二十六、緑想
天体団本船団の、下らない瑕疵を伴った傲慢な船転。
暁を恐れず万事まことの幸福の追求と謳う薄命の明星。
漆黒を滑る様に前進する彼らは第丁軸の参百八十弐・五零地点を、ちょうど、緑刻とは正反対に、その遥か彼方に聳える、天の門、盟天塔へ向けて舵を執っていた。
銀河に瞬く夥しい数の点滅灯が示すその船の数は、おおよそですら測り知れないものがある。
幾隻か纏まっての外部からの合流も見られるが、逆に陣からの離脱等も行われ、時たま、その配列を乱していた。
船団の先頭を運くのは、最も巨大な首領戦艦、船名は、天駆神威の祝福の君、。
大層な名を持つこの船は、そこいらに浮かぶ多少の惑星なぞ塵にも等しく思える程に巨きく、そして、神々しかった。
この船は、例えるなら、意思を持った金属演奏器だった。
まるで繊維色紙に優しく包まれた灯を思わせる、内に七色の炎の揺らいでいる様子で、ぼんやりの光が不規則に波紋を広げる船体はさておくとして、。
其れ由りも所所銀河に剥き出しの美しい金の歯車群が、この宇宙で、不気味に輝いていた。
船の上層部ほぼ全域を覆う精巧で高価値な玩具を砦尺に延ばした其れは、まさに、ひとつの城であった。
きりきりと無数の音を立て軋み乍ら、大小何万の歯車が休まず回転する。
其の度に銀河のずうっと遠くまで、金の光が吸い込まれていった。
歯車の奏でる、悲愴な叫びにも似た旋律とその鈍い光が、天体団の道標として、天駆神威の祝福の君の存在を報せていた。
「団長、将軍が戻りました、月の舟は、現在、医癒合へ舵を廻しています、」
歯車の城、首領戦艦の中枢。
窓、と呼ぶにはあまりにも大きな硝子超しに、行く先の闇を見詰め、鎮座している男が居た。
振り向きもしない彼に発言した遥か後方の男は、真紅に磨かれた床に跪き、頭を垂れたまま続ける。
「将軍は全員軽症程度、臥していたアラン・コリアンスも併せ、間も無く船団を発つ予定です、」
暗がりの窓側に座して天宙の星星を見やる、団長、と、呼ばれた男は、両腕に幾本も繋がる点滴をわずかに揺らして、ほんの少しだけ頬を傾けた。
「・・・・・俺のレネイニーアは、如何した、?」
力の無い声に問われた男は、膝をついたままびくり、と、肩を震わせた。
「それが、、魔術師が失敗を働き、未だ、堕帝の許に、、」
瞬間、団長、と、呼ばれた男が、座っている椅子の肘掛を拳で打った。
苛立ちを露にする彼に、報告をするのみの男は縮み上がる。
暗くてよく見得ないが、なみなみと薬品の入った点滴が細かく揺れ、吊るし棒に幾本も管が当たり、甲高い音を立てた。
「、、・・・命令だ、ダンテに伝えよ、一刻も惜しむ事無く迅速に月の舟を沈め、必ずあの銀髪を殺せ、そして、レネイニーアを、取り戻せ、とな、勿論、無傷でだ、」
団長、と、呼ばれた男の低い怒りを押し殺した声を聞き終わるか否かで、命令を受けた男は立ち上がり、練習したかと思える程のテキパキとした動きで一礼すると、一目散に広過ぎる玉座を後にした。
重々しい扉の閉まる音を聴いてから、彼は背凭れに深く身を預けた。
同時に、咽を詰まらせる様な苦しみを覚え、胸を押さえる。
(未だだ、未だあと、もう少し、あと少しだけ、この世界に、、・・・・)
彼は眉をしかめ、自分が座する傍の、小さいが装飾の豪華な小机に置かれた、ぎゅうぎゅうに錠剤が詰め込まれた大瓶から、追い立てられる様に急ぎ、掌で摑めるだけ其れを鷲摑んだ。
指の隙間から零れ落ちるのも気にせず、呼吸をするのと同等の自然さで、錠剤を頬張る。
身体の中心の、淡い緑色の光を、落ち着けなければ、。
脂汗が滲む額を、首筋を、放たれかけた光が収まってゆく。
彼はしばし目を閉じた後、ひとつ、溜め息を吐いて、硝子の向こうの銀河に吸い込まれてゆく、歯車の閃光に目を細めた。
(・・・・・失敗とやらに由って、此の天駆神威の祝福の君に、招かれざる孤客が侵入り込んでいる、言いように由っては、まあ、こちらが召還してしまった事に成るが、)
先ほどの団員が其の報告をしなかったのは、自分たちで如何にか出来ると思っているからであろう、。
彼は、実に微かに淡く息衝く、己の指先の白緑の鼓動に視線を落とした。
(相手は、緑本体、団の者では先ず太刀打ち出来ぬ、天体団としての宿命だ、将軍達でさえも、命灯そのものには触れる事すら敵うまい、)
彼は消え往く灯火を見送り、暗がりに意識を溶かしていく、。
団長であり続けたいと、願う、。驕る。見失う、。
(だが、俺は、お前に、触れられる、)
中身、心臓、攻撃、取引、。
何もかもが唯一で、何もかもに、触れられる。
数えられない気の遠くなる年月を燃やした、別離を想う。
遺証で夜を渡ったお前は、曇り亡き緑宝でいられるのか、?
命灯を喰らう卑しい俺に、お前はその、隠しもしない純潔な緑を、その腕から、離すの、か、?
穏やかな呼吸を胸に、瞳を閉じた彼は、誰にも気付かれず、静かに身体を脱け出した、。
迷い無き船団は、真っ直ぐに盟天塔へ向けて、進んでゆく。
燃え尽くす熱量を放つ、灼熱の女神・ソラ・ソレイユを討つ為に、。