十八、休会
「議長、!」
急な展開にしばし微動だにしなかった専属魔術師五名全員が我に返り、頭痛で倒れた望飛に駆け寄った。
すぐさま奥の扉が開くと、待機していた秘書達が担架を担いで現れた。
望飛を抱き起こしている専属魔術師達を退け、何かぶつくさ云い乍ら、大柄な彼を手荒に担架へ乗せる。
秘書達は議員に目もくれずそれを担ぎ上げると、一目散に扉の向こうへ消えて行った。
「・・・・・・・、」
その場にいた全員が目を瞬かせ、ただ乱暴に閉じられた扉の向こうを見詰めていた。
砕けた机の破片を肩から払い乍ら、銀色に光るビョークが嘲笑した。
「、無様だわ、」
ヨルも鼻で笑い、やれやれと首を振ってみせ、着席した。
ネインは顔を真っ赤にして、拳を握り締めたまま、視線を落として黙っていた。
専属魔術師五名が何やら小さく会話しているのを、カムカヌカはじっと観察していた。
如何するのか相談しているらしく、蒼い長上着を纏った五名は、首を振ったり、顔を見合わせたりしている。
深く被られた頭布で皆、顔は見えないが、カムカヌカはひときわ背の低い魔術師が、昨日、コハクの部屋で出会った藍煌という少年なのだろうな、という事に考えを巡らせていた。
そうしているほんの一瞬で何かが決められ、一人が静かに議長席に進み出た。
議員の視線が一点に集中する。
進み出た彼は頭布を脱ぐと、深々と頭を垂れた。
結われた焦茶色の髪が頬をかすめる。
小蓮だ。
「議員の皆様、この低身の発言をお許し下さい、
わたしは天球法議会専属魔術師は壱番陣大将、黄小蓮と申します、。
この度は議長・帳望飛の至ら無き所業、まことに失礼の極み、此処に深く謝罪致します、。」
小蓮とその後ろの四名が、一斉に礼をした。
「続会を促したく存じますが、容態も明確では御座いませぬ、
貴重なお時間を戴き申し訳無く存じますが、この会議も実に貴重な宝刻の旨、
何卒、続会まで、今しばらくこちらにてお待ち下さいます様、お願い申し上げます、。」
専属魔術師たちはもう一度深々と頭を下げた。
和ませた目元を再び頭布で隠すと、小蓮は望飛が運ばれて行った扉へ音も無く溶けて行った。
残った四名はそのまま室内の見張りに着くらしく、現出したまま、その場を動こうとしない。
「・・下らない、」
吐き棄てる様にヨルが毒づいた。
起立したままのビョークが肩で溜め息をつき、無駄の無い動作で腰掛けた。
徐々に会議室がざわめき始める。
隣と囁き合う者、熱心に何かを書き始める者、よく解らない装置で、此処には居ない誰かと会話を始める者など、議員達はやっと、月の舟一行から興味が薄れたようだ。
「ネイン、大丈夫かい、」
立ったまま拳を震わせているネインに、堪らずカムカヌカが声をかけた。
唇を強く噛み締め、眉を吊り上がらせている、。
「、、、僕は、あそこへは、、帰りません、・・。」
「、帰らなくて済むさ、ね、ヨル、?」
カムカヌカは期待を込めてヨルを覗き込んだ。
ヨルは椅子に深く凭れ、少し疲れた顔で肩を竦めた。
その紅い瞳からは先程までの輝きが失われており、点滴の刺さった腕は、しきりに脇腹の傷口を摩っている。
議員達にあれだけ元気に嫌味を吐露していたから忘れかけていたが、そうだ、彼は怪我をしているのだ、。
急に心配になるカムカヌカを余所に、上着で隠した包帯箇所を撫で乍ら、机上に大胆に脚を乗せたまま、ヨルが口を開いた。
「帰る、帰らないも何も、これに出席する限り、議会で可決されてしまったら僕は如何にも干渉出来ない、続会されてビョークが食い下がるのならば、多数決を取る事に成るだろうね、
勿論、勝ち目は無い、此処には馬鹿しか居ないんだよ、・・・」
「ネイン、とりあえず座りな、」
「・・・・・はい、」
ヨルに着席を促され、ネインは素直に椅子へ座った。
着席時の勢いの強さが、ネインの収まらない怒りを感じさせる。
ネインが帰らなくて済む方法は無いのかを考えるうちに可決や否決という言葉を聴いていて、カムカヌカは以前、ヨルが話していた事を思い出していた。
心臓提出だとか、森井戸行きだとか何とか・・
「ねぇ、ヨル、前に巨きな蟲籠へ入ってしまった時、天球法議会の事、話していただろう、召還を騒がれてしまう、と言って、
確か、む、っ!、?・・・・・・・・、、」
瞬間、カムカヌカの口はヨルの右手で力いっぱい、塞がれていた。
と、いうより、挟まれていた。
ヨルは片手でカムカヌカの両頬を搾り上げ、それ以上喋る事を許さなかった。
決して口で息をしていた訳では無いが、途端の事だったので、非常に呼吸が不便で苦しい。
ぎりぎりと握力を増加させ乍ら、ヨルが笑顔で迫ってくる。
真紅の瞳はらんらんと光り、口元とは違って、少しも笑みは浮かべられていない。
「二度と議会衛星で嘘罪夜の話をするな、
次は喰らうぞ、カムカヌカ、」
ヨルはそう言い、悪戯っぽくにこ、と、笑ってみせた。
・・・・つもりなのだろうが、青白い下からの光で照らし出されたヨルの顔は、眼帯の複雑な金細工によって不気味な模様に彩られた効果も付加され、この世のものとは思えぬ悪魔の如き恐ろしさだった。
しかし同時に冷酷な美しさも湛えている事に、カムカヌカは素直に感心していた。
「喰らうだとは、実に残念な言葉を灯すぢゃないか、
魂まで夜無空へ堕としてしまったのかい、?
天体団元・皇帝のユイルアロウ、」
不意に何の気配も無かった背後から声がした。
ヨルもネインも、目を上げた。
夜無空----------
既に懐かしい響きを持つその言葉を発した声主にカムカヌカは振り向けないで居た。
ヨルが頬を挟む力は尋常では無かった。