第1章-8【襲撃者】
街を破壊するため放たれた光の柱は、目標目掛けて落ちてくる。
最高位の魔法をもってしても防げない。もう終わりだ。
街の崩壊を確信した俺は為す術もなくただ破壊の光を眺めていることしか出来ない。
その光が街をあっという間に包み込んでいく。
しかしそれが街に届くことは無かった。
「さすが絶対の盾じゃ!」
隣のミケファウロスはガッツポーズをしながら叫ぶ。
広場を中心として街全体をドーム状の障壁が包んでおり、全てを破壊せんとした光の柱はその障壁を破壊できずにいた。
アドラムが得意とする障壁魔法だ。
彼の障壁の硬さは噂に聞いていたがまさかここまでのものとは思っていなかった。
障壁に降り注ぐ光は段々と弱まっていき、遂に街を破壊の脅威から守り抜いたのである。
光の柱が無くなったのを皮切りにレフィリオは民の避難誘導を始めた。
そばに居たガルグの影から何匹も分身が生み出され、それらが民を背中に乗せて街をさっそうと駆けているのが見える。
ガルグは今も尚、影から分身を生み出し続けている。
「ガルグはあんなことが出来たのか?」
ガルグが分身体を生み出している異様な光景に驚き、思わずミケファウロスに問いかけていた。
「あれが破壊の獣と恐れられていたのはあの能力にあります。自身の影から分身を生み出し、目標を集団で殲滅するのです。分身も本体も戦闘能力はほとんど変わらぬので奴が暴れ回っていた時には手を焼かされましたわい。」
ガルグが分身体を生み出し、レフィリオがそれぞれに指示を出す。
互いの信頼関係があるからこそ為せる技だ。
アドラムとレフィリオ、さすが七天傑だ。
2人のおかげで民衆に大きな混乱が起きないでいる。
「敵の行動が読めないからと言ってこれ以上後手に回る訳には行きますまい。」
そう言うとミケファウロスは急いで大広間に戻るため踵を返す。
しかし、何かを見た彼の足は止まってしまっていた。
視線の先に1人の男が佇んでいる。
その男はこちらを見て拍手をしながら不気味な笑みを浮かべていた。
「これはこれはこれは、さすが余と同じ七天傑。街を壊滅の危機から守りぬいただけでなく、民を混乱させることもせず避難させるあの技量。あの二人には余直々に賞賛を送らねばなるまいかな。のぉ?ミケ?」
「……バクラか、なにゆえここにいる。ここを護る者の中にお主はいなかったはずじゃが?」
大広間の中心で大袈裟なポーズを取って喋っている青年がいた。
バクラと呼ばれた男は黒いマントに身を包み、色白のほっそりとした腕で髪をかきあげながらミケファウロスの質問に答える。
「なにゆえか。そうさな、役割を果たしに来たとでも言っておこうか。」
バクラの様子が明らかにおかしい。
先程、街に脅威が迫っていたと言うのになんだこの余裕な態度は。
俺はそんなバクラを警戒しつつ、不用意に動けないでいる。
「詳しく聞かせてもらおうか?バクラよ。」
ミケファウロスはそう言うと周囲に何体かのエメトを顕現させる。
広間の兵士たちもバクラに対して構えている。
ガンダルヴァは変わらずシュークリッドの隣に立ったままだ。
「そう身構えられると流石に傷ついてしまうぞ?友に対してそんな目をするなミケ。」
「御託はよい、さっさと述べよ。」
ミケファウロスは握る杖に力を込める。
臨戦態勢のミケファウロスとは対照的に余裕なバクラは楽しそうだ。
「余は今気分が良い。深淵の一端を見せてやっても良いほどにはな。」
そう言いながらバクラはミケファウロスを真っ直ぐ見据えた。
「ユピテル」
バクラがそう言い放った瞬間、隣にいたミケファウロスは目にも止まらぬ速さでバクラとの間合いを詰め、燃え盛る炎を纏った拳で攻撃を仕掛けた。
「ほぅ、人形遊びの極地ときたか!ここまで来れば大したものだな。」
バクラは空間を叩き割るように虚空を殴りつけた、すると割れたであろう空間から細長い棒状の骨を取り出し、ミケファウロスの攻撃を防いだ。
「ほら、どうした?せっかくの攻撃もこれしきの棒に防がれてはどうしようもないぞ?夜に頼るまでもないなこれでは。」
バクラは煽るようにミケファウロスを笑う。
「戯言を、今ここでお主を消し炭にしては聞きたいことも聞けんからな。」
「その強がりを余は許そう。」
ミケファウロスの周りのエメトが崩れ去っていく。その度に拳に纏う魔法が変化する。炎が氷に変わり、そして氷から雷へと変わる。代わる代わる様々な魔法を拳に乗せて浴びせている。
バクラはその攻撃を棒状の骨だけで確実に防いでいる。
「本気を出せミケ!でなければ死ぬぞ?」
2人の圧倒的な気迫に大広間の全員が気圧されてしまっている。
ただ1人ガンダルヴァだけは、先程と同じ姿勢で2人を静かに見続けている。
そもそも一体何が起こっているんだ。
バクラとミケファウロスが戦う理由は?
戦ってるということはバクラは敵なのか?
メイサ以外の七天傑が敵?
俺も知らないミケファウロスのあの魔法はなんだ?
そしてユピテル?
何も分からない。
頭が追いつかない。
間合いを取るためミケファウロスは大きく跳躍し、隣に戻ってくる。
「一体何が起こってるんだこれは!」
「落ち着くのじゃ!あやつをどうにかしたいところじゃが、そう簡単には行かなさそうじゃな。」
ミケファウロスはそう言って一呼吸入れたあと、大広間の全員に向けて声を荒らげた。
「聞け!皆の者、此度の襲撃の首謀者はそこにいるバクラじゃ!ここで奴を食い止めねば!この国を護るのじゃ!」
ミケファウロスは皆に呼びかけるが、先の打ち合いを見ていた者全てがすくんでしまっている。
ミケファウロスに引けを取らない実力を見せつけられた後では無理もない。
実際俺もバクラに挑む気力がわかないでいる。
「…仕方あるまい、奴はワシが食い止める。ハミング王、お主はその隙にガンダルヴァ殿の元へ行き、シュークリッド様と共にこの場からの離脱を!」
「食い止めるってそんな無茶だ!」
「ワシもまだまだ本気じゃないわい。じゃが、もう余裕ぶっては……」
俺とミケファウロスの会話はとある人物によって横槍を入れられてしまった。
「何をもたもたしているのかと思えば。お力添えでもしましょうか?」
緊迫した空気に突如柔らかい声が響く。
場内の皆が声のする扉の方へ目を向ける。
そこには紫のローブを着飾った黒髪の女性が立っていた。
「あまり待たせたつもりはなかったのだがな?些かせっかちが過ぎるのではないか?」
「いいえ、仕事は素早く確実にが私の本分ですから。」
女はにっこりとバクラに笑いかける。
「仕事を進めるにあたって、力だけに頼るのは悪い癖ですよ?貴方は交渉というものをもっと勉強した方がいいですね。」
そう言うと女は縄で縛られた人を目の前に放り投げた。
地面に打ち付けられ苦しそうに唸る。
その人は長い金髪がとても綺麗な人だった。
「では、貴様の交渉とやらを見せてもらおうか?メイサ。」