狐に嫁入り
現代日本において魔法は現実にはないもの、ファンタジーとして扱われる。
まあほとんどの人が見たことがないものだし、それはそうだろう。
そして日本において魔法より古くから認識されていたであろう同系統のものといえば、多分妖怪などが操る妖力になるわけだ。
これもまあ、和風ファンタジーの扱いなわけで。
私だって普通に過ごしていたらそんなものは信じていなかっただろうけれど、ちょっとうちの家が特殊な家だったせいで否応なしに信じなくてはいけなくなってしまったのだ。
妖怪は見えるし話している内容も聞こえるし。なんならこれが普通だと思っていたのに学校の友達が皆見えない聞こえないと言っていて驚いた。
私が嘘を言っていると言われたこともあるし、それに必死に反論したのも今ではいい思い出だ。
うちの家系は昔は陰陽師をしていたらしく、その関係なのか今でも親戚一同妖怪が見える。
そういう関係の仕事をしている人もいっぱい居るから昔の私はそれが当然だと思ってたんだよね。
そんな我が家系は一応私の家が本家で、分家が存在する。
お母さんが最近親戚と集まっては何かの会議をしていたから何かあるのかな、とは思っていたのだけれど、今日遂にお母さんから直々に呼び出された。
普段はあまり入らないお母さんの仕事部屋に入り、正座で向かい合うと謎の威圧感というか緊張感がある。
いつになく真剣な顔をしたお母さんと体感ではそれなりの時間無言で見つめ合い、私から何か言うべきなのかと考え始めたところで静かに口が開かれた。
「今日貴女を呼んだのは、大事な話があるからよ」
テストで五点を取った時だってこんなに真剣な声でお話はされなかった。
そんな聞いたことも無い声に思わず背筋が伸びる。
「うちの家系は、力が強いでしょう。それは昔、ご先祖様が狐神ととある契約をしたからなの」
「契約……って、どんな?」
「力を与える代わりに、百年に一度力の強い若い女を生贄として捧げること」
背中を冷たい汗が伝う。
この空気、この流れ。
もしかしてこれは……
「ま、まさかその生贄って……私!?」
「いいえ、いとこのみーちゃんよ」
「みーちゃん!?」
私、本家の子だし。一応それなりに力は強い方らしいし。
何よりこの話の流れ的に私が生贄なのかと思ったのに違った。
しかも、しかもいとこのみーちゃんって
「みーちゃんまだ五歳だよ!!??」
「ええ、だからみーちゃんのお姉ちゃんが行くはずだったんだけど、本人の希望で、ね」
「本人の!?」
「親戚会議で集まった大人たちの脳内に直接、爆音で「わたくしが、参りますわぁぁぁぁぁ!!」って叫んできたのよ」
「脳内に直接!?」
「そう。念話よ」
「マジかよみーちゃん……」
緊張していたのが馬鹿みたいだ。
……いや、でも五歳の幼女を生贄に差し出すのはどうなのとも思うけど。
でもお母さんが言うには、みーちゃんは姉ではなく自分が狐神の所に行くのだと駄々を捏ねて聞かなかったらしい。
しかも念話で爆音で叫ぶから大人たちも頷くしかなかったのだとか。
「以前天気雨の日に狐神が降りてきていたのを見て一目惚れしたんですって」
「わあ、五歳の幼女って一目惚れとかするんだ……」
「いいえ、その時のみーちゃんは四歳よ」
「わあ……」
ともかくみーちゃんが狐神の所に行く。というのが決定事項らしい。
一応話をされただけで、私は全く関係がないみたいだ。
脱力ついでにみーちゃん全力の駄々捏ねの内容を聞き、ちょっと笑った。
みーちゃんは今身支度中らしく、早ければ明日にでも狐神の元に行ってしまうらしい。
ちょっと寂しくなるかな、とも思ったけれど、みーちゃんならその気になれば一時帰宅出来るだろうし会うことも出来るだろう。
一方その頃、件の狐神は困惑していた。
狐神もみーちゃんの力がけた外れに強いことは知っていたし、そろそろ新たな少女が来るからと覗きに行ったこともある。
その時特別強い力を持ったみーちゃんを見かけはしたもののあまりに幼かったため、流石に来れないだろうとちょっと残念に思っていたのだ。
なのにみーちゃんがやってきた。
念力でフヨフヨ浮いて、自分の荷物は自分で持ってやってきた。
そして流れるように念話で挨拶までしてきた。
『お初にお目にかかります、狐神様。わたくしが此度の生贄です。
今は幼き姿なれど、数年経てば必ずやお役に立てますし、今でも自分のことは自分で出来ますのでご安心を。お手は煩わせませんわ』
……五歳、なのだろうかこの子は本当に。
狐神は頭を抱えたが、追い返すわけにもいかないのでとりあえず様子を見ることにした。
そうはいっても五歳だし、何か手伝わないといけないこともあるだろうと思っていたのにみーちゃんは本当に自分のことは自分でやってしまうので何も手伝うことはなかった。
心配になったことと言えば毎回念話で話しかけてくるから、もしかして声帯に何か異常があるのか、とか(上手く舌が回らず舌足らずなのを気にして裏で練習しているだけだった)いつも念力で飛んでいるのは足に異常があるのか、とか(その方が早いというだけで普通に歩けるらしい)そういったことだけだ。
そんなみーちゃんは数年後、普通の子供のように庭で狐神の使いと追いかけっこをするようになり、念話ではなく普通に狐神に話しかけるようになり、ついでに筆を三本ほど念力で動かして書類整理を手伝ったりと立派に成長した。
みーちゃんは強火オタク。
生贄決定会議に念力で浮いた状態で乱入し
わたくしが参りますわぁぁぁ!!!わたくしが一番力強いですわ!!!お姉様ではなくわたくしが!!自分のことは自分で出来ますから!!!一目惚れなんですの!!!わたくしが、参りますわぁぁぁぁ!!!!
と叫んで親戚一同を納得(ごり押し)させました。
狐神は「確かに今回はどんな子が居るのか見に降りた時に目が合った気もしたけど子供特有のあれだと思った。まさか来るとは思わなかった」と証言しています。