨルが地団駄を踏む程、怒っていると思ったのだがどうやら違うらしい。

その瞬間、黒かった花畑が、途端にもとの一面真紅に戻ったのだった。

暖色なのに、何とも悪寒のする空気が停滞する絨毯である。



「不条理な、蜜蜂一ト飛行不能な血墓ブロデヤか、」



たっぷりの毒っぽさを含んで言いてたヨルは、フンと鼻を鳴らしてふいに手を伸ばした。

そのまま宙を掴むような仕草をしたヨルの指先が、チリチリと小さないかづちを纏って、紙でも破くかの如く空間を裂いてゆく。

ビリビリという裂ける音と共に、あっという間に空間に穴が開いた。

しかしそれはどう見ても人ひとりがやっと通過できる程度。


「此処に入るの、」


まさか、という言葉を呑み込んで、カムカヌカは不満げな声を上げた。

狭き門を潜るのは嫌だ。


電線ドノマで吊るされたいなら別に良いけど、」


御好きな様に、とひらひら手を振るヨルは、あの包帯人間を適当に穴へ押し込み終わった所だった。

ヨルの手荒さに再度、目を細めつつ、天を仰ぐまでも無い、吊るされた白骨が鮮明にカムカヌカの脳裏を支配していた。



「瑕疵への守護ヴァルカ妄想オブセシオの砦、それが嘘罪夜ランタンヂオ



ヨルは静電気で踊る銀の髪を頬から払い、カムカヌカにそう告げ、ネインに目合図ウインカした。

そして楽しそうに跳間フラスタで空間の裂け目へ飛び込んで行った。



「ぼくも行きます、」



ネインがそそくさとヨルの後を追おうと、穴に近付いた。



「待って、ネイン、」



カムカヌカはネインの肩を掴んで、穴の端から引き離すと素早く質問をした。



「先刻の双子は、何者?」



カムカヌカは出来るだけ優しい声で尋ねた。

ネインがきょろきょろしながらぼそぼそと応える。



「・・・・蟲です、蝶々。・・夜葬ユルバの、、蝶、です・・・。」


夜葬ユルバ?、」



ネインは黙って首を横に振った。



「・・違う質問をしよう、森井戸モニドって、何?」



早くこの場を離れたいネインは、焦った表情でそわそわし乍ら手先を遊ばせている。



ビリヂヤンの大海原です、月の舟が唯一、停泊出来ぬ港、生命イノチの息吹です、

 眩し過ぎます、、」



「・・・・・・・・・・・」



「じゃあヨルが背負っている、あれは、」



「急ぎましょう、ヨルが待っています、此処に居過ぎては標本に成る、」



ネインは抑揚の無い読みで口早にそう言い、電光石火で裂け目に逃げて行った。

カムカヌカは溜め息をつき、二度と来る事の無かろう異次元なこの空間を見納め、少し躊躇しつつも、裂け目に飛び込んで行った。

籠の中には双子の不気味な笑い声が響いていた。

黒い太陽が一層強く燃えていた。











一瞬、ほんの一瞬でカムカヌカはそこに居た。

空間の裂け目に入り、瞬きをするときを挟んで、カムカヌカは立っていた。

真白ペートヴの床に真白ペートヴの壁、天井。

それは神話に出てくる、半日の儚き生命を持つ、幻蟲・プヴェル・トロンタの肌を想わせた。

ゆったりと精神を呪う病的な灯りは、眠りを誘う速度で点滅を繰り返し、棒立ちのままのカムカヌカを冷たく照らし出す。


ふと、視界の淵で動くものが見えた。

ネインだった。


彼は世勉ゼエベンの制服の一部であるベレエ帽の位置を直しつつ、カムカヌカから死角の通路へ滑る様に曲がって行った。

嫌われたかな、しかし他に行く当ても無い。

これから先はヨルに着いて行く他無いであろうカムカヌカは、少し重い気持ちでネインの後を追った。


真白ペートヴの急な螺旋階段が続く。

ネインの昇り切った足音と共に、話し声が聞こえる。

カムカヌカは一歩一歩、色々な事を考え乍ら上っていた。

包帯人間、証、喰われる、死の舟、、、、、

ひとつの結論は持論として既に出来上がりつつあった。

夜無空ヤナカラの朝の記憶が曖昧で、脳が痛むのも、合点のいく、非常に気の利いた回答がある。



(確かめなくちゃ、)



確かめてそうだったとしても、もう自分は反抗したりしない。

来たかった世界には違いないのだから。



(此処には全てが有る、今迄の全ての“僕”は無いけれど、僕が望んだ“全て”が有るのだ、)



再び胸を膨らませたカムカヌカが螺旋階段の先に見たのは、広大な銀河だった。


見渡す限り、星、星、星。


点滅する真白ペートヴの甲板は向こう先が見えぬ程で、この舟の巨大さを物語る。

漆黒のビロウドに宝石箱をひっくり返した様な星々が瞬くなかで、不規則に弧を描いて次々に消えてゆく星もまた多々存在した。

流星群だ。

なんと美しいのだろう。



「初めて見るだろう、ああして生命いのちは沈み、違い空を壊るゆく鳥に成るのだ、」



天を夢中で見上げていたカムカヌカは、背後からしただいぶ聞き慣れた声に振り向いた。

そこは丁度、舟の正面だった。

振り向いたカムカヌカに瞳を落とす事無く、同じく天を見上げたままヨルが言った。



ビリヂヤン無き者なら、気が向いた僕がひっつかんでやるよ、、、

 舟よ、リュヌの天舟そらふねよ、退路は有さず、月を廻れ」



ヨルは満足気な笑みで、甲板の一番先に有る椅子に腰を下ろした。

ヨルの隣はネインが素早く陣取ったため、カムカヌカは仕方なく、ヨル達と向かい合う位置の椅子に座った。

この椅子の先客(先刻からヨルが持ち運んでいる包帯人間)にあまり近付きたくないカムカヌカは、なるべく離れて座っていた。



「お似合いだね、」



ヨルがくすくすと笑い乍ら首を傾げた。



「何が、」


「その、だよ、きみと、其れの、」



包帯人間を指してヨルは笑った。

カムカヌカは少し気を悪くしたが、真正面から見られると、ヨルの瞳には畏縮してしまう。

まだ慣れない、冷たく美しい、ヨル。

ネインは椅子の縁に顎を乗せ、二人に背を向けて星を見ていた。

カムカヌカは気を取り直し、ヨルを見据えると、包帯人間を顎で指した。



「此れは、何、」


「特等機密」



用意していたかの様なタイルで、ヨルは即答した。

歯を見せて不自然な笑みを造るヨルに、これ以上聞いても無駄と見たカムカヌカは別の、おそらく答え易しと考うる問いを振ってみた。



「じゃあ、天球法議会ダ・ルマスク・ノルエって、何」


「ええ、そこ知りたいの、」



大して驚いた風では無い声を出したヨルは、足を組み替えて続けた。



天球法議会ダ・ルマスク・ノルエは最低な機関さ、何時いつだったか、天体団リーベン・ローエに潰された事が有る。集団による魔術師ウイザドの攻撃よりもひどい、修復と処理作業に、優李音ユリオンから地流孫チルソン迄かかった。何回、夜葬ユルバの蝶に黒髄を捕らわれたことか、今思い出して も許せない、母至団離カーチダンリも規制された僕に、砂礫を血を枯らしても歩けと言うんだ、

 酷いだろ、?」



「・・・・・・・・・・・」



ヨルは一人で頷き、再び続けた。



「骨を剥き出した痛みが解るかい?

 この舟は僕の精神なんだ、防御は最大の攻撃だと証明する存在ザイン天球法議会ダ・ルマスク・ノルエ の最高評議会に叩き突けてくれる!それなら未完の条令パルダだろうが、闇を欺瞞する下らない偶像ベベキも、何ひとつ恐怖の対象には成らないと、そう思わないか、カムカヌカ、」



ヨルの早口にカムカヌカの頭は真っ白だった。

同時に深く後悔と反省をしていた。

知らぬ言葉ワアドの意味を知りたかったのに、彼の口からはそれ以上に新言葉テムラウドが滝の様に溢れ出て来たからだ。

聞いてるのかと問いながらもまだまだ弾丸の様に話すヨルに、カムカヌカは気の無い適当な相槌を打って天を見上げた。


星は相変わらず、不規則に沈んで行った。

赤や蒼や紫の美しく尾を引く星々を見ていると、つい先刻の夜無空ヤナカラの灯が、既にカムカヌカの中で懐かしい過去に昇華されている事を思い知らされた。

ぶる、と身震いをするカムカヌカが、僅かな空気の冷え込みを感知した、その時だった。



「此処、良いかしら、」




凛とした声。

この声には、聞き覚えがある。

振り返った三人の目に映るその人影は。



「・・・歌手シンガア・・・・・・」




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