十五、天球法議会
「皆様お揃いです、」
「・・・・・・其の様だな、」
わざわざ耳打ちしてきた秘書に、天球法議会議長・望飛は怪訝そうな顔で返答した。
間も無く、手の平を適当に振って秘書を下がらせると、ひとつ咳をついて立ち上がり、この薄暗く蒼い会議室を見渡す。
皆、水を打ったかの如く静まり返り、十七名の代表達が号令を待って、ひたすら望飛を見つめていた。
その中でもひときわ煌煌と注がれる刺す様な視線に、大柄の望飛ですら冷や汗をかいた。
直立したままヨルに蛇睨みされた議長は自らを奮い立たせるべくまたひとつ、咳払いをする。
「・・・えー、此れより巡星刻暦七十三暦、第癸軸連に寄る、天球法議会を開始致します、神の慈愛のもと、感謝致します、」
全員が勢い良く起立した。
カムカヌカは何も解らないので一拍遅れて跳ね上がり、ヨルを睨む。
そして当たり前のように全員が同じ間で胸に斜に片手を添え、厳かに頭を垂れた。
すると今まで薄暗かった会議室がぼんやりと浮かび上がってゆく。
壁に規則的に掲げられた電燈が、蒼い部屋に更に蒼を齎した。
皆の顔が青白く見えるだけぢゃないか・・
蒼色に不気味さを覚えてしまったカムカヌカ達の、次々と着席する室内に望飛の重い声が響く。
「本日の議題は、月の舟について、。」
舟、?
眉根を寄せ困惑するカムカヌカと、急に不安な表情に成るネインが、せせら笑うヨルを挟んでいた。
「先ずは状況報告を、ユイルアロウ。貴方は此の幾歳月、議会に籍を置き乍らも出席されていませんでしたね、又、本日は何故出席に至ったのかもご説明願います、」
望飛は出来るだけ言葉を選んで声にした。
ヨルは優雅に起立し、望飛に向かう。
「僕は月の舟として存在を全うして居ただけです、議会と命ならば命が大切と、神もそう、仰るでしょう、僕は僕を保つのに必死で、議会衛星なぞには到底来れずに居ました
最も、この議会が毎暦、有意義な談話をされていたのでしたらまた別ですが、」
この人は言葉がいちいち余計なのだ、カムカヌカは内心ヒヤヒヤし乍らヨルの発言を傍聴した。
議員達がひそひそ言い出したのもお構い無しに、ヨルは淡々と続けた。
「本日、この場に来ているのは、傲慢な天球法議会の専属魔術師による強制連行の為であり、此の様に議題にされるのも、全く意味が解らないのですが、」
ヨルの背後に気配を絶っていた専属魔術師の一人が現出して、ヨルに何かを仕掛けようとした。
それをもう一人が素早く腕を掴み、静止する。
気が付いたネインが小さく悲鳴を上げ、議員達がどよめく向こうで、望飛が早速か、と云わんばかりに首を振った。
疲れる会議になりそうだ・・・・・
敵を造り過ぎだ、カムカヌカはヨルのそういうところに少々苛立ちを募らせていた。
「・・・小蓮、その血の気の多いの何処か避けておいてよ、」
議員が息を呑む中でヨルは長上着の下の見えない人物に向かってそう囁いた。
深い青色の長上着を纏った二人は静かに頭を下げると、再び壁に溶けていった。
ヨルは眼帯の金細工を揺らし、望飛に向き直り口を開く。
「早い話、僕の処分について、が、議題なんだろ、?
言い難くとも月光下に引っ張り出せよ、臆病者、」
紅い瞳を細めて、自嘲したヨルが辛さを押し殺す様な表情をしたのを、ネインもカムカヌカも見逃さなかった。
一瞬の沈黙の後、早くも疲労を感じる議長・望飛がのろのろ注意する。
「・・着席ください、船長・ユイルアロウ、其れは----」
「小僧、言葉は良く吟味してから舌に乗せるのだな、以後、気を付けろ、」
望飛の言葉を遮って、肌の浅黒い議員が怒鳴った。
筋骨隆々のその男は、顔の前で組んだ手の向こうの瞳孔で、ヨルを睨んでいた。
カムカヌカは再び一触即発に成るのではと気が気では無い。
そうなるとまた可哀想なのはこの幼いネインだ。
ネインも不安な視線をヨルに送っている。
「此れは此れは、天在軍のアルフォンゾ大将ではありませんか、お久しゅうございます、」
ヨルは笑顔のまま丁寧にお辞儀して見せた。
「ふん、虚像でなければ血が流れていたな、まさに神のご守護だ、感謝しておけ、」
毒づく男にヨルはにっこりと微笑んでみせた。
虚像、、、?
カムカヌカは注意深く男の姿を凝視してみた。
遥か右手側にいる色黒の男は、面白くなさそうに鼻を鳴らしている。
この部屋が薄暗いせいもあってだろうが、カムカヌカはその男の輪郭がぼやける----と言うより、不安定な事に初めて気が付いた。
男の着ている真黒の布地に金の釦が光る、高級な軍服が良く良く見ていると微かに、波打っているのがみてとれた。
男は、あそこには、いないのだ、。
カムカヌカが呆けていると、手を叩き、仕切りなおす声が聞こえた。
「、、アルフォンゾ大将、申し訳ありませんがお控え下さいまし、
ユイルアロウも穏便に、」
望飛の仲介に、二人の視線は途絶えた。
それを見てネインはほっと肩を落とす。
「それでは、、、本題に入りましょう、
月の舟について、質疑応答の後、その所存を可・否決致します、」
疲労がみてとれる望飛の告いだその言葉に、着席したヨルが口を尖らせた。
「質疑応答って、何なんだ、たまに出席したからただの珍味感覚のつもりか、厭きれる、
一刻も早く宙論天文台へ即けたいというのに・・・・
如何せ面倒ごとは抹消したいだけなのさ、人気者の道化の身にも成れよ、」
大きく溜め息をつくと、ヨルはカムカヌカに身を寄せて囁いた。
「な、天球法議会って、下らないだろ、、」
カムカヌカは黙って頷いた。
勿論、何処がどう下らないのか、釈然としなかったのだが、、。