二十五、現在地
「何だ、ユイルアロウに刺される再現でも観たか、」
小刻みに息づくカムカヌカの額の汗を、コハクが薄い拭布で優しく撫でた。
覗き込んでくる大きな金の瞳が、少なからず労わりを映している。
「・・・一寸、悪い夢を、観ていました、」
カムカヌカは体内の熱を落ち着かせ乍ら、慎重に発言した。
あの世界と自分が共通している事は、誰もが知っているのだろうが、緑として呼ばれている事を、誰にも知られたくなかった。
コハクは片眉を吊り上げ、訝しげに静止したが、やがて、白髪を揺らして立ち上がった。
その存在は点滅せず、実体として確立してはいるが、力が充分で無いときの背格好に戻っていた。
「、、、・・・・そうか、兎に角、今は現状の打破が先であろう、」
コハクは溜め息混じりにそう述べると、カムカヌカの手を取って起立させた。
ぐらぐらと軋む全身を起こし、視線を巡らせる。
今までカムカヌカが気絶していた見知らぬ此の場所は、就寝前の豆電球の薄明かりに照らされた、倉庫の様な場所だった。
床は綿の入った分厚い素材で、毛布に立っている感じがして、何だか申し訳なくなる。
部屋全てを覆う天井まである棚には、実に大雑把に、医療器具が放置されていた。
医療器具、と、言っても、カムカヌカにそんな知識がある訳でもなく、そして緑刻で見た事の有るものとはどれも異なっていて、心のなかで、ようなもの、と、付け足すのを、彼は忘れなかった。
複雑な造形を成す、埃を被った硝子容器や、太陽を模した陽気な真鍮の手術刃等々、趣味の悪い雑貨が、数え切れない程、散らばっていた。
コハクがそれらを心底嫌そうな視線で眺めるのを見て、次第にに冷静さを取り戻したカムカヌカの脳裏に、瞬時に、先刻、何が起きたのかが思い起こされた、。
議会衛星で起こった戦闘、月の舟での将軍達との接触、そして・・
「ヨル・・・・・・」
わざととは思わないが、何の躊躇も無しに鷲掴まれたうなじを押さえる。
虚空を睨み、引き攣った笑みを浮かべるカムカヌカを宥める様に、コハクが軽く背を叩いた。
「まあ、安心しろ、何度も云うが、お主に太刀打ち出来る者など、この宇宙の何処にも存在しない、
戻らなくなった肉体が、お主の魂魄を守護する術を施してくれた、」
戻らなくなった肉体、、、
空気を読まない率直な物言いに、カムカヌカは小さく、肩を落とした。
「その身の内に眠れる強大な神の息吹き、誰もが恐れ、欲する其の、緑を行使するが良い、
そうすれば、此の船団を全て無に帰す事が容易に出来よう、」
「、此の、船団、?」
らんらんと薄がりに光るコハクの瞳を見詰め返し、カムカヌカが反応した。
コハクは頷き、細い腕を伸ばして、この空間に唯一の小さな窓を指し示す。
天井近くに申し訳程度に刳り貫かれた丸窓に、カムカヌカはちっとも気が付かなかった。
柔らかい蒼の光が差し込むその丸窓へ、カムカヌカは遠慮がちに毛布の床を踏み、そっと移動した。
傍に有った木の踏み台に躊躇う事も無く昇り、丸窓に手を掛けて、静かに外を覗く。
「、う、わ、、、、!!、」
カムカヌカは息を呑んだ。
窓の外には月の舟への乗船で見慣れてしまった銀河が当たり前に広がっていた。
勿論、カムカヌカが驚いたのは銀河に対してでは無い。
その広大な銀河に見渡す限り、寄り添い犇めき合って浮かぶ、幾千もの巨大な戦艦が存在していた。
まさに、「船団」、。
舳先や頂上に設置された不気味に紅く発光する点滅灯が、不規則にあちらこちらで瞬き合うのには、嘘罪夜で遭遇した、如何しようも無いおぞましさを懐かざるを得なかった。
目を剥いたまま、外を見詰めるカムカヌカに、コハクが云った。
「我々は、天体団の、本陣に居る、」
状況が状況だったのだから、まぁ、そうだろうな、とカムカヌカは肯定しつつ、同時に、ああ、目覚めなければ良かったと、烈しく後悔した。
窓の外の銀河は何処までも、暗く、深く、静かだった。