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月の舟  作者: ジョゼ
28/28

二十八、船団広場












カチャ、、、









ひとつの、扉が、僅かに開いた。




まるで眠っている何かを起こさぬ様に全ての神経を集中させる、慎重に慎重を重ねた、実に大人しい開扉だった。

その細い細い隙間から、何か小さなものが、ひらり、と、姿を現した。



それは、一匹の白い蝶だった。

蝶々はひらひらと辺りを漂い、扉前の廊下のその先を少しだけ伺うと、戸の端に停まって囁いた。





(誰も居らぬ、だいぶ遠くまで生者ラクタルの気配は無い、)





それを聴いて、カムカヌカはゆっくり、扉を開けた。

戸の外は、今居た倉庫内と同じく、就寝前の豆電球パラヒンの薄暗さで、真ん前に真っ直ぐに延びた通路の先は、あまりよく見えない。

カムカヌカは、ごくり、と、唾を呑んだ。




(幸い、此処に我々が落ちた事は、未だ気付かれてはいないらしい、

 まあ今頃、血眼で捜索しているだろうが、)

 



「・・・やっぱり、此処でじっとしていた方が良いんぢゃないですか、。。」





脳裏に直接、通話トルクしてくるコハクに、カムカヌカは小声で反抗した。

小さな蝶々のコハクは、ひらりとカムカヌカの肩に停まる。




(駄目だ、団長は船の命灯ユエ、いずれ見付かり、精神を奪われよう、)





団長---------



ここにきて、カムカヌカの中で薄らぼんやりとした存在でしかなかった天体団リーベン・ローエの現・団長という存在が、じわじわと喰い込む毒牙の様に、彼の心を占め始めていた。


いずれ、会わねば、何かは解らないが、何かが、終わらない、、そういう、存在。

ヨルにとっても恐らく、そういう存在、。





それに、と、コハクは続けた。



天体団リーベン・ローエ阿呆あほうな術者のお陰とも言うべきか、、驚いて手を離したのが運の尽き、

 天敵のビリジヤンを船内に見失うとは、此程これほど、此処を脅かす状況は無い、

 あらゆる機関・星団・帝国・組織に向け、戦争ランゼンの引き金を引いた天体団リーベン・ローエを戒 める機会チヤンセだ、畏怖シャナするよりも、其の、全てを産み出す命を、かざせ、)



「・・・、。」





カムカヌカは肩に停まる小さな蝶から視線を外し、溜め息をついた。


確かに、コハクの言う通り、真実の片鱗すら知らぬカムカヌカの目から見ても、天体団リーベン・ローエの行いには疑問を覚える。

それ以前に、カムカヌカは自分でも知らぬ内に、自分はヨルの味方であるという、気恥ずかし乍らも、その様な念が、感謝と共に沸沸ふつふつと燃えているのを自覚していた。


口をつぐんで押し黙ったカムカヌカに前進を促すかの様に、コハクが肩から舞い上がる。

ひらひら前方へ向かい飛んでゆくコハクを視界の端で捉えたカムカヌカは、静かに扉を閉め、そろりそろりとその後を追った。






「見付かったら、如何どう動きますか、」






先の見えない通路をひた歩くカムカヌカが不安そうに囁く。

長く狭い通路の豆電球パラヒンは、眠りよりも恐怖をいざなう。





(如何もしない、その為の衣装だろう、)



「、、、。」





衣装、と言われてカムカヌカは自分の着ている薄汚れた服を見下ろした。

これは、コハクに言われ、先ほどまで居た倉庫で掘り出した、天体団リーベン・ローエの作業服らしきものだった。

上着とズボンは繋がっており、しつこいほど幾つも物入れが縫われている。

所々、穴が開いているこの紅い服は、ひとつの寝袋シラフみたいな、カムカヌカの見た事も着た事も無いかたちの服だった。

ついでに言うと、カムカヌカはそれとおそろいの帽子をかぶっていた。

更についでに言うと、倉庫から武器になりそうな骨董を幾つか頂戴して来た為、服自体が重く、歩く度に金属音がするので、余計見付かる確率が上がっているみたいで気が気じゃない。


「紅いものを着て、髪の色さえ隠しておけば平気だ、」とコハクが得意げに言うので、これを着てきたわけなのだが、不安でしかない。

そんな単純なものだろうか、。。








もう一度溜め息をつきかけたその時、突然、視界が拓けた。










「・・う、わ・・・・、、!」







完全に油断していたカムカヌカが身構えるより早く、上げた眼前に広がる世界に、その神経は釘付けに成る。







-----二人が出たところは、ほんの小さな広場だった。



敷き詰められた石畳が丸い空間を作り、その中央には鐘を手にした彫刻が建っていた。

広場を囲む高層団地はどれも立派だが、暗く、静かで、窓も閉め切られている。

彫刻の足下の水溜めも、もう何年も使われていないのだろう、ひどく荒れていた。

カムカヌカ達の右手に続く細い道は緩やかな坂を成しているらしく、その上がっていく傾斜沿いにずぅっと向こうまで、こまかくひしめき合う、数え切れない家々が見て取れる。

同じくらい細くしか見えないそらを仰ぐと、吸い込まれそうな美しい銀河が広がっていた。

よく見ると、巨大な窓枠が見て取れる。

絶句するカムカヌカも、ここが船内なのだ、と言う事に、改めて気付く。


広場には今来た一本道と、その坂道しか続いていない様だ。









灰色に色褪せた高層団地を舞い上がって行ったコハクの帰りを待つ間、人気が無い事に安心したカムカヌカは、中央の錆びた彫刻に、ゆっくりと近付いた。



此の噴水が止まってどれ位経つのだろう、。



石段のへりに腰掛けて、カムカヌカは彫刻を見上げた。

野ざらしにされたまま手入れのされない彫刻は、雨にって流れた線のせいで、不気味に見える

運命テネイスに在る。

この彫刻も例外ではない。

鐘を高々と天に掲げた女性は、顔にその筋が幾つも造形を成し、泣いているとかでは無い、とにかく不気味に見えた。

それはこの女性が、下半身が四つ足の、ホルストルの様な異様ななりをしていたせいも間違いなくある。



肌寒い風がカムカヌカの頬を撫で、ぞっとしてカムカヌカは視線を逸らした。




と、足下で風に押され、カサカサと鳴る紙くずが在る。

興味津々、拾い上げたカムカヌカは、すぐさま肩を落とした。

それは新聞紙だったが、その文字はカムカヌカの読み書き出来る文字では無い。

そこに記されていたのは月の舟の中や、コハクに貰った絵の具に書かれていた文字に似ていた。

だが、所詮、見た事が有るというだけで、解読など出来やしない。

がっかりを否めないカムカヌカが力なく宙に放り出そうとした時、新聞紙の写絵ピクトに目が止まった。








其処には首や頭、腕にこれでもかと言う程、包帯を巻いた、------恐らく、ヨルが写っていた。








「、・・!!!」








カムカヌカは新聞にこびり付いた泥や土を払い落とし、写絵ピクトを覗き込んだ。



恐らく、というのは、仕方の無い表現だ。

それというのも、紙面で大勢の団員に囲まれ、無表情にこちらを睨むヨルは、今、カムカヌカの知る彼の姿とは少し異なっていたからである。





かなり色褪せた紙面では有るが、ヨルの髪が銀では無く、真紅なのがはっきり見てとれた。

真っ赤な王衣シヴァに身を包んでいるが、骨折しているのか左腕は首から吊られ、点滴ロキが胸元にまで幾本も刺さり、額には雑に包帯が巻かれている。

尋常では無いその不健康さに、カムカヌカは思わず眉根を寄せた。



そして何より、この写絵ピクトのヨルは、眼帯をしていなかった。

右目は・・健在だ。

両目とも、相変わらず冷たいあかを映している。





其処に写っているのは紛れも無く、皇帝シエラユイルアロウ、その人だった。







その姿を、カムカヌカは食い入る様に見詰めた。

紅一色だった頃の、ヨル、。


過去に一体、何があったというのか、、。

自分もその歯車に望んで乗った者だ、真実が、知りたい---------。







と、カムカヌカは記事が裏にも続いている事に気付いた。

新聞を広げてみると、ヨルの写絵ピクトと対を成す様にして、もう一人の人物が写っている。

その人物は、光に透けそうな金色こんじきの髪の、白衣を着た若い男だった。

男も健康そのものというわけでは無い様で、右目に眼帯、手首や喉元には包帯をしていた。








(此の髪の色、、。 天体団リーベン・ローエでは無い、のだろう、か、?)








しかし、右目に眼帯とは、・・・・。



何か考えを巡らせようとしたカムカヌカの瞳に、更に写絵ピクトが飛び込んできた。

白衣の男の写絵ピクトの下に小さく掲載されている、少女、・・。


笑顔を見せるこの巻栗毛の少女には、はっきりと見覚えがあった。














「ネイン・・・・・!?

 

 と、いう事は、この白衣は、・・!、」

















天体団リーベン・ローエ現団長・ナヴ=レカ、だ」
















「!!?!?、っ、」












唐突すぎる背後からの声に心臓ハルトを唸らせたカムカヌカは、前のめりにつまづき、派手に転んだ。

あまりにも奇抜な動きをしたカムカヌカを見下ろし、人型をとったコハクは、金色の瞳をすが

、不機嫌そうに口を結んだ。






もう一度、冷たい風が狭い広場に吹き荒んだ。





































































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