二十二、別離
強い声が甲板に届いた。
ゆっくり点滅を繰り返す舟に、初見の人間が三名、空間を捻じ曲げて降り立った。
臨戦態勢をとる専属魔術師を挙手で制し、ヨルが前へ進み出る。
真ん中の細身の男が後の二人を従えるように立つ三名の天体団は、先程、五明が吹き飛ばしたような雑魚では無いという事が、カムカヌカにも直ぐに解った。
何というか、雰囲気が巨きい上に、軍服が、赤ではなく、白だった。
中央の偉そうな男は、切れ長の紅い吊り目を鋭く細め、敵意むき出しでヨルを睨んでいた。
右眼だけにかけられた片鏡の金連が小刻みに揺れている。
両の腰袋には数えられない程の大小の銃が、乱雑に押し込まれていた。
その後ろの一人はカムカヌカと同年とみられる若さの少年だ。
真紅の頭髪は長く、一本に編まれ、若々しい両頬には左右対称に不思議な模様が刻まれていた。
軍服が捲られたその腕には、怪我でもしているのだろうか、包帯が巻かれている。
もう一人は女、短い髪は目の下で切り揃えられ、深くかぶられた軍帽で顔はよく見えないが、結ばれた唇が小さく震えているのをカムカヌカは目敏く発見する。
「・・・ダンテ、自殺願望が在るのは天体団だろう、僕はもうずっと、そう諭してきた、」
三名の眼前で、ヨルは溜め息混じりに言った。
ダンテ、と呼ばれた男は、片鏡を光らせて笑う。
「貴方の其の考えに、誰も賛同しなかった結果が此れだ、叛乱と嘯く、成れの果てが緑狩りだと、、、、崇高な天体団を辞めて、緑喰とは、今でも団内の良い噂話ですよ、」
ふん、ヨルは鼻で笑って、何時もする、辛そうな自嘲を浮かべた。
仲間だった者からの、攻撃、その背景が全く不鮮明だが、カムカヌカは少しずつ、ヨルを理解し始めていた。
脇腹から濃い血染みを造形するヨルに、ダンテが再び何か言おうと口を開いた其の時、ヨルの前に小さな影が飛び出した。
彼は頭布を手荒に剥がすと、鋭い口調で言った。
「僕は天球法議会専属魔術師は壱番陣中将・胡藍煌、!
如何やら天体団の五大将軍と見受けるが、お前らは我らが議会衛星を潰しておいて、何様のつもりか、!」
幼い少年、藍煌が噛み付いた。
(将軍、!?)
カムカヌカの脳が冷える。
形が違うと思ったら、成る程、将軍・・・・!
瑠璃色の瞳を怒りで満たした藍煌の背に、五明と、もう一人が駆け寄った。
それを見てダンテの後ろに居た三つ編みの少年が、抱えていた書類を手に口を開いた。
「恐れながら、、、、天体団将軍・ラファイド・ハイド、発言します、。
堕帝が未だに宇宙の亡霊である件、並びにレカ嬢を誘拐している件、過去に天体団を混乱に陥れた件、現在進行形でこれ等を遂行している件、その他諸諸・・・解決の為にこれだけの大事に至る事が必要なのです、我々は決して戦争を望んではいません、ご理解と和平を、」
「同じだろう、!此れだけの事をすれば、戦争は必然だ、!!」
叫び、取っ組みかかろうとする藍煌を、頭布を被ったままの魔術師が抑え込む。
息を切らす藍煌の瞼を、徐々に激しさを増す雨が打った。
「兎に角、今の所はレカ嬢を差し出してくれたら良いのです、舟の居場所はもう把握出来ます、
アランが回復すれば、いずれ、沈めに参ります故、」
ラファイド・ハイド、と名乗った将軍は真っ直ぐヨルを見据えた。
ヨルは少し青い顔で眉根にしわを刻む。
アラン・コリアンスは、健在の様だ、。
それまで黙っていたダンテが、再び片鏡を光らせた。
「そう云う事だ、堕帝、速やかにレカ嬢を寄越して頂きたい、」
そう言い乍らダンテは腰に備えられている派手な銃を手にした。
小さく悲鳴を上げるネインの元へ寄ると、カムカヌカはその肩を抱いた。
レカ嬢、ネインの事だ、ネインは、天体団なのだ、。
堂々と銃を手先で遊ばせるダンテを、ヨルは余裕そうに嘲笑った。
「酷く不穏ぢゃないか、ダンテ、一寸は遠慮と云う物を学べよ、余計に長生きしないぞ、唯でさえ馬鹿げた取引が内臓を蝕んでいる、お前も、僕も、」
脇腹を押さえ、足下がふらついてきたヨルを見て、ダンテが吐き捨てる様に言った。
「宇宙を巻き告ぐ天体団は、代謝が頻繁な方が良い、潔さは必要不可欠、
吐き溜まりの老廃物は消えろ、!!」
ダンテは遊ばせていた銃を構え、発砲した。
ヨルの前に居た専属魔術師三名が、一斉に青く発光する光盾を展開した。
ダンテは銃弾を連射、全てが激しい光の矢と成って、藍煌達を貫こうと光盾に突き刺さる。
ばちばちと電撃が競り合う音と、明るい光が、甲板いっぱいに広がった。
見守る他無いカムカヌカとネインは、縮こまって目を細めていた。
刹那、カムカヌカは背後に殺気を感じ、振り向いた。
其処には三つ編みの将軍、ラファイド・ハイドが銃を両手に構え、照準を合わせているところだった。
「、、!!!!」
咄嗟にネインを庇ったカムカヌカを更に庇って、ひとつの影が滑り込む。
不気味に赤黒く淀む血紋陣が、回転し乍ら複雑な数式を描いた円を組み、ラファイド・ハイドへ闇を伸ばした。
宙で身を一回転させ、ぎりぎりでそれを避けたハイドの背後に再び円陣が組まれた。
目を剥くハイドに、容赦無く漆黒が爆発する。
体勢が整っていないがなんとかかわしたハイドの肩に、闇の糸が少し掠った。
傷口から真紅の花弁が舞い散る、。
「ハイド、一体、誰の何処を取引してきたんだい、生臭いね、腕、」
カムカヌカとネインの目前に降り立ったヨルが、指に付着した自らの血を、舐めた。
爛爛と煌く其の紅い瞳は、此処に居るどの天体団より、澄んだ、純粋な紅だった。
「ユイルアロウ、!!!」
振り向けば、藍煌達を押しやり、ダンテが数十の銃を乱射し乍ら、ヨル目指して爆走して来ていた。
五明が急ぎ、魔法で茨の様な鞭の様なものを放ったが、目前に急に立ちはだかった短髪の女将軍に邪魔されてしまう、。
ダンテに気を取られているヨルを背後から撃とうと、既に被弾し、花弁を舞わせているラファイド・ハイドが銃を構えた。
が、頭上から降ってきた何者かの放った炎で、視界が遮られてしまう。
空から勢い良く舞い降りたコハクは、ハイドの脳天に蹴激もお見舞いした。
突進して来るダンテに、ヨルはネインとカムカヌカを後ろに、身構えた。
光の粒が継続的に舟を飛び交い、手負いのヨルを狙う。
狂気に撃ち叫ぶダンテを攻撃するべく、ヨルが脇腹の流血を掬い取り、大雑把に血紋陣を描きかけた、其の時だった、。
「レカ嬢は頂くぞ、」
水の中で発声する様な、ごぼごぼとした不気味な声が響いた。
カムカヌカとネインが姿勢を低くしているその床に、黒い異次元穴が現れる。
ネインを抱き、退こうとして、カムカヌカは黒い雷に遠く、跳ね飛ばされた。
鞠の様に床に叩きつけられたカムカヌカは、痛みを堪えて、顔を上げる。
煮立つ如く湧き上がるその闇から、白く細い手がネインへ伸ばされた。
「何、っ!?、」
円陣でダンテと対峙していたヨルが異変に気付き、目を剥いた。
穴は水溜りに広がり、其処から弱々しく差し出された血管の浮き出た白い手は、今まさにネインの世勉の制服の裾を掴みとった、、、。
「きゃああああああーーーーーーっっっっ、、!!!!!!!」
ネインの絶叫が耳を劈く。
「ネイン!!!!!!」
ヨルは発砲を止めないダンテから身を翻し、ネインのもとへ走った。
「させるかあああああ!!!!」
背後からの弾丸をもろに食らい乍らも、ヨルは必死の形相で失神したネインの首根っこを掴み、穴の淵から引きずり上げた。
瘴気に弾かれ、胸を強打したカムカヌカが、やっとの思いで、ネインのもとへ這い戻った所だった。
「そんなに欲しいなら、くれてやろう、!」
ヨルは背中に無数に食い込んだ弾丸の痛みも忘れて、にやりと邪悪な笑みで眼帯を歪めた。
そして力いっぱい、憎しみを込めて、背後に迫ったダンテの胸座を掴んだ。
、つもりだった。
ダンテだと思って掴んだ其れを、ヨルは乱暴に穴に放り込んだ。
「、、え、うわ!」
「、っ、な、カムカヌカ、!?」
「緑宝、、!!!」
一部始終を遠くから観ていた五明が叫んだ。
ヨルが其れをカムカヌカと認識したのは、時既に遅し、。
白い両手は満足そうにカムカヌカを抱えると、禍々しい漆黒の泥へ、沈んで行った。
穴は、一瞬で閉じられた。
硬直したヨルへ、敵味方関係無く、甲板に居る全ての人物からの白い白い視線が、爪先から頭頂まで、串刺しに向けられていた、。