十六、天球法議会Ⅱ
蒼白にぼやぼやと揺れる電燈に、カムカヌカは胃を押さえ始めていた。
十六名の視線がほぼ継続的にこちらに注がれている為の威圧感、いや、居心地の悪さは異常だった。
その視線は議長・望飛が言葉を発しても、三人の身から剥がれる事は無かった。
「では、月の舟への質疑応答を、開始致します、」
「七面倒な、」
ヨルは心底恨みがましい声で小さく呟くと、背凭れていた身を起こし、机上に頬杖をついた。
用意されていた席間よりもだいぶヨル側につめたネインが、胸の前で祈る様に手を握っていた。
ネインはこの電燈によるものでは無い、天然の蒼い顔色で、ヨルに囁いた。
「否決に、なったら、どうしましょう、ヨル、」
「成るね、それが目的なのだから」
ネインが一層瞳を潤ませたのにも間髪入れず、ヨルが続けた。
「天球法議会がまともだった事が一度たりともあるかい、?
ネイン、何も期待しちゃいけないよ、此処に出席して居るのは皆、嘘罪夜で欲賊の審判を下されても可笑しく無い者ばかりなのだから、」
わざとなのか、ヨルの声は囁きなのにも関わらず、静かな会議室に良く響き渡った。
帝達は全員、黙ったままだが、見えない顔のその仮面の下に小さな憤慨を浮かべているに違いない。
(何故こんな空気にするのだ、助かるものも助からない、)
カムカヌカはいい加減に募った苛苛と、神経の捩れによる腹痛に、この場に居る帝達と似た感情をヨルに対して持ちつつあった。
望飛が大きく、咳をした。
「、ユイルアロウ、丁寧な応答を、願います、」
「ふん、」
「・・・・・・・」
「・・・・では、皆様、質問は挙手で受け付けます、どうぞ、。」
途端に、ヨルを除いた十六名全員が、一斉に手を挙げた。
ネインはあまりのその勢いに驚き、身を跳ね起こしそびれて、椅子から床へ尻餅をついた。
カムカヌカもそんなネインを嘲笑する余裕は無く、自分の右隣で挙手をする、巨大な飾り帽をかぶった厚化粧の中年女性の、急に荒くなった鼻息が気になって仕方ない。
ヨルは頬杖をついたまま、目を細めて帝達を見回した。
「、では、議長席から時計回りにお願いします、。」
望飛がそう言うと、挙がっていた十六本の腕が降り、議長席の右側の人物が起立した。
落ち着いた深緑の羽織物を纏ったその男性は、杖を頼りに曲がった背を伸ばすと、天井まで届きそうな縦に長い帽子を脱いで、ヨルに一礼した。
顔を起こす時に彼のまん丸な遮光眼鏡から黒い液が糸を引く様に垂れるのを目撃して、椅子に戻りかけていたネインが、再び床へ尻餅をついた。
「お久しぶりです、ユイルアロウ、総合創暦録館・館長、アルレッキーノです、」
「ああ、久しぶりだね、館長、借りっぱなしの図書があったのだけれど、どうも失くしてしまったみたいなんだ、悪いね、」
アルレッキーノと名乗った彼は、遮光眼鏡の位置を調整し乍ら、不気味に笑った。
「いえ、構いませんよ、いずれ代用を戴きに上がりましょう、それはまた別の話、、、。
さて、ユイルアロウ、貴方は先の舟転で天体団の将軍と接触されたそうですね、彼らは貴方を天体団の恥として、抹消を目的に動いています、
これに対して貴方も真っ向から対立、戦闘に至っておられますが、今回接触の有った将軍は、当時、皇帝であった貴方の右腕だったアラン氏だと聴いています、なんとも悲しい事態では有りませんか、?
この様な悲劇の渦中である貴方の彼らへ対する考えと、貴方と彼らのこれからの関係の構築について、ご意見を伺いたく存じます、」
アルレッキーノはゆっくりそう言い、真っ黒に淀む遮光眼鏡越しにヨルを見据えた。
ヨルは反対側へ頬杖をつきなおし、口を開く。
「あんたらの考えは解っているよ、堕帝である僕が何時迄も舟で在る事が、邪魔なのだろう、
だが僕は天体団に屈するつもりは無い、悲劇、?笑わせる、アランが何だ、
僕があそこを棄た時から、あの団体と僕の関係は永久に此の儘だ、神に誓って、修繕される事は無いと思え、」
ヨルの燃ゆる紅い瞳が、アルレッキーノの遮光眼鏡を焼いた。
アルレッキーノは唇を真一文字に結び、しばらく押し黙っていたが、やがて静かに礼をして、着席した。
ネインとカムカヌカが同時に肩を下ろしたのを目の端で捕らえたヨルは、誰にも判らない程、小さく微笑んだ。