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月の舟  作者: ジョゼ
12/28

十二、女王




懐かしい、油絵ヴィ・エの匂い・・・




何処かから漂ってくるその香りを追って、カムカヌカは議会衛星サテライト宮殿サイユエをうろついていた。

油の匂いは意外に強いもので、中庭の花壇の甘い香りすらくぐって鼻に届く。

カムカヌカは何度目かの足元のふらつきを感じ、一旦、壁にもたれて歩を休めた。

半日程前に、首を刺され体内のビリヂヤンが多量に失われたカムカヌカは、胸から心臓ハルトの鼓動が失われていた事に気付き、肺を押さえた。

芯から息を吐き出して呼吸を整える。

そうしなければ何処までも今の自分の存在ザインに疑問を抱き、這い上がれぬ深い深い後悔にさいなまれてしまいそうだったからだ、。



眉をひそめたまま顔を上げたカムカヌカはその視線の先に、ついに開け放たれた一枚の扉を発見した。

油の匂いは如何やらそこからのものらしい。


カムカヌカは息を潜め、足音に気を配って、ゆっくりと扉との距離を詰めた。

途中にあった人の背丈ほどの彫刻に隠れ、また一息つく。

そっと首を伸ばし、部屋の中を覗くと、その中央で誰かが背を向けて座っていた。


腰まである真白ペートヴの髪は豊かで、複雑な髪飾りが幾つも頭脳をいろどっていた。

肌も服も白いその少女が向かっている白板カンパスには、黒い何かが荒々しく描かれている。

あまりにも儚いその後ろ姿に、カムカヌカは寒気を覚えた。


と、白板カンパスの向こうの窓布ラインダが揺れたほんのその刹那、カムカヌカの見ている目の前で、少女は消えた。


カムカヌカは反射的に、部屋の中へ駆け込んでいた。




(、、、居ない、)





窓からの爽やかな通り風が髪を撫で、傾きかけた陽光が不気味さを募らせる。

部屋は殺風景で、此処だけ議会衛星サテライトお得意の蒼基調では無く、壁も床も、真白ペートヴで有った。


カムカヌカは部屋全体を伺う様にして白板カンパスに近付いた。

低い机の上には散らかった濃色の絵の具と、開けっ放しの油壺ヴィ・ボが載っている。

カムカヌカは描きかけの油絵ヴィ・エを興味深そうに見つめた。

黒と紺で塗られている此れは、・・・・・・・



「、蝶?」



カムカヌカは首を傾げて呟いた。






「それ以外に如何う観えると申す、」






突然振って来た偉そうな声に、カムカヌカは飛び上がった。

白板カンパスの向こう側に白い脚を見つけ、声にならない声を呑み込んだカムカヌカは机に当たり、絵の具と油壺ヴィ・ボを派手にぶち撒けた上に尻餅をついた。

白板カンパスの陰から先程消えた少女が姿を現す。

白い身体からだは向こう側が透け、窓の外の青い空との対比カントレスタが見事だった。




「、、キ、・・・幽霊キヤスパ、、」




腰を抜かし唇を震わせるカムカヌカを見下ろし、少女が憤慨した。




「失礼な輩め、驚いたのは此方こちらだ、勝手に部屋にはいった上に、幽霊キヤスパなどと、何処まで無礼を働く、阿呆あほうが!」




カムカヌカと同年程の見た目の少女は、光り輝ける大きな金の瞳をしていた。

この眼には見覚えがある---

気の強そうな彼女は身体の透け浮きの点滅を繰り返し乍ら、ふ、と目を細めた。




「・・・おぬし、、ビリヂヤン、か?」





カムカヌカは無言で頷くと、机につかまって立ち上がった。

尻面を軽く払うと、ひとつ咳をしてから口を開いた。




「勝手に入って、悪かった・・です。油絵ヴィ・エの匂いがしたから、此処まで来ました、」


「、・・・こんな場所で精神の有るビリヂヤンに出遭うとはな、」



少し驚いた様子で、少女は金の瞳をみはった。

彼女の瞳は人間のものでは無い、黒い小さめの瞳孔は、横に一直線にのびていた。

少女はつまらなさそうに続けた。



「どうせ月の舟の客人だろう、?」


「はい、カムカヌカといいます、」


「魂魄のみとは云え、此処に居るだけおぬしは幸運だ。魂は直ぐに呑まれ、舟を燃やす糧と成る。

 堕帝カエラは冷血な壊鬼フッキ、誰も良く想っていない」



少女はふん、と鼻を鳴らし、落ちた絵の具を拾い出した。

カムカヌカも慌てて手を伸ばす。

(そういえばヨルを良く言っているのは今のところネインだけだな、)

カムカヌカは少しヨルが哀れに思えた。

どんな理由で今が在るのかは解らないから、それ以上の感情は持ち出せない。



「あの、貴女は、誰ですか、」



絵の具を拾い乍らカムカヌカは少女に目をやった。

今まで居たその場所に、彼女は居なかった。

カムカヌカは机に拾った絵の具を丁寧に載せ、呆然と立ちすくむ。

また、消えた------

窓布ラインダが風に揺れ、カタカタ音を立てた。






「済まない、陽の在る内は如何にも駄目なのだ、」





また急に声がして、少女は透け乍ら窓際に姿を現した。

豊かな白髪が揺れる風の中で、彼女はカムカヌカを見据えた。





「わたしは夜葬ユルバの蝶の女王フレイヤ・アマカケルオボロノコハク、」





名乗った彼女からは近寄り難い、神気とでも呼ぶべき純粋な力が放たれていた。

夜葬ユルバの蝶・・・・、)

彼女の神々しさを肌に染み感じつつ、カムカヌカは瞬時にあの蟲籠の双子を思い出していた。

目を丸くするカムカヌカを見て、コハクは薄く笑ってみせた。



「、緑刻ラ・ヴーで生まれ育ったおぬし夜葬ユルバの蝶などと名乗っても解せぬまい。

 我々、夜葬ユルバの蝶は陽光差す日中は姿形すがたかたちを保つ事が不可能な存在。

 保つ、というと語弊が有るな、昼間は存在ザイン亡き者なのだ、そして月の煌く夜の間だけ、其の命が許されて居る、」



コハクは顔を曇らせ、透け浮きを繰り返すてのひらに目を落とす。




「最も力の強いわたしですら、このざまなのだがな、」




不満そうに眉をしかめる彼女に、カムカヌカはあの双子の事を話そうと思った。

だが、話して良いものか否かの判断がカムカヌカには出来なかった。

あの双子はたぶん、あそこに捕らえられているのだ。



「まあ、おぬしには関係無い存在ザインなのだがな、

 其れより何だ、油絵ヴィ・エに興味が------、」



彼女が白板カンパスのもとに居るカムカヌカに近付いた時、足音が聞こえた。

それはだんだんこちらに向かっている。

廊下をひた走る静かな足音に二人は耳を澄まし、人影が部屋の前を通るのを待った。


開いている扉が此処にしか無い事はカムカヌカも知っていた。

きっと息遣いを殺してこの部屋に飛び込んでくる。






ば、っ!







思っていた以上の速度ではいって来た人影が、既に部屋にカムカヌカ達が居るのを察知し、ふところから何かを構えた、。


ほぼ同時に、カムカヌカの脇をコハクが飛ぶ様にすり抜け、両手を大きくかざし、相手の胸元に魔法を構えた、。




ほんの、刹那の出来事だった。

瞬きする間にカムカヌカの少し遠く、部屋の入り口で、コハクと侵入者が向かい合い、お互いの急所を狙ったまま睨みあっていた。







「、げっ、、、蟲、、!!!」


「ユイルアロウ、!?」











「・・・・・ヨル、」







カムカヌカは無駄に緊張した胸を撫で下ろし、ヨルに対して少し恨みがましい怒りを覚えた。



















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