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月の舟  作者: ジョゼ
27/28

二十七、夕餉
















「ねぇ、一寸ちょっと、!」




紺色の跳ねた髪の少年は興奮して叫んだ。

手にはフォーク、斜めに分けられた前髪を留めるピンに、真鍮しんちゅうの光が交差する。




「其処のビート鹹煮からに味噌椿みそつばき、あと、小さめの豆檸檬まめれもんちょうだい、あ、勿論、乳塩蜜メルクソラニィたっぷりかけてね、!」

藍煌ランファン専属魔術師ベガ・ウイザドともあろう者が、みっともありません、さあ、静かに座って、少し、待ちなさい、」

「あ、五明ウーメイ、! 此方こちらにもウツラギ草の茹麺ピエネと、山芋餡やまいもあんを、」

「、ネイン、一角獣ユニカノン甘肉あまにくは食べられるかい、?」

「うん、多分、。でも僕、そっちの、真ッ平らの貝が、食べたい、」

五明ウーメイ、ラグ貝紅酒(べにざけ)蒸しと、ソーサー水、其れと、わたしに波布はぶ珈琲カルファ御代おかわりも、頼みますよ、」





好き勝手に飛び交う、和気藹藹わきあいあいとした会話に漂うのは、偽善でも違和感でも無く、純粋な、良い、香り、。

深い蒼の机を囲む全員が、意識する者しない者含め、穏やか過ぎる空気を生み出していた。

この舟には似つかわしくない、仄仄ほのぼのとした雰囲気を、さも、毒でも喰らったかの如く、しばらくの間、呆然と遠くから傍観していたヨルが、遂に耐え切れなくなって声を上げた。










「いい加減に、しろ、!

 

 此処は月の舟だぞ、!!!!!!!」









真紅の瞳で睨みをきかせたヨルの叫び声に、一瞬、ざわめきが失せた。







「・・・・ラグ貝紅酒(べにざけ)蒸しと、肉詰め蒟蒻こんにゃく、追加、」






「貴様は特に黙ってろ、!」






空気を読まず、さらりと発言した五明ウーメイに向け、すかさずヨルが規制する。

五明ウーメイが気に入らないヨルは、彼に対する態度の遠慮をめたらしい。

料理を載せた大皿を両腕に抱えた五明ウーメイは、肩をすくめると机に皿を置き、椅子に腰掛けた。







「ユイルアロウ殿、勝手な船内使用、どうかお許し下さい、」







湯気をてるれたての波布珈琲はぶカルファを一口飲み、立ち上がった小蓮シャオレンが、深々と一礼して、にこやかに云った。








「皆、空腹を弱っています、何時いつ天体団リーベン・ローエからの攻撃ヂルダを受けるとも知れぬこの状況では、目的地迄、我々が貴方を、身が裂けてもお守り致す他有りません、我ら議会衛星サテライト専属魔術師ベガ・ウイザド、必ず、御恩をお返ししとう存じます、。

 酷い蝕撃ダムアイズです、どうか、貴方は、御休息成されて下さいますよう、」








優しい笑みを浮かべた小蓮シャオレンは、もう一度、お辞儀してみせた。

其の後ろで藍煌ランファンが、そろりそろりと、口に料理を運んでいる。







「・・・・、、御休息、、ね、」







藍煌ランファンに向け、息を吹き掛ける仕草で魔法を放ったヨルは、疲れた様子で口角を吊り上げた。

ヨルの魔法で顔面に豆檸檬まめれもんを炸裂させた藍煌ランファンは眼を押さえ、水場を求めて部屋を駆け出て行く。

其の背中を、皆の哀れむ視線が追いかけた。










「本当にそう思っているのなら、何故、お前らは僕の寝室で晩餐会ド・ラフダフを催して居るんだ、?」









ヨルは苛立ちを極力押さえ、頬をひくつかせ乍ら、小蓮シャオレンを見据えた。



そう、此処は、ヨルの、寝室だった、。

ヨルは寝台で、砲撃にる痛みをはらんだ脇腹をさすり、真白ペートヴに点滅する月の舟で、しばし、休憩するつもりだった。

カムカヌカを引っ掴んでからと云うもの、実に色々な事が起こり過ぎて、正直、疲れた。

医癒合アリア・スエズへ着く迄、静かに、思考のメエル深く沈みたかった。純粋に体調も、悪い、。

其れが、何だ、気が付けば甲板に居た筈の全員が此の部屋に集合し、挙句の果てに、食事までしている、。






「レカ嬢の御希望です、ユイルアロウ殿のお傍でないと、如何しても、いやです、と、」






栗色の長い髪でよく見得ないが、ネインは顔を真っ赤にしてうつむけていた。

ネインはヨルの事が心配で堪らないのだろう。

其れを此処で云う小蓮シャオレン一瞥いちべつし、ヨルは困った様に誰にも聴こえない溜め息をいた。

そして起こしていた身を寝台に滑らせ、皆に背を向けて横になる。








「、もう、勝手にしろ・・・・、但し、静かにやれ、

 僕が少しでもうるさいと感じたら、即刻、心臓ハルトを喰ってやる、。」







小蓮シャオレンは全く、という素振そぶりをして、椅子についた。

同時に皆も、料理の並ぶ蒼い机に向かい直す。

真白ペートヴにゆっくりの点滅を繰り返す、決して明るいとは言えない、どちらかと云えば不気味なこの舟室での夕餉ゆうげが始まった。

やがて藍煌ランファンも眼をこすり乍ら、戻ってきた。

議会衛星サテライトから持ち込まれた簡易食料品の良い香りと、フォークと皿の接触音が、異端にも月の舟に響き渡る。












緑宝ビリジェイアを、案じておいでですか、。」












正のオーラにそむく様に背を向けてふて寝しているヨルに、声が掛けられた。

その人物は議会衛星サテライト頭布フウドを脱ぐ事の無かった、専属魔術師ベガ・ウイザド

ヨルより少し大きい位の背格好の彼は、大人しそうな顔立ちに、灰色の瞳をしていた。

端整に刈られた短髪は、白銀ブランジエの大きな髪飾りで解りにくく成っているが、天体団リーベン・ローエに似た、薄い赤髪だった。

従順さをうかがわせる物静かな彼の問いかけに、ヨルは仰向けに体勢を変え、天井を見詰めて応える。










「、、案じて、は、ない、」










ヨルは額に右腕を乗せ、銀の髪をなぞった。









「本陣に召還されたのならば、其の身を案じてやるべきなのは、天体団リーベン・ローエの方だろう、雷妖ライヤン

 だが、団長は、別だ、あいつは、ビリヂヤンに、触れられる、。

 カムカヌカは、奴に遭遇するべきで無い、蟲が憑いているから、予想以上に鼻は利くと思うけど、・・・」








寝台の傍で、陰に座る、雷妖ライヤン、と、呼ばれた専属魔術師ベガ・ウイザドは、黙ったままヨルを見詰めた。

それが、また、ヨルには辛く感じられた。








「カムカヌカを喰ったから、僕は飢えずに存在している、承認も得ないままに、舟として、。

 僕は、、嗚呼、中身フオルタとは、幾年月経て、怨を燃やしても、ちっとも変わりやしないのだ、」








「・・・貴方がいたむ事ばかりでは有りません、彼が望んだから邂逅した、ヂテオのお導きです、

 どうぞ、今はお休み下さい、医癒合アリア・スエズも、労わるばかりではありますまい、」








雷妖ライヤンはそう囁くと、一礼し、長上着ロウブひるがえして、ヨルの傍を離れた。

仰向けのヨルは、そのまま点滅する天井を、ひたすら見詰めた。

のどに競り上がる謝罪の念。

苦しくて、涙が、溢れそうだった、。














必ず、連れてゆこう、ほんとうの天上へ、楽園レイへ、

そんな事でしか、償えない、、









僕は、ビリヂヤンに、なりたかった、。
























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