二十四、夢
ふわり、ふわり、、、
眼下に広がる美しい命灯の青。
何処までも何処までも続く、生命の海。
太古からの深い森かと思えば、それは時たま大きく水の様にうねり、胎動した。
そこから絶える事無く、小さな光の粒が震え乍ら空へ立ち上ってゆく中で、宙を舞う木の葉の様な不安定さで、黒髪の少年が浮いていた。
カムカヌカは完全に脱力した状態で、宙空を少し前進したり、斜め後ろにそり上がったりして、ゆっくりと落ちていた。
容の無い緑の浮遊物は、カムカヌカに触れた側から避けずに消えて行く。
寝起き眼とぼんやりの意識に、自分の身体がこの空間ぎりぎりまで膨張しては、消えそうな程に集束する不思議な感覚を覚えていた。
紺色に塗られた空には、狂いそうな量の記憶画像が投影され、休む事無く再生されていた。
天からはひっきりなしに、幾重にも笑い声や、歌、子供の無邪気にはしゃぐ声等、幸せな音が耳に届いた。
頭から落ちていたカムカヌカは、想像もつかない世界の出来事をただただ見上げていた。
何かとても大切なことを、ものを、遠い場所に置いたまま来てしまったのだが、よく思い出せない、、。。
ふと、カムカヌカは海原に巨きな気配を感じて意識を戻した。
身を捩って視線を落とすと、少し向こうに一際立派な大樹が、神々しく輝いていた。
他とは比べ物にならない、神樹、。
それが時間をかけて、静かに呼吸している事が、カムカヌカにはすぐに判った。
身体の内から一本の芯を通し、神樹とカムカヌカは共通していた。
いや、カムカヌカだけでは無い。
宇宙の全てが、情報網でここに繋がっているのだ、
あの、月の舟でさえも、。
(緑の、産まれる所、)
光に抱かれたカムカヌカが手を伸ばして枝に触れようとした其の時。
神樹に茂っていた、美しい緑が、音も無く一斉に散った。
一瞬で眼前に灰色が爆発する。
幸せな声も失せ、曇った空に記憶画像も観得なく成った。
急に凍えそうな風が吹き荒び、果てしない虚無がこの世界を覆った。
先刻まで神樹だったものが容を変え、巨大な手と成って何かを探してのた打ち回る。
同時に地からは細くて長い真っ黒の腕が数え切れない程伸び上がり、触手の様に不気味に蠢いた。
困惑したまま高度を下げるカムカヌカに、黒い手が届く。
回避は叶わず、無数の腕は、抵抗するカムカヌカの髪を引っ張り、喰らおうと引き寄せた。
巨大な灰色の手も標的を定めたのか、カムカヌカを向いた。
それからは全く慈悲や手加減といった類の感情は感じられなかった。
害蟲でも潰すかの勢いで、巨大な手が、カムカヌカに襲いかかる、!
緑喰に捕らわれ、自分の意思で動けないカムカヌカに、振り下ろされた手が-----------
「うわあああああああああああ、、、!!!!!」
「カムカヌカ、!」
ばちん、と、眼を覚ましたカムカヌカは、弾かれたように身を起こした。
何間も走った後みたいに息が乱れ、肩は上下し、汗をかいていた。
すぐ隣には、夜葬の蝶の女王・アマカケルオボロノコハクが寄り添っていて、心配そうな、というより、不審で満ち満ちた視線を送っていた。
彼女の左手が、カムカヌカの髪の毛を掴んでいるのは、今はどうだって良い、。
痛みからして引っ張られていたのは確実だが、彼女なりに起こそうとしてくれたからに違いない。
さっきのアレとは、関係ない筈だ。
そんな事を適当に考え乍ら、カムカヌカはまだ震える掌で額を押さえた。
氷の様に冷え切った、手。
それとは裏腹に、体内の緑が熱く沸騰しているのを感じて、カムカヌカは自身を抱き、身震いした。
「平気か、随分と魘されていたが、」
髪の毛を掴んだまま、コハクが囁いた。
「・・・・ええ、」
カムカヌカは視線も定まらないまま小さく応えた。
脳裏に浮かぶのは、夢映像ばかりだった。
あの場所を、僕は知っている。
いまから、向かわなければ、。